第37話 はじめての授業

 「授業を始める前に一言述べておく」


 八木が再度口を開く。

 淡々とした口調。だがその声は広い教室の隅々まで余さず響き渡った。

 神妙な空気が室内に立ち込める中、八木は言葉を続ける。


「当学園に入学した時点で、諸君らには魔導管理協会よりホワイトの階級が与えられている。つまり、まだ見習いとはいえ、協会に属する魔術師の一員として認められているということだ。故に私もまた諸君らを一人の魔術師とみなし、対等の存在として扱う。授業には一切の手心を加えるつもりは無い。そのことを肝に銘じておくように」


 魔術師にはその実力に応じて、魔導管理協会から与えられる階級が存在する。


 下から順に、まだ見習いの学生であることを示す『ホワイト』。

 実質の最下級である『レッド』。

 平均値の『ブルー』。

 一流とそれ以外の分け目たる『シルバー』。

 まさに熟練と呼ぶに相応しい『ゴールド』。

 天賦の才能の持ち主が、弛まぬ鍛錬の果てにようやくたどり着くことのできる『レインボー』。

 そして、それら全ての頂点にして最強の称号『ブラック』。


 ゴールドの階級を持つ八木は、見習い学生にとっては雲の上の人物である。

 そんな人物に一発目の授業から脅されるようなことを言われて、何人かの生徒は早くも萎縮してしまっている様子だった。


「何だか怖そうな先生だねえ」


 理沙がぼそりと呟く。

 確かに、昨日会った担任の鮫島や実技担当の猫沢に比べると、厳しくおっかないイメージが付き纏いそうな教師だった。

 オールバックに撫でつけた灰色の髪や、白衣という服装も相俟って、教師というよりは気難しい研究者を思わせるような。


「では授業を始めよう。今日の授業内容は”ゴーレム錬成術”。文字通り、土属性魔術の中でも最もポピュラーなゴーレムに関する魔術について教える。しっかり付いてくるように」


 言って、白衣の魔術師は教室内を見回す。

 迫力ある眼力に気圧され、一年生たちはごくりと喉を鳴らした。切臣もその一人だ。

 いよいよこれから魔術学校での本格的な授業が始まる。

 その大きな不安と、少しの楽しみで、胸がいっぱいだった。


(よし、やってやる)


 術式適性の無い上に魔力操作すら覚束ない自分では、十中八九散々な結果に終わるだろうが、とにかくやれるだけやってみよう。

 そんなことを思いながらまっすぐ前を見据える切臣だった。




「諸君、まずは机の上を綺麗に片付けたまえ。教科書も全て鞄の中だ」


 八木がそう言うと、生徒たちは出していた教科書を鞄に仕舞う。

 それを見計らい、八木が指を弾いて鳴らした。

 すると大きな一塊の粘土が、突如としてそれぞれの机の上に出現する。見れば教卓の上にも。


「ゴーレムは我々魔術師が操る一般的な使い魔の一種だ。だが一口にゴーレムとは言っても、その種類は千差万別。土や泥を用いるマッドゴーレムを基本とし、石を使うストーンゴーレム、金属で造り上げるアイアンゴーレム、死体を素材とするボーンゴーレムなど枚挙に暇がなく、“偉大なる騎士団ロイヤルナイツ”のような高等術式も中には存在する。それら全ての錬成方法を一度に叩き込むほどの時間はさすがに無いので、今日は最も簡単なマッドゴーレムの造り方だけを伝授していくこととしよう」


 言って、八木は教卓の上に鎮座する粘土に手を翳した。その掌には薄らと魔力が満ちている。




「━━生まれ堕ちよ」




 呪文を詠唱し、術式が発動した。

 掌に溜まった魔力が一瞬、閃光のように迸ったかと思うと、粘土の形が徐々に作り替えられていく。


 時間にしておよそ十数秒ほどでそれは完成した。

 派手な赤い衣装を身に付けた、小さなピエロがそこにいた。


 ピエロは独りでに教卓の上を、飛んだり跳ねたり滑稽におどけて回る。

 その動きの滑らかさも靡く衣装の質感も精巧この上なく、とても粘土で作ったものとは思えない。

 感嘆の声が教室に木霊する。


「この通り、マッドゴーレムは泥土が材料である故に、様々な姿かたちを取らせることができる。反面、脆く壊れやすいという弱点もあるが、土さえあれば場所を選ばず造ることができるため利便性が高い。即席の兵士として使用することはもちろん、小型に造って偵察役にしたり、あるいは自分と全く同じ姿を取らせて身代わりにすることも可能だ。状況に応じて臨機応変に使い分けることができるため、習得しておけば必ず役に立つだろう」


 八木はそこで一度言葉を区切った。

 それから、踊り続けるピエロのゴーレムに再び手を翳す。ゴーレムはぴたりと動きを止めた。


「諸君にも今から、これと同じものを作ってもらおう。呪文と術式はたった今見せた通りだ。あれほど分かりやすく丁寧に見せたのだから、当然できるはずだ。もし授業時間内に終わらなければ、放課後に居残りで仕上げてもらうのでそのつもりでな」


