第5話 予想外の結末




「――《魅了チャーム》」


 バルドル=アイゼンの代名詞たる頂点の魔眼バーテックス・アイの一つ〈魅了の魔眼〉。それを彼が持つということは……当然最も高い適性の魔法は魅了魔法だった。


 この魔法は特殊魔法の中でも特殊で、魅了の効果は使用者の美しさに比例する。この時、目の拘束具などは関係しない。魔法の効果が使用者の魅力分+されるという事象の魔法だからだ。


 その一つ、《魅了チャーム》は目に見えない魅了効果を持つ波動を撃ち出すというものだ。当然、その分効果は魅了魔法の中でも低い。


 だが……


「くぅっ!? 体が、動かないっ!?」


 このコロシアムの中で唯一シスカだけが知るバルドルの容姿は、神様に愛されたように美しい。


 それがまるで世界の理だと言うように、歴代の〈魅了の魔眼〉所有者はその時代に並ぶ者無き美貌を備えている。


 当然、+された魅了の量は尋常じゃなく、初級魔法なのに上級魔法に匹敵するという頭のおかしい魔法に格上げされていた。


 ――だが、上級魔法ヒュドラの毒を無効化する彼女の耐性を突破できるはずがない。


 それを可能にしたのが、《毒香インセンス・ポイズン》だ。この毒の香りには嗅いだ者の魔法抵抗力を下げる効果がある。


 念入りに三回も低下させることで耐性を貫き、エルトリーアに魅了を施した結果、魅了した者バルドルに危害を加えるということを体が許さなかった。


 竜化しても自制心のあるエルトリーアだからこそ、完全に魅了には掛からず自分の違和感に気づいた。


(本当に掛かった!? 初級魔法のはずなのにどんな出力してんのよ、コイツ! 好き、て違う違う違ーーーーーーーう!? 私に何てことしてくれてんのよ、コイツ! やっぱり好き、てやめなさーーーーーーーーーーい!?)


 エルトリーアは魅了に抗いながら、手を出したら噛みつくと言った顔でバルドルを睨みつける。


 バルドルはこれ以上は体が持たないとドーピングの魔法を解除しながら、エルトリーアを視てどう攻めようか頭を悩ませる。


 下手に攻撃しても耐久性が高く気絶はできない。魔法は決定打にならない。耐性があるし、何より壁際に追い詰める際エルトリーアのスピードが元に戻りかけていた。もう既に《毒香インセンス・ポイズン》の耐性を得ている。


 そのことから、時間を掛ければ魅了魔法の耐性も獲得されしまう。


 一番は降参してもらうことだ。


「命令だ。降参しろ」


「は――て誰が降参するか!?」


 凄まじい忍耐力に内心称賛しながら、効き目のありそうな魔法はあったかと記憶の中から幾つかの魔法をサルベージする。


 その一つによく分からない魔法があったので使ってみる。


「《発情エストラス》」


「え? その魔法ってまさか! ちょ、待っ――」


 魔法陣から濃い桃色の光の粒子が降り注ぎ、エルトリーアに効果を発揮する。


「ぁ、ん、このぉ……変態!」


 目に涙が浮かび内股気味になり、必死にバルドルを睨みつける。足は子鹿のように震えていた。


 エルトリーアにあっさり効いたのは、実は《魅了チャーム》には相手を素直にする効果も含まれているからだ。


 魅了と発情の付与コンボに耐性は敗北した。


 しかも、エルトリーアの見た目はあられもないことになっていた。


 毒液により制服とスカートには穴が空きまくり、更に炎で燃え広がり、靴と靴下に至っては溶けてしまっている。


 綺麗な脚線美を描く足に健康的な太ももが見え、スカートの空いた穴からは隠すべき白い清楚な下着ショーツが見えてしまっている。


 その上では可愛らしいおへそが覗き、白く滑らかな肌のお腹周りが惜しげもなく晒されていた。肩から胸元までの制服も溶けていて、鎖骨と清楚で可愛らしい下着ブラジャーの紐が見えていた。


