第6話 王女お世話係



 エルドラード。


 とある国に伝わる黄金郷にまつわる伝説であり、黄金郷自体や理想郷を指す言葉としても使用される。


 その名前を借りた『Eldorado』の部屋主、バルドルは目を覚ますとボンヤリとした思考のまま体を起こし、窓を開け手を伸ばし時間を確認する。


 日差しの刺激はない。春の夜は肌寒さがあるが、気温はまだ丁度良い気持ち良さだ。夜ではないが夜に近い、夕方だと大体の時間を導き出す。


(……シャワー浴びよう)


 ベッドから起き上がると、思ったより体がまだ重たかった。それに全身が汗で気持ち悪く、サッパリしたいとシャワールームに向かう。


(首席特典バンザーイ)


 寝起きバルドルは完全にアホの子になっていた。


 実際に首席特典バスルームがあるお陰で、寮に備えている大浴場を利用する必要がなかった。


 誰かがいる空間では常時領域を広げる必要がある。ソレは常に脳のリソースを何割か領域に割くので、休みたい時にちゃんと休めない。


 だから、誰もいない自室では完全に気を抜けると、領域展開を最小限にして、シャワールームに向かった。 


 シャワールームはシャワーを浴びる部屋と脱衣所で構成されている。その防音の付いたシャワールームの扉を開き、バルドルが耳にしたのは機嫌の良い鼻歌だった。


 テンポが良く、鼻歌だが確かにその道の教養を感じさせるほど美しかった。


 扉が開かれたのに気づき、鼻歌は止まり、鼻歌の人エルトリーアは宝石のように綺麗な赤い目を見開いた。


「ほえ?」


 と可愛らしく、エルトリーアは呆けた。


 両手を添えたバスタオルで髪を拭いているポーズのままで。


 ――誰だ!?


 領域の範囲を最小限にしたことが仇となる。


 領域で視るバルドルにはプライベートルームに不審者がいる状況だ。


 一瞬にして頭が冴え渡り、体が動いた。


 鼻歌の人を拘束しようとしたが、身体強化なしであり得ない反応速度で対応された。だが、咄嗟に防いだことで速度は殺しきれずお互いに変な体勢で絡み合い、バルドルがエルトリーアをバスマットに押し倒す形になった。


「あん♡」


 手に柔らかさと不思議な弾力を備えた何かが当たった。


 しっとりと吸い付くような生暖かい感触、掌に収まりきらない大きさ。


 それは、未知との邂逅だった……。


 生まれた瞬間から今まで味わったことのない、ムニムニとしながらふわふわとした脳を溶かすような触り心地。


 一種の精神攻撃かと本気で考えてしまうまさに魔法兵器。


 この兵器の前では、自分の毒魔法とか魅了魔法とかがとてもちんけなものに思えてくる。


 もはや人類と魔族が戦争するのが馬鹿らしくなるほどだ。それはまさしく理想郷だった。


 理想郷エルドラードはここにあったんだ――と、至高の扉を開いたバルドルに、エルトリーアの弱々しい声が放たれる。


「こ、この無礼者ォ! 早く私の上から退きなさい……!」


 可愛らしくも綺麗な声で、潤んだ瞳で睨み上げる。


 それは、確かにエルトリーアの声で……バルドルは瞬時に領域を展開した。


「もしかして、ナイトアハトさん!?」


 魔力に触れた物を感じ、その形から映像化する。と――エルトリーアの裸体が浮かび上がった。


 髪の色や肌の色は人伝からの想像だが、肉体の輪郭と質感は領域により寸分違わず再現されていた。


 女性らしく丸みを帯びた体。しかし鍛えていることが一目で分かる引き締まった肉体。お湯に濡れた髪と赤く火照った表情が色っぽく、手に触れている形の良い胸、その先には艶やかな桜色の蕾が……。


 そーゆう知識がお子様で止まっているバルドルは、顔が赤くなるのを自覚した。


(もしかして、この感触は……!?)


