第30話 魔剣士の威力

「テメェが俺の相手だと?」


 目を見開いたまま、切臣は思わず問い返す。

 よもやこのような偶然が起こり得るのかと、信じられない様子で。

 しかし神林はそんな切臣を心底呆れ果てた様子で吐き捨てた。


「そう言っているだろう低能が。言葉すら理解できんようになったのか?」


「んだとッ!?」


「まあとはいえ、そのように現実から目を背けたくなる気持ちも分からんではないがな。貴様のような術式適性すら持たぬゴミが、よりによってこの俺と模擬戦を行うことになったのだ。我が身の不運を嘆きたくもなるだろうよ」


 ニヤニヤと笑いながら神林は続けて言う。


「どうだ? 今までの非礼を詫びて俺の従順な下僕になると誓うのであれば、優しく手加減して終わらせてやるぞ? 『ゴミの分際で逆らって申し訳ありません』と、地に伏せて乞うてみろ」


 どこまでもこちらを見下した、舐め腐った態度。

 切臣がそれに対して反論すべく口を開こうとした時、


「そっちこそ、そんな風に言ってられるのも今のうちだけだよ。切臣はあんたなんかよりずっと強いんだから」


 毅然とした振る舞いで蓮華が言い返す。

 形の良い眉を吊り上げて、神林を睨み付けている。

 されど神林は涼しげにそれを受け流し、プラチナブロンドの少女に無遠慮な視線を向けた。


「竜宮寺、じきにお前の目も覚まさせてやろう。本当にお前の隣に相応しいのが誰なのか、よく見ておくことだな」


 また剣呑な空気が両者の間に立ち込めたが、そこで猫沢が咳払いをして割り込んだ。


「そこ! 私語は慎むように! ……それで、お前たち二人が①番ということで良いのだな!?」


「あ、は、はい」


「そう言っているはずだが?」


 猫沢からの問いに、それぞれ応じる切臣と神林。

 ジャージ姿の女教師は納得したように軽く頷くと、改めて口を開いた。


「よろしい! お前たちの名前は確か……黒野と神林だったな! 早速だがお前たちには、今から模擬戦を行ってもらう! 二人は闘技場の中央に向かい合うように立て! それ以外の者は、邪魔にならないよう隅に寄れ!」


 指示されるがまま、切臣と神林は闘技場の中央に立ち、それ以外の生徒はその場所を取り囲むように端に寄った。

 無論、蓮華やうづき、十条たちも例外ではない。

 やがて全員が所定の位置に着いたことを見て取り、猫沢は竹刀を担ぎ直す。


「これより戦闘技術測定を開始する!」


 そうして、声高々に宣言した。


「ルールは一撃決着! 互いに魔術及びマジックアイテムを用いて戦闘を行い、先に相手に一撃を与えた方の勝者とする! また、もし双方の命に関わる事態に発展した場合は、即座にこれを中断し、無効試合とする! 異論はあるか!?」


「ありません」


「愚問だな」


 切臣と神林は同意する。

 すると、周囲を取り囲む生徒たちが、にわかにざわめき始めた。




「うわー。適性ゼロの相手、よりによって神林かよ。終わったな」


「実質公開処刑だろこんなの。かわいそ」


「なぁ、あいつが何秒もつか賭けようぜ」




 嘲笑。憐憫。愉悦。

 様々な感情の渦巻く声がそこかしこから聞こえてくるが、共通しているものがひとつある。

 それは、彼らのうちの誰もが、神林の圧勝と切臣の惨敗を疑っていないということ。


 しかしそれも仕方ないだろう。

 彼らから見れば切臣は、術式適性を持たぬ弱者でしかないのだから。

 更に相手が名家出身の二重属性者デュアル・エレメントともなれば、勝てる見込みはもはや無きに等しいと思われるのも無理からぬ話だ。


「それにしても、つくづく愚かなクズだな貴様は」


 と、神林がまたしても嫌味を飛ばす。


「あ?」


「素直に頭を下げれば良いものを……くだらん意地を張って虎の尾を踏んだことにも気付かんとは、間抜けにも程がある。……いや、それとも単に引っ込みがつかなくなっているだけか」