 故に、観客席の男衆は大盛り上がりだった。すなわち、「アイツ! やりやがったぁっ!!」(歓喜感涙尊敬)である。


 その反応を受け、エルトリーアは今になって自分が如何に破廉恥な格好をしているのかに気づき、顔を林檎のように真っ赤に染めた。


 バルドルは何故盛り上がっているのか分からなくて首を傾げた。


「えっと、どんな感じ? 気分が高揚するって書いてたんだけど……」


「ど、どどどどどどどどどどどどどどどんな気持ちぃ!? あ、アンタそれ本気で言ってんの!?」


 信じられない質問に頬を引きつらせる。


 デリカシーがなかった。


「うん」


 そして命令に従おうと口が開き、必死に答えないように唇を噛みながら涙目で睨む。



 バルドルの言葉攻めと言える質問会が始まる中で、「あれ、本気で言ってるんですか?」とユニはシスカに尋ねた。


 シスカは天を仰ぎ、コロシアムから目を逸らしながら答える。


「ええ、本気で言ってます。もしも兄さんがそーいう興味を持ってしまわないようにと、性的な知識は全く与えられてません。その結果……目の前の悲劇は起きてしまったようです」


 無知故の恐ろしさを体現していた。


 特等席に座っている兄レオンハルトの表情と雰囲気がヤバくなっているのに気づき、シスカは注意を払いながら、一刻も早く終わらせてと願っていた。


 

 しかし願いは届かず。王に憧れたエルトリーアが降参を宣言するはずがなく、バルドルはバルドルでこの魔法が効いているように見えたので追加の魔法を使っていく。


 それは当然のことだ。


 本日の主役ヒロインはエルトリーアであり、悪役ヒールはバルドルと決まっているからだ。


「《発情エストラス》」


「なぁ!? や、やめなさい……!」


「《発情エストラス》」


「こ、この! 我は負けない、絶対にぃ……!」


「……《色欲解放ルクスリア・ディスチャージ》」


「はうん!? あ、な、何これ、ん、んあぁ……凄い、や、やめ、これいりょうは……もう……」


 エルトリーアは口を開け大きく呼吸することで何とか正常心を保ち、毒竜を超える最上級魔法を受け、立っている力を失い女の子座りの体勢で地面に落ちる。


 その隙をバルドルが見逃すはずがなく、全力で地面を蹴り前へ進む。


 エルトリーアが気づいた時にはもう遅く、両腕を掴み押し倒され、体に跨ったバルドルは素早く拳銃を引き抜き最速の動きでエルトリーアの口内に銃口を突き入れた。


「命令だ――降参しろ」


 エルトリーアは自分に馬乗りになり、冷たい顔で見下され命令された状況に、どうしてか心臓を高鳴らせてしまった。 


「ふぁ、ふぁい……」


 エルトリーアが降参を受け入れたことで、テクノが腕を振るって宣言する。


「そこまで! 神聖なる決闘タイマン、終了! 勝者は――バルドル=アイゼン!!」


 力強い響きと共に、野郎達の歓声が荒れ狂い、女性陣は無言になりと、バルドルは半分以上には祝福されていた。


 兎にも角にも賑やかになったコロシアムの中で、精根尽き果てたバルドルは「はぁ」と息を吐きながらエルトリーアの横に寝転がった。


 身体強化とドーピングの影響で体はボロボロ、禄に動かせなかった。それでも、彼の心を満たすのは勝ったという喜びだ。


 首席の座を守り切り、未来が拓けた。


 その未来は自分の手で掴み取ったのだ。


 今の自分なら生徒会に相応しい男になれそうだと自信が生まれた。そんなバルドルの元に、一人の男が着地した。


「やぁ」


 その男の名前はレオンハルト=ナイトアハト。爽やかな笑みを浮かべているはずなのに、どうしてかバルドルは命の危険を感じた。


「お、お兄ひゃま……」


 エルトリーアは魔法が解除されたことで色々と元の状態に戻ったが、発情は状態の一種なので抜けきらなくて、立つことが難しかった。


「それで? 君は妹に何をお願いするつもりなのかい? 場合によっては……」


 レオンハルトが凄まじい威圧を発した。世界を震わせるような怒りに、大地が揺れ始めた。


 その時、レオンハルトとバルドルの合間に二人の影が割り込み着地した。


「――そこまで」


 眼帯を外したシスカは手に持つ純白の剣を振るうことで、領域技術を応用した威圧を切り裂き、


「兄さんの件は謝罪しますが、そこまで酷い結果にはならないと思います。あと、動かないように、例え貴方が相手でも――拘束します」


「はぁ、アイゼン家の最高傑作と名高い君相手に儀式も行わず相手にできるほど、俺は自惚れてはいないよ。まあ、もしもバルドルが恥知らずなお願いをした場合は奥の手で殺すけどね」