 バルドルが考えるえっちな妄想ナンバーワン、おっぱいを触る、を実現したと理解した彼の思考がショートする。


 一方、エルトリーアは恥ずかしげに、剥き出しになった裸体を隠すように身をよじり、何かを堪えるようにぎゅーっと足の指を丸めている。


 体が熱くなるのは、きっとシャワー上がりだけではない。


(み、見られてる? いや大丈夫よ。領域といったって詳しくは見えてないだろうし……押し倒されたのはそういうこと?)


 エルトリーアは心を落ち着け、バルドルが自分を押し倒した理由を考察する。


「そ、そろそろ離しなさいよ」


 今のエルトリーアはとある状態異常を完全解除した状態ばかりのため敏感だった。


 だから、甘い声を上げてしまったのだ。


「ご──ごめん! ナイトアハトさんだって気づかずに押し倒してしまって……!」


 頭が現実に追いつき、バルドルは起き上がるなり頭を下げる。


 脳裏に焼き付いた光景が離れない。


 バクバクと心臓を高鳴らせ、必死に謝罪する。


「高く付くわよ、この無礼者」


 バスタオルを拾いながら立ち上がると、体を隠すように当てる。


「それより、どうして私だって分からなかったの?」


「えっと、その……言っても怒らない?」


「言ってみなさい」


 バルドルが領域を広げる前に拘束しに向かったのにはわけがあった。


 ある部分から凄まじい魔力を視る前に感じたからだ。


「つかぬことをお聞きしますが……お尻に竜のような模様ってありますか?」


「え? え? ふぇ? な、何で、そ、それを……! 確かにあ、る、けど……うえ? えぇ!? 分かるの!? そこまでぇ!?」


 物凄く恥ずかしい秘密を暴かれたような、声にならない声を上げる。見る見る内に顔が赤くなっていく。


「うん、僕は視界の代わりに使ってるから、本当に目で見ているように視えるよ」


「──て、ことは? な、な……! も、もしかして、私の裸も……!?」


 見られてないと思ってた。


 だから、平然を保てていた。


 なのに、なのに──。


 エルトリーアは頷くバルドルを見て、赤く染まった顔は限界を迎え、ボフン、と人様にお見せできない表情になった。「あー、う〜!」と悶え始める。


 バルドルは自分は取り乱すわけにはいかないと、比較的冷静になるように努めながら、「どうして僕の部屋にいるの?」と聞いた。


 すると、エルトリーアはもう開き直ったように、腰に手を当て高らかに宣言した。


「私、エルトリーア=ナイトアハトは諸事情で今日からこの『Eldorado』でお世話になることになりました!」


 一拍、


「え? ──えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」



    ◇ ◇ ◇



 時を遡り、時間は神聖なる決闘タイマン終了後。


 エルトリーアがバルドルを膝枕し上機嫌になっていた。上機嫌は正確には膝枕ではなく、新しい友達ができたことだ。


 エルトリーアは友達が少ない方だ。身分の差は無礼者以外(バルドルほどではない)エルトリーアを敬う相手と認識し、エルトリーアから友達になろうと言うのは憚られた。それは命令だからだ。王族のお願いを理由もなく断るわけにはいかない。そうして結んだ友達関係はエルトリーアには真の友達ではないと感じられた。


 彼女が胸を張って友達と呼べる人は、母親の実家の公爵家の令息と令嬢だけだ。


 だから、新しくできたこの無礼な友達が刺激的に、有り体に言えば魅力的に映った。


 互いの全力を見せ合い、友達になろうと言われて頷いた。


 性格に難はあるが、観客席シスカの声を聞きそういう教育をされ生きてきたと知ったら、辱められて怒りはするが、嫌悪するまではいかなかった。


(私にあんな辱めをしたんだもの。もうお嫁に行けないわ。責任、取ってもらわないとね)


 別にそういう責任を望んでいるわけではない。そのことを盾に、色々なお願いをしてやろうと腹黒い笑みを浮かべていた。


 心なしかバルドルの表情が悪夢を見ているように歪む。


 エルトリーアは打算的な思考をやめ、現実に帰ると、周りから物凄く注目されているのに気づいた。


 ユニ、シスカ、レオンハルトは完全に動きが止まっている。


 観客席の人達は各々に口を開く。


「魅了が残ってた?」「いや待てアイツがそういう願いをした可能性も……」「だったら会長が怒り狂ってるはずじゃ?」「まさかのツンデレ?」「それにしたって変わりすぎだろ!?」「姫様が、姫様が汚されてしまうぅ!?」「ちょ、やめなさい!?」「王女親衛隊が暴走しているぞ!?」「誰か止めろー! いや止めてくださーぃ!」「無理だぁ!? 元々さっきので相当溜め込んでたんだ! 止められるわけねぇよ!?」「て、止まった!? あ、アンタは──」