 言いながら神林はチラリと、周囲を取り巻く観客の方を見た。

 正確には、その中でこちらを心配そうに見ているプラチナブロンドの少女━━竜宮寺蓮華へと。


「大方、竜宮寺に自分をよく見せようとしているのだろう? 涙ぐましいことだ。貴様とあの女では、到底釣り合いなど取れんというのに」


「…………」


「何だ、だんまりか? つまらん奴だ」


 と、神林は興醒めしたようにかぶりを振る。

 それから、懐より一振りの短杖ワンドを取り出して構えた。


「まあいい。とにかく貴様には、この俺が直々に教育を施してやる。もう二度と逆らう気など起きんようにな。俺が竜宮寺を手に入れた暁には、その様子を特等席で拝ませてやろう」


 下卑た笑みを浮かべながら神林は言う。

 だが切臣はそんな彼の言葉など聞く耳持たず、未だ自身の内で燻っている感情に煩悶していた。

 魔剣士の力を、使うべきか使わないべきか。


(俺は……)


 と、その時だった。




「切臣ーっ!!」


 聞き覚えのある少女の声が耳に届く。

 声のした方に振り返ると、紅い組紐でポニーテールに結わえたプラチナブロンドの少女が、こちらに向かって手を振っていた。


「思いっきりやっちゃえー!!!」


 屈託の無い笑顔。

 切臣が勝利すると信じて疑わない、この上ない信頼の現れ。

 それを、見た途端。


「……ああ、くそっ」


 自嘲気味な笑みを軽く浮かべて、切臣は呟く。

 今のは本当に酷い反則だった。一秒前まで真剣に悩んでいたはずのことが、ゴミのように思えてくる。

 代わりに、あるひとつの思いだけが、今の切臣の全てとなっていた。


 蓮華の信頼を裏切りたくない。

 蓮華にみっともないところを見せたくないという。


「やるしかねえか」


 自分が彼女の隣に並ぶ資格があるのだと示すためにも。

 切臣はようやく、決意を固めた。




「何をブツブツ言っている。今さら命乞いか?」


 すると神林が鼻で笑いながら喋りかけてきた。


「だがもう遅い。貴様は俺の厚意を再三に渡って無下にし続けた。その身の程を弁えぬ愚かしさの代償を、これからとっくりその身体に刻み込んでやる」


 ピリピリとした空気が場を満たす。

 切臣はまっすぐに神林を見据え、身構えた。


「へっ、そりゃありがてえこった」


「それでは、ただいまより模擬戦を開始する! 両者準備は良いか!?」


 猫沢の問いに、切臣と神林は静かに頷く。

 それを見て取ったジャージ姿の体育教師は、ゆっくりと手を振り上げた。


「始め!」


 そうして、一息に振り下ろす。

 戦いの火蓋が切って落とされた。





「さて。それでは往くとしようか」


 神林は優雅に微笑むと、手にした短杖ワンドを軽やかに振るう。


「━━騎士なる者、ここにはべるべし」


 呪文が詠唱されると同時、彼の周囲の地面に変化が現れた。

 それは通常ありえない動作で盛り上がり、瞬く間のうちにひとつの形を成していく。

 果たしてそこに生まれたのは、土塊でできた騎士の一団。

 それぞれ剣や槍、盾を装備し、鎧に身を包んだその姿は、まさしく王を守護する近衛の姿であった。その数、およそ十二体。


「これぞ我が魔術の真髄、“偉大なる騎士団ロイヤルナイツ”! 貴様如きクズには到底届かぬ至高の領域だ!!」


 神林が高らかに哄笑する。


 “偉大なる騎士団ロイヤルナイツ”は、ゴーレム錬成術の中でも高等魔術に格付けされている術式だ。

 十二体からなる土塊の騎士は、その一体一体が極めて高度な自立行動を取ることが可能で、統制の取れた連携によって術者の実力以上の魔族すら屠ることが可能という。


 無論、騎士の力量は術者自身の実力に左右されるものの、発動さえしてしまえば自動的に戦ってくれるので非常に使い勝手が良く、重宝する土属性の魔術師は多い。

 当然習得難度は高く、まだ一年生である神林が習得しているのは、規格外というほか無い。

 模擬戦を観戦していた生徒たちも、おお、と瞠目した。




「ほう、よもやあの術式を行使できる一年がいるとはな。なかなかの逸材だ」


 傍目に眺めていた十条聖司もまた、感心したように呟いた。

 神林家の嫡男ということで注目していたが、どうやら期待以上の存在だったらしい。

 顎を手で擦りながら、興味深そうに観察している。


「勝敗は決したか?」


「さあ、どうかしら」


 しかし、その呟きに異を唱える声があった。

