第12話

 なにかに急かされているわけでもないのに、妙に落ち着きのない不安定な気分にさせられる師走。 

 政雄は会社時代の同期との忘年会に参加するために、JR神田駅に降り立った。

 忙しく行き来するサラリーマンやOLを避けながら西口改札口を出て、雑居ビルの三階にある居酒屋に入ると、開始予定の七時前にも関わらず、既に三人が席に着いていた。


「綿貫、こっちだ」

 手前に座っている小太りで赧ら顔の塩田が、政雄に気付いて声をかけてきた。

 前に会ったのは、優子と相田を目撃した日のOB会で、あれからまだ一年も経っていないのに、自分を取り巻く環境変化の速さを改めて感じた。

「みんな早いな……。佐藤と亀和田とは去年の同期会以来だな。亀和田、お前すっかり髪の毛が寂しくなったようだけど」

 政雄は禿頭をてからせている亀和田の頭を揶揄ってから席に着いた。

「相変わらず口が悪いな。お前だって、どう見たって立派な爺さんだぞ」

「いや、綿貫は苦労してないからまだ若く見えるよ。奥さんだってまだ若いから、あっちの方は大変だろうけど」

 下卑た笑いで、佐藤が混ぜ返した。

 テーブルには寄せ鍋が卓上コンロの上に載っているが、まだ誰も飲み物を頼んでいないようだ。

「あとは島田だけだ。あいつ時間を守ったことがないから先に始めちゃうか?年末で混んでるから二時間制でお願いしますって、店に言われてるんだ」

 幹事役の塩田が一同を見渡して確認をした。

「いいんじゃない。島田はあてにならないから」

 亀和田が言い、政雄と佐藤も頷いた。

 塩田と佐藤は政雄と同様に六十二歳まで勤めあげたが、亀和田と遅れて来る島田は、六十歳の時に早期退職制度を利用して退社していた。

 今日の参加者は同期入社のメンバーで、寮が一緒だったり、数年間同じ職場で働いてきた気心の知れた仲間たちだ。

 昇進のスピードや最終の役職に違いはあるが、退職後も年に数回は、安否確認と近況報告を目的とした飲み会を開催することにしている。

「じゃあ、始めるぞ」

 そう言って塩田は店員を呼んで、皆の飲み物の注文をした。

 届いたそれぞれの飲み物を手に乾杯の仕草をして、いつものように家庭の愚痴や健康に関する話が始まった時、遅れていた島田が息を弾ませながら店に入って来た。

「ごめんごめん。もう始めてるのか?」

「当たり前だろ!毎度遅れるお前を待ってる程、お人好しじゃない」

 亀和田が叱るように言った。

「そんなこと言うなって。こっちはいろいろと大変なんだよ。……あ、生ビール下さい」

 おしぼりを持って来た店員に言って、島田は枯れ枝のように痩せた身体を席に落ちつけた。

「何が大変なんだよ?」

 佐藤がメタルフレームの眼鏡を光らせて、揶揄うように訊いた。

「いや、恥ずかしい話なんだが、バカ娘が夏に離婚してうちに出戻って来ちゃったんだよ。……孫娘を連れて」

「お前んところは一人娘だったっけ?散々甘やかしてたからな」

 亀和田が島田の胡麻塩頭を見ながら言った。

「そう言うなって。だけど、お前の言う通りで、ホントに情けないよ。バカ娘の我儘が原因だからな……。旦那だった男は大人しくていいやつなんだけど、性格が優し過ぎるっていうか、全体的に線が細いんだな。仕事が忙しい年代なんだが、今流行りのイクメンとか言って、孫娘の世話も一生懸命やるというかやらされて、その分会社での仕事がな……。それが原因かどうかは分からんが、昇進が遅いみたいで、それをバカ娘が詰ったらしいんだ」

「それが原因?」

 政雄が腑に落ちない表情で訊いた。

「いや、もちろんそれだけじゃないさ。そこからいろいろとこじれだして。この先は島田家の恥だから言えないが……。今は同居の孫の世話とかで結構時間を取られちゃうんだよ」