「えー!」


「マジかよ!?」


 これまで静寂を保っていた生徒たちも、これには堪らず声を上げた。

 切臣も例に漏れず苦い顔だ。

 分かりやすく丁寧に見せたと八木は言ったが、ほとんど素人同然の切臣からすれば、何をどうやったのか皆目検討がつかない。


「なあ蓮華、お前はこれのやり方分かるのか?」


 最後の頼みの綱である、隣に座る幼なじみの少女に尋ねる切臣。

 こうなったらどうにかしてコツを教えてもらおうと考えて。

 しかし蓮華はフルフルと首を振って、


「ごめん切臣。私もぶっちゃけ何となくしか理解できてない。そもそも私、ゴーレムはちょっと専門外だし」


「ご心配なくお嬢様。私が手取り足取りお教えいたします」


 と、うづきが食い気味に会話に割り込んできた。

 当てが外れた切臣は他の面子を眺めてみる。

 うづきには教わりたくないし、忍と理沙は自分と同じく絶望的な表情をしている。貞子に至ってはそもそも話しかけるのが躊躇われるレベルで怖い。


(やべえ、詰んだかも)


 先程の決意はどこへやら、切臣の心は早くも折れかけていた。

 それに呼応するかのように、教室中の生徒たちから難題に苦しむ声が上がっている。

 しかしそこで、またしても杖で床を叩く音が鳴り響いた。


「静かに」


 八木が語気を強めて言い放つ。

 途端、ざわめきが潮を引くように収まった。


「私語は厳禁。質問がある者は挙手をしてから発言するように」


 沈黙。

 それを返事と受け取ったのか、八木は「よろしい」と頷いて、




「では各自、速やかに課題を開始せよ」




 その言葉を合図として、生徒たちは一斉に机の上の粘土に取りついた。




***




 授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。

 それを合図として、八木がまたしても杖を鳴らした。


「そこまで。皆、手を止めたまえ」


 その言葉に従い、今まで課題に取り掛かっていた生徒たちが一斉に手を止める。

 八木はぎょろりと教室内を眺め回すと、名簿を開いて目を通し始めた。

 それから、またぞろ自動的にチョークを動かし、黒板に生徒たちの名前を書き連ねていく。


「黒板に名のある者は補習対象。今日の放課後、この教室に残っておくように。それではこれで授業を終了する。作成したゴーレムは各人で処分しておくこと」


 そう言い残して、白衣の教師は教室を後にする。

 残された生徒たちはどっと息を吐いた。

 皆口々に「一発目から難し過ぎだろ」「全然できなかった」と嘆きの声を上げている。

 そして切臣は━━


「終わった……てか死んだ……」


 机に突っ伏して灰になっていた。

 その横には何だかもうよく分からないぐちゃぐちゃになった粘土の残骸が転がっている。

 黒板にもしっかり名前があり、めでたく補習決定である。


「フッ、無様ですね」


「し、仕方ないよ切臣! だってこれめっちゃ難しかったし!!」


 冷笑するうづきと精いっぱいフォローしようとする蓮華。

 しかしながら、二人ともちゃっかり課題を仕上げて合格している。

 蓮華は少し不格好ながらもちゃんとピエロの形になっているし、うづきに至っては八木が見せた手本をそっくりコピーしたかのような完璧ぶりだ。


「僕も全然ダメだったよ。コツが全く掴めなかった」


「あたしもー。てかこれ、明らかに最初の授業でやるやつじゃないよねえ? さっちゃんは何でかめっちゃ上手く出来てるけど」


「ああ、申し訳ありません。りっちゃんを差し置いて私のようなクズが生意気にも完成させてしまって本当にすみません。死んでお詫び致します……」


「ああ、ごめんごめん! そういうつもりで言ったわけじゃないからー!」


 またしても窓際に行こうとする貞子を、どうにか引き止める理沙。

 ちなみに発言の通り、忍たち三人の中では貞子だけが突出して出来栄えが良く、忍と理沙は惨憺たる有り様だった。

 彼ら二人は切臣と同じく黒板に名前が書かれており、居残りが決定してしまっている。


「……ま、ウダウダ悩んでもしゃあねえ。補習になったからにはちゃんと合格できるよう頑張らねえとな」


「貴方は頑張ったところで愉快なオブジェを量産するだけになりそうですが」


「うるさいよ」


 うづきの毒づきに、切臣はばつが悪そうに言い返す。

 正論ではあるものの、面と向かって指摘されるとそれはそれで腹が立つのだ。

 どうにか気持ちを落ち着け、次の授業の準備をしようとする切臣だったが、そこで教室の入り口付近がやけに騒がしいことに気がついた。


「ん? 何の騒ぎだ?」


 切臣は首を傾げる。

 しかし、前方の扉辺りに視線を向けて、思わず瞠目した。




「ねえ聖司、本当にこのクラスで合ってるの?」


「ああ。職員室で名簿を確認させて頂いた。間違いない」


 十条聖司と久留須アイリ。

 昨日顔を合わせたばかりの風紀委員長と副委員長が、どういうわけかそこにいた。

 何やら誰かを探している様子で、キョロキョロと教室内を見回している。

 一体あんなところで何をしているのかと見ていると、アイリとばっちり目が合ってしまう。




 途端。

 アイリがにやーっと笑った。


「聖司、ほら! あそこにいた!」


 それから隣にいる十条に声をかけると、そのまま軽やかなステップを踏んで、こちらに近づいてくる。

 やがてすぐ手前までやって来て、藍色の髪の巨乳美女は切臣たちの腰掛ける席の長机に手を付け、身を乗り出してきた。顔が近い。


「え、あ、あの……何スか?」


 突然過ぎるアイリたちの訪問と、彼女の行動に訳が分からないまま、切臣は問う。


「確か……黒野って言ったわよね?」


 名を問い返される。

 否定する理由もないので、切臣はコクリと頷く。

 するとアイリは事更に口角を吊り上げて、




「単刀直入に言うわ。貴方が欲しいの。だから、今日からウチに来なさい」




 とんでもない爆弾発言をぶちかました。






「…………………………………はぁ!!?」






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ダークナイト・メイガス ~魔剣士の少年は魔術師の世界を切り開く~ クー @qooren

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