第11話

 浩之からたまには外で一杯やらないかと連絡が来たので、政雄は葉を落とした寒々しい都電の線路跡の並木道を歩いて、指定された亀戸駅近くにある洋風居酒屋の重たい扉を開いた。

 入り口から店内を覗くと、奥のテーブルに白ワインを飲んでいる浩之が見える。

 忙しくテーブルの間を駆け回っていた白いエプロン姿の中年女性が、「いらしゃいませ」と挨拶をしたのに頷いて、政雄は奥のテーブルに向かった。

 家族経営らしい店内は、平日の早い時間なのに空いているのはカウンター席だけだった。

「早いな。何時から来てるんだ」

 コートとマフラーを外しながら政雄が訊いた。

「ん?十五分前くらいかな。あとでお前の弟も来るぞ」

 ワイングラスを掲げながら浩之は言ったが、いつもの元気がない。

「だから、その弟はよせって。あ、ビール、生をお願いします」

 浩之に文句を言っているところに注文を取りに来た中年女性に向けて、政雄は頭を下げた。

「ここ、良く来るのか?」

「いや、二度目だよ。昔の洋食屋さんっぽい料理が美味くて、また来たくなったんだ」

「歯ブラシの女と来たのか」

「だから、その歯ブラシはよせって!」

 政雄と全く同じようなことを言ってしまい、浩之は照れ隠しするようにワイングラスに口をつけた。

「最近、梅沢やねずみ男とは会ってるのか?」

 政雄は八月の初めに、砂町の商店街で七夕まつりが行われていた時に浩之邸で飲んで以来、十一月中旬の今日まで約三か月ほど梅沢や竹内とは会っていない。

「実は、今日お前に声をかけたのはその梅沢のことなんだ」

 苦虫を潰したような表情で、浩之はワイングラスを傾けた

「梅沢のこと?何かあったのか?」

「ああ、まあな。とりあえずはビールを飲めよ」

 浩之は自分でグラスにワインを注いでから、運ばれて来た政雄の生ビールのジョッキにグラスを軽くぶつけた。

「あー、うめー。で、梅沢がどうしたって?」

「うん、相田のとっちゃん坊やが来る前に話しておかないとな……」

 腕時計をチラッと見て浩之は話し始めた。

「あいつ、最近金に困ってるみたいなんだ。お前のところにも金の無心とか来てないか?」

「俺に?いや、金の無心どころか連絡ひとつ来ないよ。俺も連絡を取ってないけどな」

「そうか……。いや、最初は竹内と八月の終わりに会った時に、実は困ってるんだって聞いてさ」

「ねずみ男が何で困ってるって?」

「あいつ、梅沢と頻繁に飲みに行ってたらしいんだな。しかも錦糸町辺りのおねーちゃんがいる店。そういうとこってそれなりの値段だろ?」

「まあな。普通の居酒屋よりは高いよな」

「最初のうちは割り勘で楽しくやってたみたいなんだな。でも途中から、今日は持ち合わせがないから払っておいてくれってなって。それが二・三回続いたから、さすがに竹内も前の飲み代の清算が済んでいないって言ったところ、梅沢が逆ギレしたようなんだ」

 浩之は嘆息交じりに言って、鮭のパテを口に入れて、ワインで流し込んだ。

「逆ギレって、梅沢はなんて言ったんだ?」

 政雄は合成皮革の表紙のメニューを開き、エプロン姿の女性を呼んで、カニコロッケの他数品を注文した。

「最初の頃は俺が奢ってやったのに、たかが数回払ってないからって文句を言うなって怒りだしたんだってよ」

「ねずみ男はゴチになってたのか?」

「たった一回だけだって言ってたけど……。それで、竹内はビビっちゃって梅沢と会わないようにしているんだけど、替りに払った金額が十万以上あるらしいんだな。あいつ、財布は奥さんに握られてるからカードで支払ってたみたいで、その引き落としが来たら奥さんにこっぴどく叱られるので、俺から梅沢に言ってくれってことだったんだ」

「で、梅沢に言ったのか?」

「ああ、電話でどうなってんだって訊いたよ」

「そしたら?」

「竹内が言ってるのは大袈裟だって言うんだな。そんなに高い店に行ってないし、十万なんてどっから出てくるんだって……」

 相田の来る時間が気になるのか、浩之は再び腕時計を見た。

 