 外野は良くも悪くも騒がしかった。


「あ、や、これは、その……」


 やった時は後悔がなかったのに、大衆の視線に晒されると、羞恥心を刺激され顔を赤く染め、目をグルグルと回し……


「ち、違うからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 バルドルをユニに放ってから、第二訓練棟を後にした。その後、校門付近で待機している迎えの馬車に乗り、王城へ帰るのだった。


 息を整えている間に王城に着き、事情が通達されていたのか入浴の準備ができていた。


 浴室に行く途中、エルトリーアは一番会いたくない母親に見つかった。


 王妃リーティファ=ナイトアハトだ。


 黄金色の髪とエルトリーアに遺伝した綺麗な赤い目を持つ美女だ。そんなリーティファが「エル」と優しく呼んできた。


「何でしょうか、お母様」


「少しお聞きたいことがあるのですが?」


「先に入浴したいのですが……淑女としても、流石に汗を流したいので」


 馬車に着替えがあったので、服は元通りだ。


「エル、淑女として自分が行ったことを理解していますか?」


「……はい」


 目を伏せながら、バツが悪い顔になる。


「来なさい」


 そして、リーティファの部屋に赴き、椅子に座り向かい合う。侍女が紅茶を用意してくれたが、話が長くなることを意味するので素直に喜べない。


 痛いくらいの緊張感が心臓を震わせる。


 その罪の大きさを理解させるように、リーティファは紅茶を飲み数秒ほど経て、話を始めた。


「まずは事実確認です。嘘は許しませんよ? 入学式終了直後、担任教師のテクノ=バーンズ先生を脅し、バルドル=アイゼン君の個人情報を入手しましたね?」


「み、見てたんですか?」


 サァ、と顔を青ざめさせる。


「問い詰めるように聞いていましたから。会話内容の方は人伝からですが……本当のようですね」


 冷たい眼差しを向ける。


 俯く娘を前にして、はぁ、とため息を吐いた。


「王族としてあるまじき素行です。何故、そのようなことに及んだのですか? 確かに貴方の進路は自由ですが、その選択はエル自身のためには必要なことなのですか?」


 その言葉を受け、エルトリーアは一瞬、目を瞑り考える。自分が冷静だったら愚かな選択をしなかった? 答えは否だ。


 自分の夢のためには必要だった。


 開き直ったわけではない。


 ただ……バルドル=アイゼンという男を自分自身でその首席の座に相応しいかどうかを確かめるための一環だったのだから。


 でも、バカ正直に言ったら怒られるので、「半分、そうです」と言い続ける。


「私はお兄様に憧れ、同じだけ努力しました。戦闘勉強共に最高の教師の下で、最高の教育を施されてきました。だから、私は誰よりも首席に相応しいと、その自負があります。これで負けたら、私のしていたことは何だったのか分からなくなって……悔しい気持ちが一杯になって、どうしても認めることができなくて……」


「相手に黒い噂があるからアイゼン君の情報を得てもいいと、思ってしまったのですね?」


「はい」


 分からなくはない話だ。


 王族は国で一番の教師をつけ、英才教育を受ける。特に魔法学園アドミスの校長、リーベナ=シュナイゼンが教えてくれる機会もあった。


 血や才能は遺伝し、八つの最強種と契約を結んでいるナイトアハト王家の者は例外なく、生まれた時から天才と宿命付けられている。


 事実、エルトリーアは並み居る人物を抜き去り次席にいる。普通科、魔法科の総代より成績は上だ。魔眼の家系、特異体質者の家系だろうが負けるはずがないのだ。しかも、バルドルは目に封印具をつけられているハンデを負った状態で、だ。


