第36話 二日目の学園

 食事を終えた切臣たちは、寮を出てフレインガルド魔術学園へと向かう。

 通学路には、自分たちと同じ学園生が多くいた。


「今日からついに授業開始かぁ。俺、ちゃんとついて行けんのかな」


「僕だって不安だよ、魔術のことなんて全然知らないしさ。でも頑張らないと」


 そんなことを言い合いながら、切臣たちは学園へと続く道を歩く。

 すると、背後からこちらを呼び止める声が聞こえてきた。


「おーい、切臣ー!」


 聞き覚えのある快活な声。

 そちらに目を向けると、赤い組紐で結んだプラチナブロンドのポニーテールをぴょこぴょこと揺らしながら、こちらに向かって手を振る美しい少女がいた。

 ちなみに隣には、いつものウサミミカチューシャ代わりに大きなリボンを付けた、黒髪ボブカットの小柄な少女も一人。

 言わずもがな、竜宮寺蓮華と木津うづきである。


「おう蓮華、おはよう。ついでにチビウサギもな」


「うん、おはよう切臣。今日も良い天気だね」


「貴方には一度礼儀というものを叩き込む必要がありそうですね山猿」


「少なくともお前よりはマシなつもりだよ」


 もはやいつもの光景といった様子で、和気藹々と会話をする切臣たち。

 一方、そんな中で一人、取り残されている者がいた。


「ええと……」


 所在なさげにしている忍に気付いたらしい蓮華が、エメラルドグリーンの目を丸くする。


「あれ、君って確か昨日、神林くんに絡まれてた子……だよね?」


「おう、東雲ってんだ。どういう縁か俺のルームメイトになってな。そんで仲良くなった」


 蓮華の疑問を切臣が繋ぐ。

 それに応じるが如く、忍は背筋を伸ばした。


「あ、その、えっと……東雲忍です。よろしく」


「東雲くんっていうんだ。私は龍宮寺蓮華。切臣の幼なじみだよ。で、こっちが……」


「木津うづきと申します。逆から読んでも木津うづきです。蓮華お嬢様の侍従をさせて頂いております。以後お見知りおきを、東雲様」


「お前それ気に入ってんの?」


 茶々を入れる切臣を、いつも通りの鉄面皮で睨みつけるうづき。

 そんな二人に呆れた目を向けつつ、蓮華は改めて忍を見据えて、


「切臣と仲良くしてくれてありがと。あいつ割とバカだから迷惑かけると思うけど、これからもよろしくね」


 ニッコリと、天使のような微笑を浮かべて言った。

 忍は思わずその笑顔に見惚れる。

 されどすぐ我に返り、何度も何度も大げさに頷く。しかしその顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。


「……つか、そろそろ時間ヤバいんじゃね? 急ごうぜ」


 何だかそれが面白くない切臣は、話題を変えて早く学校に行くことを促す。

 実際、時計を確認すると、そこそこ良い時間になりつつあった。


「そうだね、行こっか」


 蓮華も切臣の言葉に賛成し、再び歩き出す。

 そうして忍も新たに含めた四人で、フレインガルド魔術学園への道を急ぐのだった。




***




 予鈴が鳴り響く十分前に、切臣たちは校舎に辿り着いた。

 ざわつく廊下を掻き分けて、自分たちのクラスである一年A組の扉を潜る。

 すると途端、教室中の視線が、切臣たちに突き刺さった。




「来たぞ……”竜宮寺の魔剣士”だ……」


「バカ、ジロジロ見るんじゃねえ。何されるか分かんねえぞ」


「あいつ今日も神林と揉めてたってマジ?」


「マジ。神林も変に刺激するようなことすんのやめてほしいわ。相手はガチのバケモンだぞ」


「つーか何で魔族が魔術学校通ってんだよ。どう考えてもおかしいだろ」




 そんな声が口々に、そこかしこから聞こえてくる。

 切臣がそちらに視線を向けると、誰も彼もがさっと目を逸らした。


(す、すげえアウェイ感……まだ入学二日目なのに……)