 外は完全に夜の帳を下ろしていたが、店内はいつの間にか満席になっていて、賑やかな笑い声がそこかしこから聞こえてくる。

「でも、借りたのは事実なんだから返してやれよって俺は言ったのさ。そしたらあいつ、突然俺に金を貸してくれって言いだしてさ」

「お前に?」

 政雄はビールを吐きだしそうになった。

「ああ、両親の墓の件で急に金が必要になって苦しいんだとかなんとか言って……」

「貸したのか?」

「貸すわけないだろ……その時はな」

「その時は?」

「うん。その後、先月、十月の始め頃に、マンションの管理をお願いしている不動産屋から連絡があったんだ」

 浩之は一旦言葉を止めて、ワインをひと口飲んだ。

「不動産屋って、まさか梅沢が家賃を滞納してるとか?」

「実はそうなんだ。八月から二か月滞納してるって言うんだな。あいつが俺の知り合いだって知ってるから、八月の滞納の時には早めに払ってくれるようにお願いしたようなんだが、九月も払わずで……契約上、退去になるけど、どうしますかって連絡が来てな」

 浩之の沈痛な表情を見て政雄は思わずうーんと唸ってしまったが、勢いよくビールを飲んでから浩之に向き直った。

「で、梅沢に連絡を取ったのか?」

「いや、先月の中旬頃あいつから連絡が来たので、俺ん家で会った」

「なんて言ってきたんだ?」

「急に物入りが続いたので家賃が払えなかったが、さっき不動産屋に二か月分をまとめて払ってきたって言って。迷惑をかけたけど、こんなことはもうないから安心してくれって」

「なんだ、ちゃんと払ったのか。じゃあ大丈夫だろう。あいつも厚生年金を受給してるから」

「ああ、年金受給日だったから支払ったとか言ってたな。で、まだ続きがあって、あいつ働き始めたみたいなんだ」

「仕事してるのか?何してるんだ?」

 バーニャカウダーのセロリを齧りながら、政雄は訊いた。

「錦糸町の飲み屋とか言ってたな。知り合いがやってる店を手伝ってるとか言ってたよ。店の名前を訊いたが、教えてくれなかったけどな」

「何か怪しいな。いかがわしい店なんじゃねーのか」

「さあ、そこんところは分からんけど。でな、家賃払ったら生活費が足りないから、月末の給料日にちゃんと返すから、十万程貸してくれって言うわけさ」

 浩之は脱力したように言った。

「で、貸したのか?お前も人のことをお人好しだなんて言えねーな」

 相田と会ってすぐに飲みに行って揶揄われたことを思い出しながら、政雄は言った。

「お前みたいなのと付き合ってるだけで、相当なお人好しだって、竹内に言われたことはあるけどな」

 今日、初めて浩之は笑顔を見せた。

「けっ!ねずみ男なんかと友達付き合いしてる方がよっぽどだ。それで、梅沢はちゃんと金を返したのか?」

「ああ、今月の始めにな」

 そう言いながらも、浩之の表情はすぐれない。

「なんだ、なんかまだあるのか?」

「先週の日曜日に俺ん家に来て、すまないがまた貸してくれって言うのさ。しかも今度は三十万」

「何!なんだそれ。それで貸したのか?」

「貸すわけねーだろ!だけどあいつすっかり人相が変わちゃってて、なんて言うか荒み切ってる感じでさ……」

 浩之はずり落ちてきた眼鏡を指で持ち上げた。

「それで、金を借りられないのに黙って帰ったのか?」

「うん。そうか、悪かったなって言って帰ったよ。それっきり連絡がないからどうしているのかと思ってたら、昨日の夜、竹内から連絡があって、梅沢が金を貸して欲しいって言ってきて困ってるって」

「ねずみ男のところに?前の飲み代だって返してないんだろ?」

「そうみたいだな。だから当然断ったけど、しつこく連絡が来るので、俺になんとかしてくれってことなんだ」

「お前がどうのこうのじゃないけどな。梅沢の身内や保証人じゃないんだから」

「まあ、竹内からすれば梅沢を紹介したのは俺だし、俺しか頼れるのがいないから仕方がないんだけどな。竹内にはもう絶対に金を貸すなって言っといたよ。ただ、前に貸した金は諦めるしかないかもしれないって言っといた」