「兄さんはそんなことしません」


「信頼しているのかい」


「嫌いです。でも、次期当主として死なれては困りますから」


「そうかい。ふふふふ」


「はい、ふふふふ」


 二人は笑顔で向かい合っていた。


 シスカの脇に挟まり連れてきてもらったユニは、恐ろしいものを見たと言わんばかりに顔を背け、バルドルとエルトリーアに回復魔法を使っていく。


「私……負けたのね」


 最後こそ下らない幕引きだったが、大凡の敗因は分かっていた。


 王であることを拘ったからだ。


 特にバルドルが身体強化とドーピングを使う前に近づいて殴れば決着がついていた。だが、それはエルトリーアが夢見る王の姿ではないとやめた。


 ――夢に負けたみたい。


 自分にはまだ足りないことばかりだと思った。


 そして、素直に悔しかった。


 溢れ出る涙を隠すように腕を当てた。


 この敗北を心に刻み込み、次は絶対に負けないと己に誓いを立てるのだった。


 一方、バルドルは心配した顔のユニに注意されていた。


「……バルト君、どうしてこんなに時間がかかるんですか? 見た目は筋肉痛と粉砕骨折ですけど、内側で何が起きているんですか?」


 粉々になった骨を元に戻し、筋肉痛は体の正常な反応なので置いておき、未だに魔法が治療を続けていることに違和感を持ち、バルドルにギロリとした目を向けた。


「ええっと、その、ちょっと副作用がある身体強化を使ったんだ」


 詠唱ドーピングが聞こえていないため、これ以上は心配かけないようにと誤魔化した。


「毒ですよね」


「え?」


「普通に魔法陣が紫色でしたから」


 じ~っと見つめるユニに「降参」と苦笑した。


「流石にこれを使わないと渡り合えなかったから、仕方なく」


「おバカ!」


 叱責と共にポカポカとした可愛らしい攻撃が飛んできた。


「命の危険があるものを仕方ないからと使わないでください。お願いですからもう少し命を大切に……!」


「うーん……でも、この決闘は大事だったというか、僕のためには必要だったというか……」


「それでも、あまり心配させないでほしいです。もう……!」


 これだから男はといった表情で治療を終えたバルドルを見る。


 あははと顔を背けてから、ユニに装備の回収を頼んだ。


「ユニ、マスク取ってきてくれない?」


「ヤです」


「どうして?」


「だって、ただでさえ目にソレつけてるのに、マスクまで装着したら、ただの不審者じゃないですか」


「…………自覚は、してるよ。うん、でもね、使えるんだ。もしかしたら海中のダンジョンには必須かもしれないという本当に凄い……」


「マスクは、やめて、ください」(ニッコリ)


「はい」


 実は心の中では諦めていないバルドルは、「コレに合うデザインのマスクだったら許してくれるかなぁ」と考えていた。


 エルトリーアは泣き止むと、体の状態が元に戻っているのに気づき、立ち上がった。レオンハルトから上着が投げられてきたので受け取り「ありがとうございます」と礼を言い羽織った。


 そして、馬鹿な話をしている自分を負かした相手を見ていると、認めはしたが本当に何でこんなマスク信者に負けなければいけないのかと怒りが再燃してきた。


「――それで、私への要求は何かしら?」


 言ってから、先程の言葉攻めを思い出し耳を赤くする。が、毅然とした表情は保っている。


「ん? ああ、それは初めから決まっているよ」


 エルトリーアは心臓の鼓動が高鳴るのが分かった。


 ゴクリと固唾を呑み、何を要求されるのか待ち構える。


 バルドルは最初からこれに似た結末を思い描いていた。


 そんな物語に憧れがあったからだ。


 同い年の相手と全力でぶつかり合う決闘に。その後はお互いの実力を認め合いこう言うのだ。


「――友達にならないか?」


 他の人には馬鹿馬鹿しく感じられるかもしれないが、当人は真剣だった。


 エルトリーアは予想外のお願いに呆気に取られると、ふっと口元を綻ばせた。


「ええ、喜んで」


 そして、最高の報酬を得たバルドルは、緊張の糸が切れたように、疲れ果てて眠りについたのだった。


「ふふ、じゃあ友達として……」


 そんなバルドルを膝の上に乗せたエルトリーアは、そっと髪を掻き分けながら「お休みなさい」と口にした。


「私を負かしたんだもの、特別追加報酬よ」


 こうして、エルトリーア=ナイトアハト対バルドル=アイゼンの神聖なる決闘タイマンは終わりを迎えるのだった。

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