第8話 完璧は存在しない

 クズな俺には見栄もクソもない。


 ラクを出来るなら、周りの目なんてトコトン気にしない。


 そういう男なのだ。


 けど、やはり……


「おい、あの子かわいくね?」


「てか、めっちゃ美人」


「あと、すっげ胸デカ」


 ……良い女がとなりを歩いているのは、正直に言って気分が良い。


 改めて、チラと横目で見る。


 月島秋乃つきしまあきのという女は、よく整った顔立ち。


 スタイルも抜群、特に胸の強調がすごい。


 どんなオシャレなアイテムを身に着けるよりも。


 この女をとなりにはべらしておく方が、よほど自分の価値が上がる。


 まあ、そんなの基本的にはどうでも良いんだけど。


 たまには、極上の気分を味わってみるのも悪くない。


「月島」


「何かしら?」


「お前、普段は街に出かけて、何をするんだ?」


「えっ? 私は……」


「ああ、ごめん。ボッチのお前は、あまり外を出歩くこともないか」


「うるさいわねぇ……家で勉強をしていたわよ」


「マジメか」


「悪い?」


「いや、エロいな」


「はぁ?」


「あ、偉いなの間違いだ」


「……ウザい男」


 月島はため息まじりに言う。


「そう言う竹本くんは、どうしているの?」


「別に、適当に予定が合ったやつと適当に遊ぶだけだ」


「男子と?」


「ああ、女と遊んでもつまらん。こっちが接待している気持ちになる」


「あなたに接待の心得なんてないでしょうが。いつも偉そうにして」


「偉そうなのはお前の胸だろ」


「はぁ?」


「あ、ごめん。エロいの間違いだった。月島の胸は、めっちゃエロいよ」


「……もう、怒る気力もないわ」


「ラッキー。お前みたいな美人が怒ると怖いからさ、しおらしくしてくれ」


 俺が言うと、月島は黙りこくってしまう。


 さすがに、ちょっとからかい過ぎたかな……


「……女子とはデートしないの?」


「えっ? 何で?」


「いえ、その、だって……」


「言いたいことがあるなら、言ってみろ」


 俺が促すと、月島はモジモジとしながら……


「……だって、あなた、その……経験済みなんでしょ?」


「何を?」


「だ、だから、その……男女の……ま、交わりと言うか……」


「ああ、セッ◯スのこと?」


「ちょっ、あなた……」


「あー、そっか。ヤンデレ気質の変態ちゃんな月島は、俺たちの話を盗み聞きしていたんだもんなぁ」


「……うるさいわね」


「言っておくけど、あれ嘘だから」


「え、何が?」


「だから、俺が童貞を卒業済みだって」


「そ、そうなの?」


 月島の目が少し丸くなった。


「な、何でそんな嘘を……いえ、見栄を張ったの?」


「見栄というか、ハッタリだな。あの場面では、俺が童貞既卒って思われた方が、商売が上手く行ったし」


「最低ね」


「けど、その金のおかげで、今日は美味い物が食えるぞ?」


「……良いわよ、ちゃんと自分でお金を払うから」


「えっ? じゃあ、お前は今日、何のために来たんだ?」


 俺が言うと、月島はまた沈黙してしまう。


 心なしか、先ほどよりも、表情が険しい。


「……竹本くんって、本当にクズよね」


「ああ、よく言われるよ」


「そして……バカよね」


「おっと、それは聞き捨てならないなぁ。まあ、バカのフリをしたりはするけど」


「……あっそ」


 月島は、ぷいとそっぽを向いてしまう。


「気分が乗らないなら、帰るか?」


「……帰りません」


「睨みながら言うなよ、怖い」


 俺は軽く引いて言う。


 月島はまたツンとそっぽを向く。


「お前って、ヤンデレでツンデレかよ。面倒だな」


「うるさいわね。ていうか、誰が誰に対してデレているのよ?」


「ああ、まあ、そっか。お前は俺のこと、嫌いなんだもんな。あれ? じゃあ、何で今日はわざわざ……」


「……本当にバカな男」


 月島は少し長めに吐息をこぼす。


「まあ、それでも良いけどさ。おい、月島」


「何よ」


「メシ、何が食いたい?」


 俺が問いかけると、月島はまた黙る。


 ちゃんと、考えているのだろうか……と心配した時。


 ふっと、彼女の視線がどこかに向けられた。


「あれが食べたい」


「んっ? クレープか?」


「うん」


「別に良いけど……もっと高いもんでも良いんだぞ?」


「あれが良いの」


「ふぅ~ん? 甘い物をご所望なんて……お前も何だかんだ、女子なんだな」


「悪い?」


「いや、悪くない。今日のいつもより少し気合の入ったメイクも、悪くないよ」


「…………」


「月島?」


「…………変態」


「まあ、否定はしないけど」


「そこは否定しなさいよ」


「ほら、早く行こうぜ」


「ちょっと、急かさないでよ」


 俺たちは移動販売のクレープ屋にやって来る。


「いらっしゃいませ~」


 笑顔のお姉さんに迎えられた。


「ほら、月島。好きなの選べよ」


「えっと……」


 月島は、少し悩む素振りを見せてから、


「……じゃあ、イチゴで」


「えっ、マジで?」


「何よ?」


「いや、お前のイメージ的に、チョコかなって。イチゴは朝宮の担当だろ?」


「ふん、悪かったわね。朝宮さんみたいに、明るく可愛くなくて」