 しかし、とリーティファはエルトリーアを慰めるように優しく声をかける。


「今ではそうではないと分かっているのでしょう?」


 エルトリーアは顔を俯かせ、コクリ、と頷いた。


「凄い奴でした。あの年で領域技術は高位魔道士に匹敵するレベルで、特殊魔法の数々に、生い立ちも少し理解しました」


 エルトリーアは思う。


 バルドル=アイゼンは異常な環境で育ったのだ。自分とは真逆とさえ感じた。


 バルドルが集める知識に制限がかけられていたことから、自由はないはずだ。食堂での出来事からも兄妹中は微妙で、エルトリーアが毎日食べているような食事に目を輝かせ喜んでいた。


 考えれば考えるほど、彼に言い放った「無礼者」という言葉が自分に返ってくるような気分だ。


 まるでブーメランだ。


 決闘で観客を集めるために小細工をした。手袋を投げられ拾うという行動は、古来から伝わる決闘の挑戦と承諾を意味する。


 相手の無知に漬け込んだ行動は、今思えばどうかしていたのだと分かる。敬愛する兄に認められている感じがしたのが気に食わなかったのだ。


 エルトリーアは自分の行動を恥じた。


 そこから学んだ反省をリーティファに語った。


「そうですか……」 


 納得した雰囲気の母親を見やり、エルトリーアは勝った! と説教が早く終わる空気に笑みを浮かべ、隠すため紅茶を飲む。


 祝杯の味がした。


 ――その時、紅茶に集中していたエルトリーアは気づかなかった。


 リーティファがエルトリーアと同じ「自分の思う通りになった」という笑みを浮かべていたことを。


「では、。──アイゼン君と婚約しますか?」


 エルトリーアは盛大に噴き出した。


「げほっ! えほっ! ごほっ! ふぁ、はぁ!? な、何でそんなことを……!」


 混乱した顔で見上げると、娘の反応を楽しむ母親の姿が目に入った。


 勝利と確信した気の緩みをつかれ、主導権を母親に握られた状態だ。リーティファはエルトリーアに考える暇を与えないように話を展開する。


「ふふ、反応は悪くありませんね。エル、殿方に好かれるためには、そのような言葉遣いはおやめになった方が良いですよ」


「──っ!? 余計なお世話です!」


「実は心配だったんです。友達は少なくて、婚約の話は蹴って、レオンばかり見て、まとも恋愛はできるのかと――気になっているのでしょう?」


「全く!」


 そのはずなのに、エルトリーアの脳裏には自分を見下すバルドルが出てきて、意地悪なことをするのだ。 


 人の上に立つべき王族に跨り、生殺与奪の権利を握り、冷たい顔で虐められてしまって……。


 ハッ、と妄想から帰還したエルトリーアは、「脈アリと」リーティファにニヤついた顔で言われ、慌てて手を振った。


「べ、別にアイツのことなんかどうとも思ってません。それに責任と言うなら、私は大勢の前で肌を晒してしまいました」


「エル、第二訓練棟の客席からは詳しく見えないから気にする必要はありません。それにエルをあられもない姿にしたのは一人だけです。つまり……アイゼン君にだけ責任があるということですね♪」


「っ!?」


 目を見開くと往生際悪く言い返す。


「そ、そんなことにゃいわ!」


 初心な反応にリーティファは花を愛でるような顔付きになる。


「責任の話はなかったことにしても構いません。その代わり……」


「その代わり?」


「オイタした罰として寮生活をなさい。一人で生活できないエルには丁度良い罰です」


「ほ、本当にそれだけでいいんですか?」


「実の母親をそのような目で見るとは何事ですか? 教育を間違えたのかもしれませんね」


「い、いえ! そんなわけありませんから! 罰を受け入れます!」


 罰の件がなくなる空気になり、婚約の話をぶり返されてはたまらないと、咄嗟に承諾してしまった。


 そして、エルトリーアは目撃する。


 悪巧みが成功したような母親の笑みを。


「実は、寮長にアイゼン君のことを尋ねたら、同室の子がいないことを嘆いていたらしいんですって。その時に友達がいるなら同じ部屋にしてやるって約束したそうで……」


「ま、まさか!?」


「エルは友達ですよね?」


「ひゃ、ひゃい! ですが未婚の女性が男性と同じ部屋で泊まるなんて、非常識です!」


「あら? ではアイゼン君に責任、取ってもらわないといけませんね♪」


「な、なっ――!?」


 八方塞がり。


 それに、エルトリーアは元々、寮生活というものに興味があった。だが、一人で生活できないエルトリーアは、首席を取るため入寮の話は断っていた。次席になってからは、掌を返すような真似が恥ずかしくて言い出せなかった。


