3 公開〇〇


 「はぁぁ……」

 「どうした? なんか疲れてんな?」


 教室でため息を吐いていると、友人が声をかけてきた。その能天気そうな顔を見たらまたもため息が。


 「なんだ、嫌なことでもあったのか?」

 「いや、むしろ良いことというか……」


 めちゃくちゃ喜ばしいことであるはずなのに、素直に喜べない。海凪さんという学年でも、いや学校内でもトップクラスの美少女とお付き合いできるってなったのに、常に殺される(社会的に)リスクをはらんでいるんだもんなぁ。

 ハイリスクハイリターンとはこういうのを言うのかもしれない。


 「ふーん、ま、なんか悩みでもあるんなら相談してくれよ? 俺はお前の味方だからさ」

 「……っ、ありがとう」


 なんていいやつなんだ。ちょっとうるっときてしまった。

 ポンポンと肩を叩いてくる友人にありがたみを覚えていると、急に周りがざわつき始めた。

 なんだなんだ? なにかあったのか?

 そう思い、視線を向けた先には、海凪さんがいて。


 「――っ!?」


 驚きのあまり飛び跳ねてしまった僕を、目ざとく見つけたらしく。こっちに歩み寄ってくる。 

 横にいた友人がちょっと嬉しそうにしてたけど、彼女の視線が僕に向いてるということに気づいたらしく、小首を傾げた。

 そうこうしてるうちに彼女が目の前までやってきて、声をかけてきた。


 「温森くん」

 「な、なにかな? 海凪さん」

 「海凪、さん?」

 「あ、いやっ、冷奈!」

 「れっ、冷奈――っ!?」


 僕が名前呼びをした瞬間、友人が目を剥いた。いや、彼だけじゃなくてクラスメイトたちが一様に驚いてるのが分かる。

 そんなことなど意に介した様子も見せず、彼女は告げてくる。


 「私を抱きしめてほしいの」

 「へ?」

 「言ってること、分かるでしょう?」


 いや分かんないです。それを教室内で、しかもみんながいる前で口にした意図がぜんぜん。

 おそるおそる周りに視線をやれば、殺意のようなものがみんなから向けられている。たぶん、海凪さんの言葉が聞こえてたんだろう。静寂に包まれてるからね。

 

 「ほら、早くしなさい。休み時間が終わるじゃないの」

 

 彼女が急かすように語尾を強めながら、両手を開いてみせる。これ、本気でやらせるつもりだ。

 ダラダラと滝のような汗が流れてきた。緊張で心臓の音がうるさい。でも、やらなかったらきっと……。彼女の心が冷めて、


 「……やっぱり、その程度だったみたいね」

 

 海凪さんがひとつため息を吐いて、スカートのポケットに手を伸ばし始めている。そこにスマホがあるってことは前ので確認済みだ。

 先の展開が予測できた僕は、勢いよく立ち上がった。なりふり構ってられない。


 「じーらしてごめんよぉ冷奈~!」


 なんかちょっとウザい口調になってしまいながらも、流れるような動きで、僕は彼女を抱きしめた。

 その瞬間、周りが息を呑んだのとか、殺意が増したのとかが分かった。これは校舎裏に連れてかれるなぁ……っ。


 もうすでに泣きたくなってる僕のことなどつゆ知らず、海凪さんはささやいてくる。


 「べつに、気にしてないわ。こうして温森くんに抱きしめてもらえてるんだもの」

 「そ、そっか、あはは……」

 「すごく、温かいわね。みんなの前で情熱的に求めてくれてるせいかしら?」

 

 やれって雰囲気出してましたよね? 催促してましたよね!?

 抱きしめながら、げんなりしてると、続けざまに声が。

 

 「それに、こうすれば、邪魔な虫も寄ってこなくなるわよね」

 「へ?」

 「あなたは私と付き合ってるんだから、ほかの女に手を出したりはしないだろうけど」

 「え?」

 「もし、浮気とかしたら……殺すわよ」


 それってどっちのこと言ってるんです――!?


 呆気にとられている僕の頬にちゅっとキスをして、海凪さんは離れていく。そのちょっと照れたような顔が、見惚れてしまうほど美しい。

 周りのざわつきを気にせず、海凪さんは自分のクラスへと去っていった。


 「……温森」


 ぽけーとしている僕の肩を、友人が叩いた。先ほど叩かれた時より、数段重くて痛い。ギリギリっと力入ってるんですが。

 

 「お前はたったいまから、俺の敵だ」

 「味方って言ってくれたじゃん!!」

 「うるせぇ! バーカバーカ!」


 この日、僕はすべてを失った。灰色の日々が幕を開け……るかもしれない。

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