「娘が浮気でもしちゃったんじゃないのか?」

 佐藤がバッサリと島田を切り倒しにかかった。

 佐藤と島田は同じ事業部で長く働いていて仲が良いので、かえって遠慮会釈がない。

「バ、バカ野郎!お前、なんてことを……」

 島田の眼が泳いだ。元々嘘のつけない男だ。

「違うのか?」

 佐藤が匕首を島田の喉口に突き付けるように迫った。

 見かねた塩田が、「よせよ、来たばかりの島田をそんなに責めたら可哀想だろ」と助け舟を出した。

「じゃあ、もう一度乾杯するか。去年と変わらないメンバーが揃って、まあ、中にはいろいろと大変なやつもいるけど、とりあえずは全員生きてて良かったってことで……」

 政雄がジョッキを持ち、皆の顔を見ながら乾杯を促した。

「生きててって言えば、高畑が亡くなったのを知ってるか?」

 乾杯をしてジョッキをテーブルに置いた亀和田が、メンバーの顔を見回し、声を落すようにして訊いた。

「高畑って、ザビエルか?」

 佐藤がびっくりしたように、ビールに咽せながら訊いた。

 ザビエルと言う呼び方は、高畑が頭頂部から徐々に毛が薄くなり、背が高くヒョロリとしていて所作が緩慢なために、宣教師のザビエルに似ていると誰かが言い始めたのがきっかけだ。

 高畑が四十代になった頃には、ニックネームとして定着していた。

「なんで、いつ?」

 政雄も驚きを隠さずに、亀和田に視線を向けた。

「癌だよ、肝臓癌。亡くなったのは十月の下旬だけど、俺が知ったのは先月の始めだ。あいつのお姉さんから連絡があったんだ。亡くなってからあいつの手紙とか年賀状、携帯を調べたら俺の名前があって、年賀状の内容が会社の同僚らしいので、迷惑かと思ったけど、一応お報せらせしますって電話が来た」

 亀和田が苦いものを吐きだすように言った。

「お前、ザビエルとそんなに仲良かったっけ?」

「あいつ会社辞めたの早かったよな。確か五十六の時に早期退職したんじゃなかったかな。そうだよな?」

 政雄と佐藤が、亀和田に訊いた。

「ああ、役職定年やくていの時に辞めたよ。元々あいつの実家って横浜の地主だったからな……横浜っていっても田舎の方だけど。だから特に金に困ってるわけじゃないし、海外勤務が長かったから会社を辞めてのんびりするとか言ってたんだ。俺はあいつとシンガポールで二年くらい一緒だったし、家も同じ相鉄沿線だったから、偶然横浜駅とかで会うと軽く飲んだりしたことはあったよ。でも、連絡を取り合って会ったり、どこかに行ったりという仲じゃなかったけど」

「だけど、なんでお姉さんから連絡が来たんだ?奥さんからは……あいつ、社内結婚だったよな」

 腑に落ちない顔で、島田が亀和田を見た。

「うん。海外事業部にいた子だよ。確か福田葉子って名前だったと思う。俺が香港赴任の時だったから結婚式には出なかったから良く覚えていないけど。で、高畑は会社辞めて二―三年した頃に離婚したんだ。実はな……やめよう、せっかく久しぶりにみんなで集まったのに、あまり愉快じゃない話をしてもつまらんだろ」

 亀和田はため息とともにジョッキのビールを飲んだ。

「まあ、この歳になるといろいろとあるからな。同期の高畑が亡くなったのは残念だけど、今日は落ちこぼれ組のお前たちの近況を聞かせてくれよ」

「お前は落ちこぼれ組の代表格じゃないか。おっと、綿貫取締役様は違うけどな」

 塩田の言葉に、佐藤が意地悪そうに反応した。

「佐藤は相変わらずだな。お前の方が執行役員といえどもご本社様だからな。そんなに毒吐いてて良く偉くなれたもんだって感心するよ」

 政雄が反論すると、「要領だけは天下一品だからな、こいつは」と、亀和田が割箸の先を佐藤に向けた。

 店員が鍋のコンロの火を点火したのを潮に、暫くはお互いの近況を語り合い、現役時代と変わらぬ馬鹿話で酒を酌み交わした。

 店内が込み始め、店の中が無秩序な雑音に包まれて、お互いの話が聞こえない程になった頃、店員が「お時間ですので」と言って伝票を持って来た。

 参加者全員、飲み足りなさはあったが、一旦お開きとなった。

 まだ九時を少し過ぎたばかりなので、もう少し飲もうと塩田が提案し、全員で塩田の行きつけの店に繰り出すことにした。

 