 だったら、コレはチャンスなのでは? エルトリーアはリーティファの術中に嵌った。


「……お受けします」


 奇しくもその恥ずかしがる姿は、プロポーズされた女性が見せる反応に似ていたとか。


「ふふ、ではしっかりと彼にした仕打ちを返すように努力してくださいね。色々と」


 良い笑顔で娘を応援するリーティファであった。



    ◇ ◇ ◇



 数時間前の記憶を振り返り、エルトリーアは婚約云々の話は消去して、罰としてバルドルに共同生活を送ることになったと告げる。


「──それで、既に準備されていた荷物を渡されて戻ってきて、シャワーを浴びた後に、アンタに押し倒されたってわけ」


 話を聞くと、バルドルは不思議に思った。


「今って何時?」


「どうしたのよ急に」


「今って多分、夕方だよね? ナイトアハトさんが『Eldorado』に来て、シャワーを浴びている時間が長いなと思ったんだ」


「っ!?」


 エルトリーアはかつてないくらい心臓が高鳴るのを自覚した。体温が上昇し、思い出した体は感じやすくなり、少し息が乱れた。


 そんな彼女に追加口撃が放たれる。


「何してたの?」


「し、してない!? な、何もしてにゃい!!」


「えーっと? 何をしてないのか分からないんだけど?」


「何もしてないわ! 別にシャワールームで何もしてないから!!」


「シャワールームはシャワーを浴びる場所だよね?」


「!? ちょっ――と長くシャワーを浴びてただけよ!」


 恥ずかしさが限界突破し、一方的に捲し立てるように言うと、バルドルを見ないようにそっぽを向いた。


「そっか」


 簡単に納得したお子様精神バルドルを見て、ホッと息を吐き胸を撫で下ろす。


 バルドルは初めは女の子と暮らすことに驚愕したが、すぐに「女の子」相手ではなく「友達」と一緒に暮らすということに喜び、何かに気づいたように「あっ」と声を上げる。


「そうだ。折角友達になったんだからさ、お互いに名前で呼び合うのはどうかな?」


「良い提案ね」


 エルトリーアは考える素振りを見せ、バルドルを観察する。長い付き合いになる予感を感じ、口元を綻ばせた。


「じゃあ特別に、私のことをエルと呼ぶことを許してあげるわ」


「うん! じゃあ僕のことは……」


「バル、でどうかしら?」


「勿論、いいよ」


 そして、二人は顔を見合わせ、「エル」「バル」と呼び合い笑った。


「これから三年間になるのかな? 同じ寮生同士、仲良くやろうね」


「ええ、ちょっと迷惑かけるかもしれないけど、助け合っていきましょう」


 そうして、二人は握手を交わし、共同生活が始まるのだった。


「あ、そうそう。私一人じゃ着替えられないから、服、着せてくれない?」


「え゛」


 共同生活(?)が始まるのだった……。





────────────────

 後書き失礼します!

 話の中だけだと色々と物語がおかしくなると思い、補足説明に入らせてもらいます。

 寮長は現国王の弟であり、王子だった頃から自由奔放な性格の人でした。そのため、寮長でありながら寮にいることは滅多にないレアキャラでもあります。王家に似つかわしくない雑な言葉遣いの方が好みで、一応相手を見極める目に優れているため雑な言葉遣いをする相手は選んでいる模様。寮長として働いているのは、勝手に動かれると居場所を把握できなくなるから、という理由で上層部が就任させた。特殊科の生徒の中には極稀に王族並び高位貴族の生徒がいて、格という意味でも適切な人材だった、という事実が後押しした。

 最近では王妃様にその性格からやらかした事実を盾に、エルトリーアのことを色々と頼まれたとかなんとか。……その日から彼の奔放な性格は鳴りを潜めた、という情報が上層部に伝わっているそうな。

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