「なんで梅沢はそんなに金がないんだ?引っ越し前に会った時は退職金もあるし、年金もあるから贅沢しなければそこそこの生活は出来るって言ってたよな」

 ねずみ男が怖い奥さんに箒で叩かれている姿を想像しながら、政雄はビールを飲んだ。

「ホントかどうか分からんけど、竹内が言うには梅沢はセックス依存症じゃあないかって……。おねーちゃんがいる店に行くと必ずやらせろって言って、店側から脅しに近いクレームを受けたことがあって、怖い想いを何回かしたことがあるらしい」

「セックス依存症?確かアメリカのプロゴルファーやハリウッドの俳優がそうだってニュースになってたよな」

「みたいだな。とにかく毎日でもしたいって言ってたらしい」

「毎日?あいつは道鏡とかラスプーチンか?歳を考えろって!じゃあ、金が必要なのは風俗とかの店に行くためか?」

「さあ、それはどうだろう……。竹内曰く、その依存症って単独じゃなく、アルコールや薬物の依存症なんかと併発するのが多いんだってよ」

「梅沢は別にアル中じゃないだろ?……まさか薬とかやってるのか?だから余計に金がないとか」

「それはないと思うけどな……。大体どこで入手するんだ?春まで普通のサラリーマンだったやつが、そんなの簡単に手に入れられないだろ」

「いや、覚醒剤とかヤバいやつじゃなくても、精力増強とか持続時間を延ばすための違法ドラッグみたいなのってあるだろ?そういうのに手を出してる可能性はあるんじゃないか」

「うーん。疑えばキリがないからな。それに本人に訊いたってホントのことを言うわけないしな」

 二人とも残り少なくなったジョッキとグラスを飲み干し、ため息をついた。

「だけど一度話を聞いた方がいいかもな。こんな調子だとまた家賃を滞納したりするかもしれないぞ」 

「ああ、それで今日お前と会おうと思ったんだ。近々あいつを呼んでみようかと思ってるんだが、付き合ってくれるよな?」

 浩之は珍しく弱気な眼で、政雄を見た。

「ああ、俺はいつでも構わないぞ。どこで会う?」

「話の内容が内容なだけに、外で会うわけにはいかないよな。俺ん家でどうだ?」

「うん、その方がいいかもな。日程が決まったら連絡してくれ」

「お前がいて助かるよ」

「何言ってんだよ。梅沢の同級生はお前だけじゃないからな」

 少し照れたように言って、政雄はカニクリームコロッケを頬張った。


 浩之と亀戸で飲んだ二日後に、浩之邸のリビングに入ると、既に梅沢は炬燵に入って缶チューハイを飲んでいた。

 三か月ぶりに会う梅沢の髪の毛は金色に近い茶髪に変わっていて、赤なのか紫なのか判別が付かないざっくりとしたセーターを着ていた。

 病的に痩せて頬がこけた横顔は、梅沢が来ているのを知らなかったら、誰だか分からない程の変貌ぶりだ。

「おっ!久しぶりだな。元気にしてたか」

 政雄は驚きを隠し、務めて明るい口調で声を掛けた。

「よう、綿貫、来たか。久しぶりだな」

「何飲む?」

 梅沢が応える横で浩之が訊いたが、政雄は持参した缶ビールを指差してから、グラスを取りにキッチンに向かった。

 三人で軽く乾杯の仕草をして、それぞれが自分の飲み物と持ち寄ったつまみを肴に、当たり障りのない近況報告をしたりして、政雄と浩之は場の雰囲気作りに勤しんだ。

 梅沢は今日この場に呼ばれた理由を敏感に感じ取っているからか、普段より口数が少なく、落ち着きがなかった。

「梅沢、どんな店で働いてるんだ?一度浩之と遊びに行こうと思ってるんだけどな」

 二本目の缶ビールをグラスに注ぎながら、政雄が自然な感じで話を切り出した。

「えっ、店?……お前らが来るような店じゃないよ。水商売をしている連中が仕事帰りに寄って、客の悪口を愚痴りにくるような店だ。つまみも乾き物くらいしか出さないし、BGMはロックとかヒップホップで落ち着かないぜ。大体お前らのような爺さんは滅多に来ないよ」