 神田駅西口商店街を数分歩いた雑居ビルの二階にある古びた居酒屋に、赧ら顔の五人は吸い込まれるように入っていった。

 カウンター席と四人用のテーブルが二つだけの小さな店だ。

 先客はカウンター席に座っている、若いサラリーマンの二人だけだった。

「おばちゃん、テーブルくっつけていいか?」

 塩田が訊くと、カウンターの中にいた八十近いお婆さんが、「ああ、構わないよ。これ以上客が来ても困るからね」と言って笑った。

「じゃあ遠慮なく。それから俺のボトル出して。氷と水だけでいいから。それから腹は一杯なんで、軽いものだけちょうだい」

 塩田は言って、政雄たちがセットしたテーブル席に座った。

 塩田におばちゃんと呼ばれたお婆さんは、おしぼりをまとめて塩田に渡してから、赤霧島のボトルと氷、水とグラスにお新香を持って来た。

 島田が各自のグラスに焼酎を入れ、あとはお前らが好きなようにしろというように、自分のグラスだけに氷を入れた。

「焼酎入れ過ぎなんだよ、島田!」

 文句を言いながら塩田が氷を入れ、水を少し足した。

 他のメンバーもブツブツ言いながら自分用の焼酎を作り、改めて乾杯をした。

「酔いも回ってきたところで、島田、お前の娘の顛末を、反省を込めて聞かせろ」

 ロックで焼酎を飲み始めった佐藤が、隣に座っている島田の脇腹をつついた。

「なんだよ、そんな話はつまらないだろ。それより高畑の話の続きを聞かせてくれ」

 島田は話を逸すように、亀和田にバトンを渡した。

「ああ、あまり愉快な話じゃないけどな……」 

 水で割った焼酎をちびりと飲んで、亀和田は少し姿勢を正した。

「高畑のところはさっきも言ったようにあいつが還暦になる前に離婚したんだ。離婚は高畑の方から切り出したみたいだ」

「子供はいたのか?」

 塩田がお新香をぽりぽり齧りながら訊いた。

「娘がいたよ。学校卒業してから一度就職したけど、直ぐに辞めて家でブラブラしているから鬱陶しいってこぼしてたな」

「だけど、離婚しても父親だろ?なんで高畑のお姉さんに連絡を任せたんだ?」

 政雄はタバコの煙を鼻から出しながら訊いた。

「だから、そこが不愉快な話の源なんだよ」

「どういうこと?」

 島田は二杯目を作りながら亀和田を見た。

「高畑を看取ったのはお姉さんで、別れた奥さんと娘は一度も見舞いには来なかったんだってさ。しかも葬儀もお義姉さんに任せますと言って、参列しなかったらしい」

「マジで?そんなに仲悪かったのか?」

 塩田の言葉に、全員がどうなんだ、という表情で亀和田を見た。

「高畑の名誉のために言いたくはなかったけど……。あいつの奥さんにこれがいたんだよ」

 亀和田はサムアップの仕草で、親指を突き出した。

「なに!男がいたのか!」

 島田が一オクターブ高い声を出した。

「あいつ、結構海外勤務が長かったからな……バカ!うちのは、俺の海外赴任中にそんなことしてないぞ」

 亀和田は、好奇の視線を全員から浴びて、慌てたように手を振った。

「娘はそんな母親について行ったのか?普通はそんな親について行かないだろ」

「アホか!そんなの俺に言ったってしようがないだろ!」

 島田の非難に、亀和田は筋違いだと抗議した。

 政雄はそんなやり取りを見ながら、視線を落して焼酎をちびりと飲んだ。

 高畑と同様に女房を寝取られたことを、この連中に知られたらと考えただけで、生きた心地がしない。

「そんなことより、もっとひどいことになってんだよ」

 亀和田が一息つくように焼酎を飲んでから続けた。

「何が?勿体つけないで早く言えよ!」

 佐藤が続きを急かした。

「納骨が済んだ頃……勿論別れた奥さんと娘は来なかったけどな。娘から高畑のお姉さんに電話が来たんだってよ。遺産はいつ貰えるのか、生命保険の保険証書が見つからないけど、受取人は自分か母親のどちらかだろうから、保険会社を教えろって……」

「マジか?お姉さんからしたらそんな姪っ子の強欲ぶりにビックリだろうな」

 塩田が忌々しそうな表情で唸った。

「ビックリしたっていうより悲しかったって言ってたよ。当然、高畑の遺産は法的には娘にも権利があるから、知り合いの弁護士さんに善処してくれるようにと、依頼はしていたみたいだ。だけど、生命保険の方は離婚した直後に解約してたらしい」

