2 0.3秒の葛藤


 「……こ、殺される」


 次の日。僕はセクハラまがいの告白をしたにもかかわらず、学校へとやって来ていた。

 ぶっちゃけ休もうとは思った。けれど、海凪さんの方が肉体的にも精神的にもダメージを負ってるだろうに、僕が休むのはいかがなものかと考えたのだ。

 それに謝罪をしないといけない。そのための菓子折りも持参してる。


 僕は震える足を動かしながら、教室へと向かう。二学年の教室は、二階にあるので、階段を上らなきゃいけない。

 と、階段の踊り場から上を見上げると、まさかの人物がそこにはいた。

 

 「海凪さん……」

 「…………」


 ヤバい、普通に目が合ってる。ていうか、ちゃんと学校来てくれてたな。良かった、いや良くはないんだけど。


 「ちょっといいかしら?」

 「は、はい」


 マジで人を殺せそうな目つきで手招きされ、僕は彼女についていくことになった。めちゃくちゃに足が震えてるせいで、歩きづらい。

 それでもなんとかついていくと、ついたのは空き教室だった。

 中に招かれ、おそるおそる中へと入る。後ろ手にドアを閉めた海凪さんが、僕の顔をじっと見つめてくる。

 やっぱり綺麗、だけど怖い。けど、ここは誠意を見せなきゃいけない。やらかしたのはこっちなんだから。


 「あ、あの、その……き、昨日はすみませんでしたっ!」

 「……本当に、驚いたわ」

 「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりは……あったというか」

 「いままでたくさんの告白を受けてきたけれど、あんなのは初めてよ」

 「……っ」

 「顔を、上げてちょうだい」


 言われた通り、おそるおそる頭を上げていく。すると海凪さんの表情がいくらか和らいでいるように見えて。

 僕は内心で首を傾げた。あれ? 怒ってるんだよね……?


 「あなた、名前は」

 「は、はい、えっと、温森篤史です……」

 「そう、温森くんね。覚えたわ」

 「……っ」

 「あなた、私と付き合いたいのよね?」

 「……あ、その、できれば、というか……無理にとは」

 「なら、付き合いましょう」

 「あ、はい……え?」


 イマナンテイッタ? ドつき合いましょう?

 頭の中がフリーズしかけてる僕をよそに、海凪さんは恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめた。あ、美しい。

 

 「初めてよ、こんなにドキドキさせられたのは」

 「へ……?」

 「あなたの情熱的なアプローチ、私の心をすごく揺さぶってきた。忘れたくても、忘れられないぐらいに」

 「ふぇ……?」

 「ねぇ、もう一度、お願いできる?」


 そういうと彼女は両手を広げて、僕の方をみた。なんだこれ、夢かなんかか? と思って頬を引っ張ってみると痛い。夢じゃないらしい。

 ということは僕は、告白に成功したんだ! あの海凪さんが僕の彼女……っ!


 幸せ過ぎて天にも昇りそうな気持ちだ。けどそれじゃこの先に続くであろうバラ色の日々が送れなくなるので、なんとか堪える。


 「うへへへ……」


 ヤバい、ニヤケてしまう。当たって砕けろの精神はたいてい失敗することが多いと思ってたけど、やってみるもんだな。

 などとひとりで盛り上がっていたら、海凪さんの目から光が消えていく。

 彼女はいつもの氷みたいな表情に戻ると、スマホを取り出しながら告げた。


 「……どうやら、期待外れのミジンコだったみたいね」

 「へ?」

 

 海凪さんが見せてきた画面には、110番の番号が入力されていて。

 僕の顔から血の気が引いていく。


 「さようなら。もう二度と会うことはないでしょうけど」


 彼女がボタンをタップしようとする動きが、目の前で繰り出されていくのが分かった。どうやら昨日のことを通報するつもりらしい。

 そんなことをされたら、いろいろ終わる。ここで僕が取るべき行動はなんだ!?

 

 ええと確か海凪さんは期待外れとか口にしてたから昨日やったことをもう一度やればいいんじゃいやそんなのできるわけないあれだって背水の陣的なつもりでやったわけでいやむしろこの状況の方がヤバいんだから死ぬ気で食らいつかなきゃいけないだろ!


 この間、0.3秒。僕は震える足を必死で動かした。


 「うおりゃあ――っ!!」


 僕はモモンガみたいに身体を広げながら、彼女にとびかかっていく。驚いたように身をすくめたところを大胆に、かつ優しく抱きしめてやった。


 「……っ!」

 「あ、愛してるよ、冷奈」

 

 ぎゅうっと抱きしめながら、耳元でささやいてやる。勝手に名前呼びとかしたので殺されるかもしれない。

 けれど、海凪さんは思ったのと違う反応をみせた。


 「ふふ、私もよ。温森くん」

 

 そういって僕の頬にキスをしてくれた。じんわりとして柔らかなそれは、僕の身体を熱暴走させるには充分すぎて。

 ぶしゅーっと頭から湯気を立ち上らせる僕に、海凪さんがささやいてくる。


 「これからも私のことを、情熱的に愛してね」

 「ひゃ、ひゃい……!」

 「ふふっ、約束よ?」


 僕はもしかしたら、とんでもない人を好きになってしまったのかもしれない。

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