 やはり先日の模擬戦にて、神林を思いっきりぶちのめしたのがまずかったのだろうか。

 寮にいた時はB組の生徒や上級生もいたためあまり注目されることはなかったが、ここにいる者は全員が切臣の正体と振る舞いを知っている。

 従って、好奇の目が突き刺さるのも仕方のないことと言えるのだが、それにしてもこうまであからさまだとさすがに居心地が悪かった。

 これから先、自分はずっとこの針の筵状態で過ごして行かなければならないのかと考えると、それだけで気分が重たくなる。


「全く、人のことジロジロ見て陰口とか、くだらない連中」


 しかし、そんな切臣の憂鬱を吹き飛ばすかのように、隣にいる蓮華が言う。

 プラチナブロンドの美少女は呆れとも怒りともつかぬ面貌を形作っていた。

 彼女が自分のことのように怒ってくれているのが嬉しくて、切臣は口許を綻ばせる。


「……ま、昨日みてえにバカにされるよりかはよっぽどマシだ」


 ニヤリと笑いながら返す。

 今さらウジウジしても仕方がない。こうなってしまったからには覚悟を決めねば。

 決意を新たにしつつ、どうにか四人で座れる席を探す切臣だった。すると、




「ねえねえ噂の魔剣士くん御一行さまー。良かったらこっち座りなよー」




 そんな声が、教室の後ろから聞こえてきた。

 切臣たちが目を向けるとそこには、まだスペースのある長テーブルに座る、二人の少女の姿があった。

 一人は、栗色の髪をツインテールに束ねた明るい雰囲気の子。もう一人は顔にかかるくらいに前髪を伸ばした、何やらどんよりとした空気を身に纏った黒髪の子である。


「え、俺らが座ってもいいのか?」


「いいよー。ここ今んとこ誰もいないし、遠慮なく座っちゃいなよー。さっちゃんもいいよねえ?」


「は、はい……」


 ツインテールの子の言葉に、さっちゃんと呼ばれた目が隠れた子は消え入りそうな声で頷く。

 どこまでも対象的な二人に面食らった切臣たちだったが、特に断る理由もないので、お言葉に甘えて座らせてもらうことにする。

 全員座るのを見計らって、ツインテールの子が口火を切った。


「確か……黒野くんだっけ?」


「ああ、黒野切臣だ」


「そっかそっか。あたし、亜鐘理沙あかねりさってーの。よろしくぅ」


 どこか間延びした感じの口調でツインテールの子━━理沙は簡単な自己紹介をする。

 それから、他の三人の方にも視線を向けた。

 理沙からのアイコンタクトを受けて、蓮華たちも続いて自らの名前を名乗る。


「私は龍宮寺蓮華。席に誘ってくれてありがとう、よろしくね」


「蓮華お嬢様に仕える侍従の、木津うづきと申します。逆から読んでも木津うづきです」


「し、東雲忍です。よろしくお願いします」


「うんうん、みんなもよろしくねえ。いやー、それにしても大変そうだねえ。昨日今日でもうこんなに騒がれちゃって」


 くつくつと愉快げに理沙は笑う。

 ともすれば嫌味にも聞こえそうな言い方だが、声色に悪感情は感じない。

 どうやら本当に一切の他意は無いらしく、純粋にそう思っているようだった。


「ええと……」


「呼びやすい呼び方でいいよー」


「じゃあその……亜鐘は他の奴みたいに、俺にビビったりしないんだな」


「まあねえ。あたしんちはお父さんが魔術師になったばっかで、あたしが二代目のあっさい家系だからさ。そーゆー知識ほとんど無いから、龍宮寺とか魔剣士とか言われてもどうもピンと来ないんだよねえ」


 でも、と言葉を繋いで、


「切っちがめっちゃゴイスーなのは昨日で何となく分かったから、仲良くしといた方が色々とお得かなって思ったんだ。だから声かけたの」


「いきなりぶっちゃけたなお前。てか切っちって何だよ」


「変に取り繕ったってどうせすぐバレるし。そんなら最初から曝け出しといた方がいいっしょ。━━ああ、切っちっていうのはあたしが秒で考えたあだ名。あたし、人をあだ名で呼ぶの好きだからさ。嫌だったら止めるけど」