 梅沢は伏し目がちに応えた。

「ふーん。なんでそんな店を手伝ってんの?給料とかはいいのか?」

 政雄はもう一歩踏み込んでみた。

「ああ、オーナー……って言っても、もう七十を過ぎた爺さんだけど、その人と錦糸町の飲み屋で知り合ってさ。そのうち経営している店に遊びに来いって言うんで何回か行ったら、自分はもう歳だから明け方近くまで店をやる元気がないって言うんだ」

「それで店を手伝ってくれとか言われたのか?」

 政雄と梅沢のやり取りを聞いていた浩之も話に加わった。

「まあそんな感じだ」

「明け方までって、何時までやってるんだ?」

 煎餅を齧りながら政雄が訊いた。

「大体朝の五時頃かな。五時前には始発が出てるからな」

「何時からやってるんだ?」

 しつこくならないように注意しながら、政雄は話の続きを促した。

「バイトの子が夜の八時に店を開けるよ。俺は大体十時頃に店に行ってる。バイトの子は終電前に帰っちゃうんだ」

「今までと昼夜逆転の生活じゃねーか。お前大分痩せたみたいけど、身体の方は大丈夫なのか?」

「ああ、別になんともないよ……。ただ、食わないで飲むばかりだから、ちょっとヤバいなとは思ってる」

 梅沢は、無精ひげの生えた顎の辺りを撫でて、小さく笑った。

「髪の毛はそういう店だからか?」

 浩之は、梅沢の金色に近い茶髪に視線をやった。

「いや、これは違うんだよ。客に美容師のあんちゃんなんかもいてさ。俺の白髪が爺むさいって言うから、だったらなんとかしてくれって言ったら、安くするから店に来いって話になったんだよ。それで美容院に行ってお任せにしたらこうなっちゃったんだ。俺も最初はビックリして、被ったことのないニット帽なんか買って隠してたけど、もう慣れてきちゃったな」

「着るものも変わったよな。でも、髪の毛を含めた全体を見ると違和感はないけど……。俺にはできない格好だ」

 政雄は茶化すように笑った。

「これも、ブティックなんかの店員をやってる客が格安で持ってくるんだよ。最初は断ってたけど、営業的なこともあるから、何着かは買ったけどな」

 セーターの胸の部分をつまんで、梅沢は缶チューハイを飲んだ。

「でも痩せたのは事実だぞ。週に何日働いてるんだ?」

「基本的には週五だけど、最近オーナーが全く来ない日が多いから……定休日の日曜以外は毎日かな」

 浩之の問いに梅沢は応えた。

「それじゃあ身体が持たないだろ。ちゃんと寝てんのか?」

 政雄が心配顔で訊いた。

「寝ることは寝てるけど、寝つきは良くないな。何しろ寝床に入る頃は外が明るくて。こればかりは中々慣れないよ」

「だからって身体を壊したら元も子もないぞ。そんなに働いて幾ら貰ってんだよ」

 政雄は核心部分を訊いた。

「大して貰ってないぜ……って、なんか俺への質問ばかりで変だと思ってたけど、それが訊きたかったのか?俺が長谷川に金を貸してくれって言ったりしたからか?心配かけて申し訳なかったけど、もう大丈夫だよ。オーナーから当座の金は工面してもらったし、今月から給料も増えるので、年末には奢ってやるから期待していいぞ」

 怒るかと身構えていたが、そのようなことはなく、梅沢は笑顔で言った。

 

 その後、和気あいあいと雑談をしながら三人で飲んでいたが、梅沢は途中から口数が少なくなってきた。

 暫くして、そわそわし始めた梅沢の態度が気になった政雄が、どうかしたかと訊くと、梅沢の態度が急変した。

「うるせー!お前には関係ねーだろ!」

 血走った眼で、梅沢は政雄に怒声を浴びせた。

「な、なんだよ、急に……。怒ることねーだろ。時計を気にしたりして落ち着かなさそうだから訊いただけよ」

「どうしたんだよ、何か気がかりなことでも思い出したか」

 梅沢を宥めるように、浩之は言った。

「ふざけんな!てめーは金持ちなんだから、俺にはした金をくれたった痛くも痒くもねーだろ!しかも俺は貸してくれって頼んでるんだ。困ってるダチがいたら助けようと思わねーのか!」

