第7話 練習デート

 休日といえど、私は朝からダラダラしない。


 むしろ、平日よりも早起きして、朝食前に勉強に勤しむくらいだ。


 ただし、今日は予定があるから、先に朝食を済ませて、身支度を整えている。


「……ふむ」


 元々、化粧はそんなにしない。


 ほんのり、塗る程度。


 本当は、しなくても良いくらいなのだけど。


 将来、社会に出たら女性は化粧をするのがマナーだから。


 今の内から、しっかりと練習しておかなければならない。


 基本的に、ナチュラルメイクというか、ベースを整えるのみで……


「……な、何か、ちょっと濃いわね」


 特に目の辺りが。


 気付けば、何かまつげをカールさせているし。


 たまたま、買ったセットについていたそれを、使う時が来るなんて……


「……違う、違うのよ」


 決して、気合を入れている訳ではない。


 私はあくまでも、人として、女性として、そのたしなみとして、マナーとして。


 きちんとメイクをしているだけ。


 そう、今日会う相手は、決して気を遣うような相手ではない。


 むしろ、遣いたくもない相手。


 女を打算の道具としてしか見ていない、クズ男。


 竹本一郎たけもといちろう


 そんな彼が、今日はごちそうしてくれると言う。


 ただし、そのお金は、私をダシにして稼いだお金だ。


 だから、感謝する理由もないし、偉そうにされる筋合いもない。


 本来なら、そのお金を丸々と寄越してもらうべきだ。


 いや、そもそも、そんな違法商売みたいなこと、学園でするべきではないから。


 先生に報告して、あの男を懲らしめてやるべきだ。


 冷静に考えれば、そういった手段はいくらでも思い付いたはずなのに……


「……どうして、彼とデートすることに……」


 言いかけて、ボッと頬が熱くなる。


 いや、別に照れていない。


 ていうか、そもそも、デートなんかじゃない。


 これは、その……そう、将来のための勉強よ。


 あんなでも、一応は男だから。


 将来、もっと誠実で素敵な男性と、本当のデートをする時のための。


 予行演習、あくまでもそれだけなんだから。


 また堂々巡りの思考中、部屋のドアがノックされる。


「秋乃ちゃん、今日はお出掛けって言っていたけど……あら? 何か随分と、気合が入っているわね」


「ち、違うから。お母さん、そんな目で見ないでくれる?」


「デート?」


「違います」


「否定が早いわね~、ますます怪しい~」


 お母さんは、ニヤニヤと笑って言う。


「ほ、本当に違うから……」


「うふふ、否定が弱いわよ?」


「……行って来ます」


「はい、気を付けて」




      ◇




 俺はクズだけど、待ち合わせの時間はちゃんと守る。


 基本的に、待ち合わせの30分前には現地に赴き、そのコーヒーショップに入り、ゆっくりとコーヒーをたしなみながら、相手の到着を待つ。


 それは今回も同様だ。


 俺は待ち合わせ場所が見える席に座り、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる。


 ちなみに、待ち合わせの相手、月島秋乃つきしまあきのは、俺がこの席に座った時にはもう、待ち合わせ場所にいた。


 つまり、少なくとも、30分以上前には来ていることになる。


 さすが、優等生だ。


 ならば、俺もすぐそこに赴くべきなのだろうが……あえて、観察していた。


「あっ、また声をかけられた。これで5人目か……」


 この15分ほどの間にである。


 つまり、3分に1人のペースでナンパされている。


 カップ麺みたいだな。


「……さてと」


 俺は席から立ち上がり、店を出る。


 そろそろ、月島が泣きそうな顔になって来たから、向かってやる。


 ゆっくりと、彼女の下に近付いて行くと、ササッと前髪を直しながら、


「お、遅いわよ」


「いや、まだ待ち合わせの10分前じゃん。むしろ、偉いだろ」


「うっ、まあ……」


「とは言え、本当は30分前には来ていたんだけどな」


「は、はぁ~?」


「あそこの店でコーヒーを飲みながら、お前のことを見ていた」


「なっ……」


「やっぱり、お前ってモテるんだな。ナンパされまくって……」


「……想像を絶するクズ野郎ね」


「そこまでじゃないだろ?」


「もう、サイテー、サイアク……帰るわ」


 月島はツンとそっぽを向いて歩き出す。


「おい、待てよ」


「何よ? 引き止めないで……」


「せっかくそんな可愛くオシャレして来たんだから、ちょっとくらい街を歩こうぜ?」


 ピタリ、と彼女の足が止まる。


「……か、可愛い?」


「ああ、お前のキャラ的に、きれいって言った方がふさわしいか。かわいいは、朝宮だな」


「…………」


 月島は、またこちらにゆっくりと歩み寄って来る。


 その顔は、相変わらず怒ったままだけど……


「……デート中に、他の女の名前を出すのは、マナー違反よ?」


「えっ、これってデートなの?」


「ち、違います」


「まあ、面倒だし、デートってことで良いじゃん」


「……あくまでも、練習だから」


「んっ?」


「将来、あなたよりもっと、素敵な男性とするための……」


「お前もたいがいクズじゃん」


「なっ、ち、違うわよ!」


「じゃあ、練習ってことなら、俺も遠慮はいらないな?」


「へっ?」


「俺も本当に付き合った彼女とやってみたいこと、それに対する反応を……今日のお前との練習デートで、たっぷり確かめてやるから」


「……へ、変態」


「安心しろ、お前には指一本も触れないよ。その代わり、たっぷり言葉攻めしてやるけどな」


「へ、変態……」


 月島は顔をうつむけてしまう。


「じゃあ、ちょっとブラつくか」


「……ええ」


 こうして、俺たちの練習デート(?)が始まった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る