第31話 興味と憎悪

 誰もが無言だった。

 目の前で起きた出来事が信じられず、皆一様に呆然とした顔をしている。

 違うのは我が事のようにドヤ顔を浮かべた竜宮寺蓮華と、当然の結果だとばかりにポーカーフェイスを貫く木津うづき。

 そして、何やら怪しい笑みを浮かべた久留須アイリだけ。


「お、おい……何が起きたんだ?」


 やがて、誰かがぽつりと呟いた。

 それは波のようなどよめきとなり、観客たちに一斉に波及していく。


「神林のゴーレムが一瞬で粉々に……」


「あいつ、適性皆無の落ちこぼれじゃなかったのか?」


「てかあの姿何なんだよ。あんな術式聞いたことねえぞ!」


 口々にそんな言葉が囁かれる。

 黒い軍服に身を包み、刀を腰に下げた切臣の異様に、誰もが目を奪われているようだった。

 殴り飛ばされた神林は倒れ伏したまま、ピクピクと痙攣している。


再封印リセット


 そんなギャラリーを無視して、切臣はぼそりと唱える。

 切臣の身体に仕掛けられた封印術式が再度展開し、解き放たれた魔剣士の力を再び封じ込めた。

 暴力的な魔力の渦は鳴りを潜め、フレインガルド魔術学園の制服に身を包んだ少年の姿だけがそこにあった。


「お疲れ! 切臣!」


 大きく一息を吐く切臣に、蓮華が駆け寄り労いの言葉をかけた。

 屈託の無い笑みを浮かべるプラチナブロンドの少女に対して、赤毛の少年は気恥ずかしそうに返す。


「いや、そんな疲れてねえよ。すぐ終わったし」


「散々渋っていた割にはあっさり使いましたね。矜持というものが無いのでしょうかこの猿は」


「お前はほんとに一言余計なんだよ」


 遅れてやってきて、また例によって軽口を叩くうづきに切臣は返す。

 そんな彼らに対して近づく影があった。


「いやあ、凄いわね貴方。相手の子もそこそこ強かったのに瞬殺しちゃうなんてさ」


 パチパチと拍手をしながら、久留須アイリがこちらに歩み寄ってくる。

 またぞろ奇妙な違和感を覚えつつも、切臣は会釈を返した。


「ど、どうも」


 何か落ち着かないものを感じ、早めに話を切り上げようとする。

 しかし、アイリはそんな切臣の考えなど知ったことではないとばかりに、まじまじ彼の顔を覗き込んだ。

 妖しげな双眸と視線が交わり、切臣は知らず息を呑む。


「あ、あの……何ですか?」


「こうして見ると普通の男の子なんだけどねえ。よっぽど巧妙に隠されてるのか……気配にほとんど違和感がないのはさすが学園長センセって感じ」


「ええと……」


 至近距離で何やらブツブツ言い始めた年上のお姉さんに、切臣は困惑の相を浮かべる。

 流れる藍色の髪から女性特有の甘い香りが漂ってきて、落ち着かないやら気恥ずかしいやら。

 しかしそこで、黙り込んでいた蓮華が切臣を庇うようにして、二人の間に割り込んだ。


「先輩、切臣が困ってるので離れてくれませんか?」


 そう言って、蓮華は挑みかかるようにアイリに向かって告げる。

 エメラルドグリーンの眼光は鋭く、さながら縄張りを荒らす外敵を威嚇する野生動物の如く、獰猛な色を湛えていた。


「お、おい蓮華? 何でそんな怒ってるんだよ」


「切臣は黙ってて」


「あ、はい」


 諌めようとした切臣だったが、横目で凄まれあっさり引き下がる。

 何だか今の蓮華に逆らうのはとても不味い気がしたのだ。

 飼い主に怒られた仔犬の如き従順っぷりである。


「ヘタレですね」


「うっせえ」


 すかさずうづきの毒吐きが飛んでくる。

 一方、アイリは急に敵愾心を向けられたことに鼻白んだ様子だったが、二人の様子を交互に見比べ、納得した様子で笑みを深くした。


「あらあら、ごめんなさいね。私ってばちょっと興奮しちゃって」


 言って、無害であることを示すように両手を小さく上げながら、切臣から距離を取った。

 しかし蓮華は尚も警戒を緩めず、切臣を背に庇って睨み付けている。


「そんなに睨まなくても大丈夫だってば。少なくとも、貴女が考えてるようなことは起きないから。━━私はただ、噂に聞く“竜宮寺の魔剣士”がどんなものなのか、間近で見てみたかっただけだもの」


