第32話 ルームメイト
その後、模擬戦は大きなトラブルも無く、滞りなく進行する。
良くも悪くも最初の切臣のインパクトが強すぎたのか、皆どこかおっかなびっくりな様子だったが、それも順番が巡るにつれて落ち着いていった。
そして現在はいよいよ最後となる、蓮華の模擬戦が行われていた。
紫電を身に纏い、円形の闘技場を縦横無尽に駆け巡る。
「はい、これで終わり!」
「がっ!?」
相手の男子生徒の死角に回り込み、強烈な蹴りを浴びせかける蓮華。
反応できず、まともに食らった男子生徒はその場に倒れ伏した。しかし、やられながらもどこか嬉しそうなのは気のせいか。
「そこまで! 勝者、竜宮寺蓮華!」
猫沢が高く手を振り上げ、蓮華の勝利を通告した。
これで、全ての模擬戦は終了したことになる。
観戦していた他の生徒たちが、またしてもにわかにざわめき始めた。
「すげえ……動きが全然見えなかったぞ……」
「あれが竜宮寺家の跡取りかぁ。やっぱ伊達じゃないね」
「可憐だ……」
口々にそんな言葉を囁き合う。
特に一部の男子生徒は蓮華の技のみならず、彼女自身にも見惚れているようだった。
そんな周囲からの注目を一心に浴びながら、蓮華は切臣たちの元に戻る。
「よう。お疲れ、蓮華」
「お疲れ様です、お嬢様」
切臣とうづきが労いの言葉をかけた。
「うん、ありがと」
蓮華はにこやかに笑みを浮かべて返す。
先ほどまでの謎の不機嫌は、どうやら収まったらしい。切臣は内心で胸を撫で下ろした。
何が理由であんなにイライラしていたのかは分からないが、機嫌が直ったようで何よりである。
「苛ついた時はやっぱ思いっきり蹴り飛ばすのが一番スッキリするよね」
何やら物騒な独り言が聞こえた気がしたが、無視しておく。
「よろしい! これで全員分の模擬戦が終了したな! 皆、ご苦労だった!」
最後の模擬戦が終了したのを見届けた猫沢が、相変わらずの大声を張った。
にかわにどよめいていた一年生たちも、揃ってそちらへと視線を向ける。
「それでは各自、最初と同じように整列!」
そう言われて、生徒たちはキビキビと動き出す。
やがて最初にここに連れて来られた時のように、きっちりと整列した。
それを見渡しつつ、猫沢が再び口を開く。
「諸君らの実力、確かに見させてもらった! しかし忘れるな、これはあくまで現時点での結果でしかない! これからの鍛錬によって、いくらでも優劣はひっくり返る! 勝者は驕らず、敗者は気を落とさず邁進するように!」
はい、と生徒たちの声が木霊する。
「ではこの後、諸君らにはもう一度教室に戻り、ホームルームを受けてもらう! 後の案内は担任である鮫島教諭の指示に従うように! 以上!」
猫沢の言葉によって、長く行われた模擬戦はようやく終了となった。
━━少しの悔恨を残して。
***
「はー、終わった終わった。やっと終わったよもー。疲れたぁ」
そうしてホームルームは滞りなく終了し、本日は解散の運びとなった。
夕暮れの迫る校舎を背にして、切臣たち三人は他の一年生たちと共に帰路につく。
蓮華が大きく伸びをして、冒頭の一言を言い放ったのだ。
「なーんか今日やたら長くなかった? 体感半年くらいに感じたんだけど」
「いやさすがにそれはねえけど……でも確かに疲れたな。色々あったし」
「大丈夫ですかお嬢様、一刻も早く寮に向かいましょう」
蓮華の言葉に、切臣とうづきが追従した。
フレインガルド魔術学園は全寮制である。
そのため彼らは今、本日から自分たちの住居となる学生寮に向かっていた。
無論、男子寮と女子寮に分かれているため、途中で道は別々になるのだが。
「それにしても寮かぁ。ちょっと憂鬱だな」
と、切臣がぼそりと呟きを漏らす。
妙に弱気なその発言に、蓮華とうづきは目を丸くした。
「どうして?」
「だってよぉ、寮の部屋割りって確か相部屋なんだろ? それがどうにも気になるっていうか」
「これは珍しい。山猿にもそのように人並の機微があったとは知りませんでした」
うづきがいつもの毒舌で割って入る。
しかし、切臣はそれを無視して言葉を続けた。
「別に知らねえ奴と同室に鳴るのが嫌とか、そういうわけじゃねえんだ。ただ、もしかしたらあいつと同じ部屋になるんじゃねえかと思うとよ」
「あいつって……ああ」
そこでようやく蓮華が、得心が行ったという風に頷いた。
彼の言う『あいつ』が誰なのか気づいたのだ。
隣を歩くうづきも、同じく目を細めている。
「まあ確かに確率で言えば、神林……くんと同じ部屋になる可能性もあるけど」
神林貴雅。
先の模擬戦にて切臣に叩きのめされてからも、彼は全く凝りた様子が無かった。それどころか、ますます憎悪の炎を燃やしていたようにも思える。