 隣に控える久留須アイリである。

 藍色の髪を靡かせた巨乳美女が視線を注いでいるのは、若くして高等術式を操る名家の跡取りではなく、適性皆無の落ちこぼれだった。

 さながら獲物を狙う蛇の如き目付きで、一挙手一投足を逃すまいと見つめていた。


「そう簡単には行かないと思うわよ」


 くつくつと、含み笑いを漏らす。




 そうして、切臣もまた展開された騎士団の威容を、じっと見据えていた。

 特に何もすることはなく、ゆったりと構えたまま。


「魔術の真髄だって? それが……?」


 疑問の言葉を投げ掛ける。

 神林はニヤリと口角を歪め、


「ククッ、怖じ気づいたか。まあ無理もあるまい。これほど力の差を浮き彫りにさせたのだからな。とはいえ、これが現実だ。せめて潔く散れ」


 まるでタクトを振るう指揮者のように短杖ワンドを振るう。

 それに従って、ゴーレムたちが動き始めた。

 甲冑騎士らしからぬ素早い動きで、瞬く間のうちに切臣を取り囲む。


「クズの分際でこの学園に来たことを、後悔するが良い!」


 そうして、短杖ワンドを振り下ろした。

 一斉に躍りかかる土塊の騎士たち。


 もはや勝敗は決したと誰もが思っただろう。

 観戦している生徒たちは、ある者は一瞬の後に起こるだろう凄惨なリンチに目を背け、またある者は嬲り殺しにされる弱者の姿を想起に愉悦に口許を歪める。


 下馬評通り、名家出身のエリートが一般家庭の落ちこぼれに格の違いを見せつける。

 ありきたりで当然の結末。しかし━━




「━━封印術式シールドコード解除ブレイク




 次の瞬間、誰も予想だにしていなかった出来事が起きた。

 切臣が唱えると同じくして、圧倒的な黒い魔力の奔流が彼を中心に巻き起こる。

 さながら竜巻の如きそれは少年を取り囲んでいた土塊の騎士を粉々に吹き飛ばし、無惨な残骸へと変えた。


「なっ!?」


 ここに来て、神林が動揺の声を上げる。

 見開く瞳の向く先では、魔力の渦の中心から黒野切臣が現れる様を捉えていた。

 そう、真っ黒い軍服と外套マントを身に纏った、魔剣士としての彼の姿を。


「何だ、貴様……それは一体……」 


 声が震える。

 目の前にいる化物から決して目を逸らすなと本能が訴えている。

 取るに足らぬ落ちこぼれ。自身の実力を皆に、竜宮寺蓮華に示すためのかませ犬に過ぎないはずの愚か者が、何故このような存在感を放っているのか。

 神林には理解ができなかった。


「後でゆっくり説明してやるよ。この勝負にケリをつけてからな」


 一方、切臣は落ち着き払った態度で言い放つ。

 もはや自分が勝つことを疑いもしないその物言いに、神林は腸が煮えくり返る思いを抱いた。

 何故貴様が、貴様のようなゴミがこの俺に勝ったつもりでいる?


「ふ……ふざけるな、クズの分際でッ!!」


 怒りに任せて神林は短杖ワンドを振り乱す。

 “偉大なる騎士団ロイヤルナイツ”を再び展開し、一挙に突撃命令を出した。

 奇跡は二度も起きない。

 そう、今度こそはあの身の程知らずの愚か者に、格の違いを存分に味わわせて━━




 決着は一瞬だった。


 赤黒い残光が幾重にも渡って迸る。

 抜き打たれた切臣の魔剣が神林の展開したゴーレムを悉く切り飛ばし、元の土へと逆戻りさせる。

 そのまま一息に踏み込んで距離を詰め、神林に肉薄した。


「……あ?」


 神林が間抜けな声を上げると同時。

 魔剣士の少年は申し訳程度に魔力を込めた拳を、無防備な顎に向かって振り抜いた。


「ぶげっ!?」

 

 相当手加減した一撃。

 けれど、的確に脳を揺らしたその打撃は、神林の意識を奪うのに十分だった。

 名家の跡取り息子たるエリートが、適性皆無の落ちこぼれの拳をまともに受けて、無様に地面に転がる。

 起き上がる気配はない。


「……しょ、勝者! 黒野切臣!」


 あまりに予想外の結末に呆気に取られていた猫沢が、我に返って宣言する。

 よく通る声が、静まり返った闘技場に響き渡った。





************************


期間がかなり空いてしまい申し訳ありません。

なかなか筆が進まずすっかり遅くなってしまいました。

エタるつもりはないので、気長に見てやってくれると嬉しいです。



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