 アイリはケラケラと笑いながらあっけらかんと告げた。

 一方、その言葉に目を剥いたのは切臣だった。


「え、お、俺のこと知ってるんですか?」


「もちろん。だって貴方、一部じゃ結構な有名人だし。魔剣の欠片に適合し、魔剣士に転生した大型新人が竜宮寺一門にいるってね。まあ、顔と名前までは知らなかったけど」


 すると、彼らのやり取りを遠巻きに眺めていたクラスメイトたちのざわめきが、ますます強くなった。


「“竜宮寺の魔剣士”って、俺も聞いたことがあるぞ。確かあの破滅のジュリアスを撃退したっていう。……まさか、あいつがそうだってのか?」


「確かにそれならあの強さにも納得いくけど……」


「でもよ、それって反則じゃないのか? 魔術でも何でもない、魔族の力を使うなんてよ」


 そんな囁きがそこかしこから聞こえてくる。━━と、そこで。


「そうだ……認められるかそんなもの……」


 倒れ伏していた神林が、ゆっくりと起き上がる。

 赤く腫れた頬を擦りながら、


「“竜宮寺の魔剣士”だと? 汚らわしい風情が、よくも抜け抜けとこの神聖な学舎に足を踏み入れたものだ」


「テメェ……」


「もう一度だ、もう一度俺と決闘しろ。今の勝負は無効だ。そんな術式ですらない得体の知れない力を用いた決闘など、断じて認めん。純粋な魔術戦で正々堂々と戦え。……貴様のようなゴミクズ以下の汚物など、この学園に相応しくないということを思い知らせてやる!!」


 言って、神林は短杖ワンドを構えた。

 ギラギラとした眼光は切臣だけを映しており、もはや自らの屈指を晴らすことしか考えていないようだった。

 そうして魔力を練り上げ、呪文を紡ごうとした、まさにその時。




「悪いが、それは却下だ」




 いつの間にか神林の背後に回り込んでいた十条聖司が、鮮やかな手並みで彼の手を捻り、短杖ワンドを取り上げていた。


「なっ!? き、貴様何をする! 放せ!!」


「言っただろう、却下だ。勝敗は既に決した。再戦も認めていない。次の模擬戦を開始するので、速やかにこの場を空けるように」


「ふざけるな! こんな卑劣な不正がまかり通って良いはずがない! 今一度仕切り直しを……」


「不正などどこにもない。お前たちの模擬戦は確かに事前に取り決められたルール通りに進行し、問題なく決着がついた。そうでしょう? 猫沢教諭」


 言って、十条は猫沢に話を振った。


「うむ! 今回の模擬戦におけるルールは、魔術及びマジックアイテムを用いた決闘だ! 魔剣士の魔剣もマジックアイテムとして扱われるので、ルールにおいて何も問題はないぞ!」


「な……ッ!?」


 その裁定に、神林は信じられないという風に目を見開く。

 更にそれに追随して、アイリが口を開いた。


「それに、この学園は実力主義だからね。酷な言い方になるけど、彼の実力を見誤って舐めてかかった貴方が悪いわ」


「ぐっ……し、しかし……」


「それとも、貴方はこれが実戦だったとしても、敵に同じようなことを言うつもりなのかしら?」


 神林は尚も何か言いたげにしていたが、さすがに教員と風紀委員二人を相手にするのは分が悪いと感じたのか、意外にも素直に引き下がった。

 観念したように全身から力を抜く。それを感じた十条も手を離した。

 されど、下がる瞬間にもう一度切臣の方へと目を向けて、


「覚えていろ。このままでは済まさん。貴様にはいずれ必ず、この屈辱を返してやるからな……」


 異様に血走った目付きをした、殺気だった面持ちでそう宣言する。

 そうして今度こそ踵を返して、闘技場の端へと移動した。


「久留須、我々も下がるぞ」


「ああはいはい。それじゃあね、黒野━━切臣くん」


 十条たちもまた、邪魔にならないようにその場から離れる。

 ひらひらと切臣に手を振るアイリに、蓮華はガルルルと歯を剥いて威嚇する。何がそんなに気に入らないのか分からず、切臣は首を捻った。


「それでは、次の模擬戦に移るとしよう! ②番を引いた者は挙手するように!」


 何とも言えない空気の中、猫沢のよく通る声が、いやに響き渡った。






************************


前回を投稿してのがもう一月も前だという事実に震える。

もっと投稿ペース上げたいんだけどォ…もう疲れちゃって全然動けなくてェ…


いや本当すみません頑張ります。




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