もし彼と相部屋にでもなればなるほど、一触即発の事態になりかねない。
それを思えば、切臣が憂鬱がるのも仕方のないことだと言えるだろう。
「でも大丈夫じゃないかな。さすがにそんなミラクル、そうそう起こらないと思うよ。多分」
「そう、か?」
「そもそも仮に同室になったとしても問題はないでしょうに。たとえ寝込みを襲われようが、
「物騒なこと言うのやめてくれる?」
と、そんなことを話しているうちに、男子寮と女子寮に向かう分かれ道に行き着いた。
蓮華たちは右に、切臣は左にそれぞれ折れる。
「じゃあ切臣、また明日ね」
「おう」
「もし万が一があれば骨は拾って差し上げますのでご安心を」
「うるせえよ」
そして、切臣の学園生活一日目は終わった。
道なりに行くこと数分。
やがて見えてきた住所にあるそれらしき建物の前で、切臣は立ち止まった。
「ここが男子寮か」
聳え立つそれを見上げながら、ぼそりと独りごちる。
一見するとそこは、どこにでもあるごく普通のアパートメントといった佇まいだった。
鉄筋コンクリートで造られた、四階建ての建造物。もし自分が何も知らない民間人のままだったならば、よもやここが魔術師の卵たちが集まる住処だとは到底思えぬほど、周囲に溶け込んでいる。
「ええと、確か俺の部屋は……」
持参していた案内表を改めて広げ、目を通す。
しばらくして、自分の名前が記載された部屋番号を見つけると、切臣は緊張の面持ちで寮へと入っていく。
ドアを潜り、玄関先で靴を脱ぐと、靴箱に入れる。
どうやら食堂らしい広々とした空間を横目に、階段を上がっていく。
切臣の部屋番号は203号室。案内表によると、この階段を上がった二階の廊下を右に折れてすぐのところにあるらしい。
「ここだな」
程なくして、部屋の前へと辿り着いた。
今日から一年間、自分はこの部屋で過ごすことになる。まだ見ぬルームメイトと共に。
知らず、切臣は固唾を呑む。
どうか先ほどの予想が当たりませんようにと、心の中で祈りながら、ドアノブを掴んだ。━━と、そこで。
「あの……もしかして君、黒野くん?」
控えめなか細い声が、すぐ傍から聴こえてきた。
驚いて切臣は振り返る。
果たしてそこにいたのは、大きなボストンバッグを担いだ、どこか見覚えのある小柄で地味な男子生徒。彼は切臣の姿をはっきり認めると、不安げな表情をにわかに明るくした。
「や、やっぱり黒野くんだった! ほら、僕だよ。昼休みに神林くんに絡まれてたのを、君に助けてもらった……」
「え……、ああっ!」
そこまで言われて、切臣もようやく見覚えの正体に思い至り、納得の声を上げる。
すっかり忘れてしまっていたが、確かに神林との因縁の発端はそれだった。
切臣は緊張を解いて、改めて男子生徒に向き直る。
「お前、大丈夫だったかよ。神林の奴にまた何か因縁つけられたりしなかったか?」
「うん、平気だよ。それよりごめんね、せっかく助けてもらったのに、お礼も言わないままでさ。あの時は本当にありがとう。君が助けてくれなかったらどうなってたことか」
「いいって。あれは俺が好きでやったことなんだから、お前が気にする必要ねえよ。ええと……」
「ああ、ごめん。まだ名前名乗ってなかったね」
と、男子生徒は姿勢を正して、
「僕は
そう静かに名乗った。
「え? ルームメイト?」
切臣は首を捻る。
男子生徒━━忍はコクリと首肯して、
「うん。だって君、今その部屋に入ろうとしてたでしょ? 僕もその部屋なんだ。だから、ルームメイトなんじゃないかって思って。……違った?」
「い、いや合ってるぞ! そっか、お前が俺のルームメイトか……」
切臣は安堵の息を吐いた。
ひとまず、悪い予想が杞憂に終わって何よりである。
「そんじゃ、改めてよろしくな東雲。俺は黒野切臣だ。とりあえず、立ち話も何だし中入ろうぜ。その荷物、大変だろ」
忍の荷物を指差しながら言う。
切臣は最低限の着替えだけを持ち込み、残りの日用品は後日配送してもらう予定なので荷物は少なめなのだが、それとは対照的である。
「あ……そうだね。荷物の片付けとかもしなきゃだし」
「しっかしすげえ量だな。もしかして荷物全部持ってきたのか?」
何気なくそう問いかける。
それに対して、忍は少しだけばつの悪そうに柔和な微笑を浮かべて、
「うん。お金勿体ないしね。……うち、貧乏だから」
そう答えた。
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また月一投稿……こいつクソっスね。
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