 梅沢は口角から泡を飛ばしながら浩之を睨んだ。

「ど、どうしたんだよ。さっきはもう金の心配はいらないって言ってたのに……」

 梅沢の豹変ぶりに驚いた政雄が、浩之を庇うように言い、梅沢を見た。

 梅沢の眼は完全に据わっていて、炬燵から出ている手は震え、缶チューハイを持つことも出来ていない。

「てめーには関係ねーんだよ!余計な口出しをするんじゃねー!俺は長谷川に言ってんだ」

「なんだそれ!俺には関係ねーってか?それこそふざけんな!なんでそんなに金が要るんだよ!しかもお前の態度は借金をお願いする風には見えねーぞ」

 政雄は言い返したが、梅沢の表情と言動に恐ろしいものを感じ始めた。

「綿貫、お前は少し黙ってろよ。梅沢、別にケチってるわけじゃないぜ。もしお前が本当に困ってるんなら、ちゃんと理由わけを言えよ。お前が言うように俺たちが友達なら、俺に出来ることはするけど、何に使うか分からないのに、はいそうですかって貸したりする金は持ってないぞ」

 浩之は諭すように言った。

「けっ!親の遺産でのうのうと暮らしてるお前に言ったって理解出来ねーよ。なんでー、偉そうに。ダチなら理由わけなんか訊かずに、ポーンと金を出すのが当たり前じゃねーか。俺が逆の立場だったらそうするぜ……要するにお前らは俺のことをバカにしてるんだよ」

 震える手で缶チューハイを飲み干し、梅沢は政雄と浩之に血走った冷たい視線を送った。

「なんだそれは!そんな自分勝手なことをよく言えるな!お前に何が出来るんだよ!俺や浩之、竹内さんが困ったらどう助けてくれるんだ!えっ、どうだ言ってみろ!」

 怒りで頭の芯が熱くなった政雄は、目の前の梅沢の横っ面を殴りたい衝動で炬燵から立ち上がろうとした。

 喧嘩なんか小学校以来したことはなかったが、梅沢の自分勝手さに我慢が出来なかった。

「よせ!お前は座ってろ!」

 浩之は政雄のパーカーの裾を引っ張って座らせた。

「お前は理由を言えないって言うけど、そんなんじゃどうやってお前を助けられるんだよ。大金でなきゃ貸してもいいけど、何に使うのかを知りたいのが普通だろ?それにこれが最後なのか、これからもちょくちょくあるのか分からないんじゃ、対処のしようがないだろ」

 浩之は政雄の肩を押さえつけながら梅沢を見た。

「けっ、もういいよ!てめーらに頼んだ俺がバカだったよ。竹内にもはした金でごたごた言うなって言っとけ!」

 捨て台詞をはいて、ソファに置いてあった迷彩柄のブルゾンを手に持ち、梅沢は浩之邸を飛び出した。

 呆気にとられた政雄と浩之は、炬燵に入ったまま呆然と梅沢を見送った。


 静まり返った浩之邸の炬燵に座り、二人は苦い酒をチビチビと飲んでいた。

「あいつ絶対クスリか何かやってるぜ。でなきゃあんなことをいけしゃーしゃーと言えるはずないぞ。しかも突然人が変わったように……」

「ああ、俺もビックリした。どうしちゃったんだろう……。相当テンパッた状況なのかもな。怖いところから借金でもしてて、取り立てが厳しいとか」

 沈黙に耐えかねたような政雄の呟きに、浩之も同意した。

「かもな。クスリとか絡んでたら、かなりヤバい状況なのかもしれんぞ」

「クスリかね?」

「いや、それは分からんけどな……。でも、ヤバいことは間違いないんじゃねーか」

 政雄は心配そうに訊く浩之に言い、カシューナッツを口に放り込んだ。

「なんか、嫌な予感しかしないな……」

 急に老けたような口調で浩之が言った。

 そんな浩之を見て、政雄は気分直しに相田でも呼ぶかと言って、スマホのロックを解除して電話をかけた。

「直ぐ来るってよ。一回目のコールの途中で電話に出たよ。ホントにヒマなんだな、あいつ」

 政雄は努めて明るく言い、梅沢が言った奢りの話は絶対に実現しないなと付け加えると、浩之は深く頷いた。


※最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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