「ザビエルが自分で解約したのか?」

 島田の問いに、亀和田は頷いた。

「今、そのバカ娘は男狂いの母親と同居してるんだろ?だったらその母親の入れ知恵で動いてるんだろうな」

 佐藤の言葉は、怒りで辛辣になった。

「いやどうもそうじゃないらしいんだな。遺産が入るのを見越して、娘は横浜の石川町にある高級マンションに引っ越したようだ。どうも、母親の交際相手がちょくちょく遊びに来るのが嫌だったみたいで、無職のくせにどこかで引っ越し費用を工面したみたいだ」

「じゃあ、遺産はバカ娘が独り占めか?」

 政雄がタバコの煙と一緒に怒気のこもった言葉を吐いた。

「お姉さんにもいくらかはあるんだろうけどな……。男狂いの母親の方は、離婚した時に相当額の金を受け取ってるから、そっちを独り占めしてるんじゃないのか」

 亀和田の推測に、一同は首を弱々しく振って項垂れた。

「しかし、どうしてそんな身勝手な母娘になっちまったんだ?ザビエルが海外赴任している時も相当好き勝手にやってたんだろうな。当時は海外赴任すると蔵が立つって言われてたくらいに待遇が良かったし、元々資産家の長男だったからな」

 島田がやりきれないといった表情になった。

「葬式や納骨にも来ないで、線香の一本だってあげてないのに、金だけ寄こせってか……。確かに遺産については受け取る権利はあるけどな。だけどあまりにも酷くないか?ザビエルがそんなに娘から恨まれるようなことをしてたのか?余所の家庭のことは分からないけど、あの大人しく生真面目なザビエルが、浮気をしたり、DVだったりって想像も出来ないけどな」

 政雄は女房を寝取られた者同士の連帯感から、亡き高畑を擁護した。

「ああ、そういったことはないと思う。お姉さんもなんで弟が蔑ろにされるのかが理解できないって言ってたから。勿論、身内の贔屓目もあるだろうけど……。俺も高畑の私生活を詳しく知ってるわけじゃないけど、女の話に関しては絶対にないと思う。シンガポールでもゴルフばっかりしてて、女のいる店には付き合ってもくれなかったし」

「バーカ、お前が行く店は下品過ぎて、お坊ちゃまの高畑の腰が引けただけだろ」

 亀和田の話を、佐藤が混ぜ返した。

「まあ、それは言えるかも……って、そんなことはどうでもいいんだよ!他人の家のこととはいえ、問題はバカ娘が娘らしいことを一つもせず、金だけ貰ってのうのうと暮らすのがムカつくんだよ。バカ娘の言い分のどこに正当性があるっていうんだ?この先墓参りなんかは絶対にしないだろうしな。位牌だってお姉さんの家にあるって話だぜ」

「世の中おかしな輩が増えたよ。今時良心の呵責なんて死語に近いもんな。自分自身の権利は最大限というより理不尽なくらいまで要求するのに、他人の権利にはこれっぽちも理解を示さないのがゴロゴロいるだろ?とにかく言ったもん勝ち、言うのはタダって風潮が蔓延してるよな。生活音や境界線なんかの近隣トラブルでの一方的な嫌がらせ。犬猫を大量に飼って臭いや鳴き声で迷惑をかけても、ワンちゃん猫ちゃんが可哀想の一点張りの主張をするバカ。鳩に餌をやって近所を糞だらけにするおっさんやごみ屋敷の住人なんかは、役所から注意を受けても逆ギレするし。もちろん、精神的な疾患が原因の人もいるけど、そんなのは少数だと思うぜ。そんなやつらが主張する正当性ってなんなんだ?ホントにどうしちゃったんだって感じだよな」

 亀和田の話を引き取るように塩田が憤慨すると、全員が大きなため息をついた。

「もう民事の世界では勧善懲悪の世界は完全にファンタジーになっちゃったんだよ、刑事事件はともかくな。塩田が言ってたような連中に関わったら最後、どうしようもないからな。一般常識や倫理的、道徳的にこっちが正しくても、やつらには全く通用しないから我慢するしかないなんておかしな話だけど……。周りに迷惑や危害を撒き散らす、自己中心的なやつらを撃退する方法なんてないからな」