「いや、別に嫌じゃねえよ」


「そんなら良かった」


 理沙がニッと八重歯を見せて笑った。

 切臣はそんな彼女を見つめ、しばしの間沈黙が落ちる。




 すると、何やら焦った様子の蓮華が、食い気味に割り込んできた。


「そ、それよりさ。そっちのもう一人の子は何ていうの? まだ名前聞いてないんだけど」


 理沙の隣にいる、前髪で目の隠れた少女を指し示す。

 そういえば彼女は先程から一言も言葉を発していないことに、切臣もようやく気付いた。


「あ、そうだよさっちゃんまだ自己紹介してないじゃん。ほらほら、みんなに挨拶しよーよ」


 理沙に促され、それまで口を噤んでいた目隠れの少女がようやく言葉を発した。


「あ……その……五味貞子ごみさだこっていいます……。すみません……」


 ぼそぼそと消え入りそうな声で少女━━貞子は、簡潔に自己紹介をする。

 

「さっちゃん、別に謝る必要ないんだよー? 何も悪いことしてないんだからさ。もっとスマイルスマイル。ね?」


「いえ……私のような者は存在そのものが赦されざる大罪なのです……。文字通りのゴミでしかない私如き塵芥が限りある空間を不当に専有するなどあってはならないのです。ただただ世界中の皆様に恐れ多くて申し訳なくて反吐が出そうで怖気が走って気持ち悪くて気持ちが悪くて……ああもう無理。ちょっと首吊ってきます……」


「いいよそんなことしなくて! どこまで卑屈なの!?」


 脈絡なくそんなことを言ってふらふらと立ち上がろうとする貞子を、慌てて引き止める理沙。

 一方、いきなり始まった謎の寸劇に、切臣たちは目を丸くしていた。

 自分たちは一体何を見せられているのだろうか。


「何かヤバくないかあの子」


「うん……相当キてるっぽい」


「完全にメンヘラですね」


「今からでも席離れた方が良くないかな?」


 理沙たちに聞こえないように顔を寄せて相談し合う。

 忍の提案に賛成しそうになる切臣たちだったが、教室内を見渡すと空いている席はもうほとんどなかった。

 そして同時に、どうしてこのテーブルだけがこんなにガラ空きだったのか、今更ながら理解する。

 みんなきっと、異様な空気を放つ貞子を避けていたのだと。


「ご、ごめんねえ。この子悪い子じゃないんだけどさ、ちょっとも……思い込みが強くて」


(今妄想って言いかけたな)


 何とか貞子を落ち着かせた理沙の言葉に、全員が内心でそう思った。シンクロニシティ。

 とはいえ、それに口出すこともせず、おずおずと切臣は質問を投げかける。


「あー……二人は結構付き合い長いのか? 何か仲良さそうに見えるけど」


 それなりに気心が知れた仲に見えたので、もしかすると自分と蓮華のように昔からの知り合いなのではと、切臣は思った。

 されど当の理沙はフルフルと首を横に振る。


「ううん、昨日知り合ったばっかだよー。たまたま部屋がおんなじでさ、仲良くなったんだー。ねえ、さっちゃん?」


「はい……そもそも私みたいな宇宙船地球号の密航者と親しくしてくれる人なんて、今までいたことがありませんので……」


「さっちゃんはちゃんと正規乗組員だから安心しなー」


 淀んだ気配を醸し出す貞子を宥める理沙。

 そのやり取りはどう見ても長年の知己にしか見えず、とても昨日が初対面とは思えなかった。

 これも彼女のコミュ力が成せる技なのだろうか。




 その時である。

 教室の扉がガラリと開かれた。

 ざわめいていた教室の喧騒が止み、生徒たちは一様にそちらに目を向ける。

 切臣たちも例に漏れず、会話を切り上げて扉付近に注目した。


「諸君、静かに。只今より授業を始める」


 入ってきたのは鮫島ではなく、白衣を着た初老の男性だった。

 カツンカツンと杖を突いて教壇に立つ。

 一瞬で静まり返った教室内に、一際大きく杖で床を叩く音が響いた。

 すると同時に、どういうわけか独りでにチョークが動き始め、黒板に何やら文字を書き出し始めたではないか。


「名乗らせてもらおう。私の名は八木創亮やぎそうすけ。土属性魔術の担当教諭を勤めるゴールド級魔術師だ。これから一年間、諸君らに土属性魔術について教えていくことになっている。気さくに”八木先生”と呼んでくれたまえ」


 黒板には同じく、『八木創亮』と書かれていた。

 役目を終えたチョークが、糸の切れた人形のように落ちる。

 杖を突く音とよく似た乾いた音が、静まる教室内に響き渡った。






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この投稿ペースを守りたい。




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