「いや、お前も可愛いてか、美人だろ」


「…………」


「ただ、タイプの違いと言うか……」


「……じゃあ、チョコにする」


「え、良いのか?」


「良いのよ」


「分かった、じゃあ俺がイチゴにするわ」


「いや、あなたこそ、イチゴとかないでしょ。腹の中まっくろなんだから、チョコでしょ」


「まあ、否定はしないけど……」


「では、カップル同士、仲良くチョコでよろしいでしょうか?」


「いえ、カップルではありません」


「否定が早いな。事実だけど」


 そして……


「……結局、2人して仲良く、チョコだな」


「ええ、そうね」


「けど、ホイップクリームの白がアクセントであるから」


「ええ」


「そうだ、知っているか、月島」


「何を?」


「この世に、完璧な絶望は存在しない」


「急に哲学?」


「嫌いか?」


「いえ……むしろ、好きで興味あるけど」


「ほら、陰陽のマーク見たことあるだろ?」


「ええ」


「あれも黒の中に、少し白があって。逆に白の中に、黒も少しあって」


「確かに」


「だから、この世に完璧な希望は存在しないし、完璧な絶望も存在しない」


「うん」


「だから、完璧な腹黒人間なんて、存在しない。俺もお前も、わずかばかり、ホワイトな部分が残されているのさ」


「その話自体はおもしろいし納得だけど、私とあなたが同族みたいなのは納得できないわ」


「つーか、このクレープうまっ」


「話を逸らさないで」


「お前は美味いと思わないのか?」


「それは……」


 月島は、はむっと一口。


「……美味しい」


 パシャリ。


「えっ?」


「クレープを食べる、普段はクール(その実はボッチちゃん)ビューティーな月島の絵」


「ちょ、ちょっと……それでまた、良からぬ企みを……」


「いや、そんなことはしないよ」


「信用できないわね。今すぐ、消しなさい」


「月島」


「何よ?」


「思い出ってのは、大切にするもんだぞ」


「だから、話を逸らさないで。クズのくせに、きれいなことを語らないで。そんな瞳を輝かせて、すぐ濁るくせに」


「あー、つか肩が凝ったわ」


「スタミナないわね」


「やっぱり、体力がない男はダメかな?」


「えっ? いえ、それは……」


「ほら、エッチの時、すぐ終わる男って、嫌われそうじゃん?」


「そんなことを平気で言う人は嫌われるわね」


「じゃあ、お前も俺のこと、嫌いか?」


 即答されるかと思ったけど、月島は押し黙る。


「月島?」


「……ええ、嫌いね」


「溜めたなぁ」


「でも……完全には、嫌いになりきれないわ」


「えっ?」


 ふと、月島はこちらを見る。


 相変わらず、ツンケンした顔だけど……ほんの少しだけ、笑みが含まれているように見えた。


「……そうか」


 俺も自然と、少しばかり、笑みがこぼれる。


「ところで、その……そう言うあなたは、どうなの?」


「えっ?」


「わ、私のこと……き、嫌い?」


「いや、好きだけど」


「ほぇっ!?」


「だって、使える女だし」


「…………」


「月島さん?」


「…………やっぱり、私はあなたのこと、100%嫌いだから」


「えっ、何で?」


「これ以上、あなたと話したくありません」


「マジかよ。会話できないとなると、仕方なくお前に触っちゃうことになるぞ?」


「な、何でよ。変態、エッチ、スケベ」


「じゃあ、ちゃんと喋れよ。お前は賢いからな。会話していると、楽しいんだ」


「…………偉そうに」


「そんなことねーよ。俺はいつだって、下級市民のつもりだよ」


「言葉と態度がかみ合っていないのよ。ほら、またそんな風に、ふんぞり返っちゃって」


「だったら、月島も堂々とすれば?」


「えっ?」


「お前、胸がデカいせいかもしれないけど、そんなに美人で優秀なのに、いつもどこか遠慮がちっていうか、自信がなさげだし」


「……そんなこと、初めて言われたわ」


「まあ、友達いなかったからな」


「うるさいわよ」


「それに、お前のことそんなによく見ているの、俺くらいなものだからな」


「……使える女だから?」


「正解」


「くたばれば良いのに」


「まあ、今ここでくたばっても、良いけどな」


「えっ?」


「最後の思い出が、お前とクレープを食べたってのも……悪くない」


 月島に顔を向けると、サッと逸らされてしまう。


「……私は、ごめんよ。そんなの」


「ひどい奴だなぁ。死ぬ時くらい、優しくしてくれよ」


「今こうして、ピンピンしているじゃない」


「え? ビンビン? 月島、お前……」


「ねえ、殴っても良い?」


「おい、百歩譲ってビンタは許すとして、グーはやめろ、女だろ?」


「男女差別はよくないわよ?」


「じゃあ、俺もお前を殴る」


「えっ? そ、そんな、ひどいわ……」


「安心しろ。そのデカ乳かデカ尻にすれば、ノーダメージだろ」


「マジで殴る5秒前」


「お前、そのセンスちょっと古くね?」


「お黙りなさい」


 こうして、俺と月島の会話は、とりとめなく続いていった。




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