 政雄も嘆くように言った。

「そういう意味で言えば、先進国ほどおかしなのがいるんだよ。何かにつけて人権だとか自由だとかを声高に叫ぶのがいるからな。綿貫は刑事事件は別だみたいなこと言ってたけど、そんなことはないんだよ。通り魔事件や異常者による残忍な事件の被害に遭ってみな。加害者の人権は配慮されるけど、被害者の人権なんか無きが如しだろ?心神耗弱だったとか、生い立ちや家庭環境に問題があったとか言って、社会全体で二度とこういうことが起こらないようにしなければならないって……。加害者のことばかりを庇う人権派を気取るやつらを見てると本当に腹が立つ!被害者の家族は充分な補償も得られず、泣き寝入りになることが多いのに。とにかく、個人の権利に寛容過ぎる法治国家なんて不都合極まりないと思わんか?冤罪はともかく、再犯を重ねるような悪いやつに弁護士がつくこと自体が先進国の欠点なんだよ!独裁国家なら一発で処刑してお終いなんだから」

 酔いの回り始めた佐藤が、過激な言葉を早口でまくしたてた。

「アホかお前は!独裁国家なんか、それこそ冤罪だろうがなんだろうが、お上に目をつけられたらお終いじゃないか!」

 亀和田が丸めたおしぼりで佐藤の頭を軽く叩いた。

「でも佐藤の言うことにも一理あるかもな。さっきから出てくる自分勝手なやつらなんて、数年かかってやっと警察が動いても微罪で直ぐに出てきて、また同じことを繰り返すからな。法律で罰則強化をしたいけど、人権派気取りの弁護士やジャーナリストが、やれ人権だとかプライバシーの侵害だと喚く。しまいには多様性に対する理解不足だなんてギャーギャー騒ぐから、ちっとも改善されないのはどう考えてもおかしいよな?」

 島田が珍しく気難しそうな表情になった。

「だってあいつらはそれが商売なんだもん。曖昧な形でないと仕事が増えないし、生活できないんだよ。でもさすがに近頃の自己中心的ジコチューな連中の増殖っぷりには閉口するよな。役所やごみ収集の人たちに、臭くて収集日まで待てないから、早くゴミを持って行けっていうバカがいるらしいじゃないか。その臭いゴを作ったのは誰だよ!ホント、頭は大丈夫かって言いたくなるよ。そういう意味で、俺たちは六十年以上致命的な事件に巻き込まれたり、変な連中と関わりを持たなかったからラッキーなのかもしれんな」

 塩田は神妙な口調になった。

「そうだよな。いつ何時、そんな連中の被害に自分や家族が遭うか分からないからな。そうなったら運が悪かったで周りは済ませるんだろうけど、当事者は、はいそうですねって笑えないぞ。だから余計に高畑のお姉さんは気の毒だと思っちゃうよな。平穏に暮らしていて、たった一人の弟を亡くしたと思ったら、とんでもないバカな姪が出てきて。でも、俺たちにはなんの手助けも出来ないけどな」

 カレー女と梅沢、そして優子の顔を思い浮かべながら政雄がため息をついた。

「権利だけ主張して義務を果たさないバカばかりの世の中と、義務はしっかりと負わされて権利の行使が限られてる世の中……。どっちがましかね?」

 亀和田が全員の顔を見渡した。

「そんなのどっちもいいわけないだろ!特に独裁的な人間に権力が集中したら、二度と自由や権利を主張出来なくなって悲惨だぞ」

「逆に常識やモラルの欠片もないバカなやつらがのさばって、当たり前の義務を果たさずに、好き勝手に権利を主張する世の中も物凄く不公平だぞ。それこそ、そういう風潮を変えるのも不可能に近いぜ」

 塩田の意見に、条件反射的に佐藤が異を唱えた。

 この二人は仲が良いのか悪いのかが全く判らない。

 入社以来、口論を繰り返して周りを白けさせるが、何故か飲み会を含めた集まりには皆勤賞で、それが更に政雄たちを悩ませる。

「また始まった。あとは二人でやってろ!……ところでザビエルの墓ってどこにあるんだ?」

 政雄が亀和田に訊いた。

「そうだな……墓参りにでも行くか?今度、お姉さんに詳しい場所を訊いておくよ」

「その後はお清めだな」

 島田がグラスを口に運ぶ仕草をしたので、皆からおしぼりが飛んだ。


※最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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