第29話 邂逅
休憩時間が終わり、いよいよ戦闘技術測定の時間となった。
切臣たち一年生は例によって鮫島に先導され、闘技場まで連れて来られる。
そこで待っていたのは、ジャージ姿に竹刀という如何にもな格好をした、20代後半程度と思わしき女性だった。
「新入生諸君! 入学おめでとう! 私は実技担当教官の猫沢美弥子だ!」
意外と可愛らしい名前をしているその女性━━猫沢は、よく通る声を張り上げて告げる。
「既に鮫島教諭から聞いているとは思うが、今から諸君らの戦闘技術を計らせてもらう! 現時点で諸君らがどれどけ動けるのか、それを我々に見せてほしい! ちなみにこの測定の結果は成績にも反映されるので、皆心して臨むように!」
その言葉を聞いて、生徒たちの表情が引き締められる。
切臣もまた同様に。しかし、その表情が意味するところは、周囲の者たちとは少しばかり異なっていた。
「まだ納得できない?」
傍らの蓮華が尋ねてくる。
その言葉が意味するところは言わずもがな、魔剣士の力を使うか否かについてだ。
神林とのゴタゴタで話が流れたままになっていたが、それでも未だ切臣の中では、踏ん切りがついていなかった。
「納得できねえわけじゃねえよ。ただ、本当にそれでいいのかって思ってるだけで」
「それを納得できないと言うのでは?」
と、うづきからすかさず突っ込みを入れられ、切臣はたじろぐ。どうにか言い返そうとするも、
「そこ! 私語は慎むように!」
猫沢からの叱責が飛び、口を閉じた。
黙り込んだ三人を見て満足げに頷いた猫沢が、再び声を張る。
「さて、それでは早速始めよう! ……と言いたいところだが、その前に諸君らに紹介せねばならん者たちがいる! 入れ!」
言って、猫沢は闘技場の切臣たちが入ってきた方とは逆の入り口に目を向けた。
それを合図として、そこから二つの人影が闘技場へと入ってくる。
一人はメガネをかけた、黒髪黒目で長身の男子生徒。そしてもう一人は━━
「紹介しよう! 我がフレインガルド魔術学園が誇る風紀委員会の者たちだ! 今日は彼らにも、諸君の実力の程を見定めてもらうことにした! よしなに!」
整った精緻な顔立ちに、ひときわ目立つ豊満な胸。
さらりと流れる藍色のロングヘアが、どこか妖しげな色香を漂わせる。
そんな風貌の女子生徒に、切臣は思わず目を奪われた。
(うわ、すっげえ美人)
日頃から蓮華と共に過ごしているお陰で美少女にはだいぶ耐性のある切臣だが、あの女子生徒は可愛い系の蓮華とはタイプの異なる、大人っぽい色気に満ちた美人といった佇まいだった。
蓮華が可憐なお姫様ならば、彼女はさながら妖艶な魔女。
だからこそそういったタイプにはあまり馴染みのない切臣は、珍しく目を引かれているのだが……
(でも何だ? この妙な違和感は……)
しかし同時に、胸がざわつく奇妙な感覚も覚えていた。
彼女を見ていると心が落ち着かない。けれど不思議と目が離せない。そんな感覚を。
「切臣? どうしたの?」
ぼんやりしていた切臣を心配したのか、蓮華が顔を覗き込んでくる。
赤毛の少年はそこで我に返って、
「いや、何でもねえよ。それよかほら、前向いとこうぜ。また注意されたら嫌だろ」
慌ててそう誤魔化した。
何となくだが、自分があの女子生徒に目を奪われていたことを蓮華に知られるのは、とてもヤバい気がする。
蓮華はそんな切臣の態度に不審げに目を細めていたが、やがて視線を前に戻した。
そうこうしているうちに、メガネをかけた男子生徒が朗々たる声を発する。
「新入生諸君、入学おめでとう。ただいま紹介に預かった風紀委員長の十条聖司だ。そしてこっちが……」
「副委員長の久留須アイリでーす。みんな今日はよろしくねえ」
見た目通り、折り目正しく自己紹介をする十条とは対照的に、アイリは砕けた緩い振る舞いで名乗った。
パチリとウインクをひとつして、胸元で軽く手を振っている。
それを受けた男子の幾人かが、おお、と魅了されたような声を漏らす。
「先だって猫沢教諭からお話があったように、今から行われる戦闘技術測定には我々も立ち合うこととなっている。我々風紀委員会は優秀な人材を常に欲しているのでな。君たちの実力が如何程か実際に確かめ、優秀な者はスカウトすることも視野に入れている」
十条がメガネを指で押し上げながら言う。
どよどよと周囲がざわめく中、神林がフンと鼻を鳴らした。
「わざわざ確かめるまでもない。誰が頂点かなど、既に分かりきっていることだ。……尤も、身の程を弁えぬクズを教育するという意味においては、うってつけではあるがな」
そう言って、神林は切臣の方へと鋭い視線を送りつける。
切臣もまた負けじと睨み返した。
そんな二人を余所に、十条から引き継いだ猫沢が言葉を続ける。
「既に聞き及んでいるとは思うが、戦闘技術測定は一対一の模擬戦にて執り行うこととなっている! よって、今から模擬戦のマッチアップをするので、全員手のひらを前に出せ!」
一年生の面々は言われるがまま手のひらを前に出す。
それを見て、猫沢がピシャリと竹刀を床に叩きつけた。
するとどうしたことか、突き出した手のひらの中に、メモ用紙ほどの大きさをした紙片が出現したではないか。
「これは……」
「諸君らの模擬戦を行う順番を、こちらでランダムに振り分けさせてもらった!」
確かによく見ると、紙片には数字が記入されているようだった。
切臣の手元にある紙片には、①と書かれている。
「その番号はペアになっていて、同じ番号を持つ者が二人ずついることになっている! 自分と同じ番号の者が今日これから模擬戦をする対戦相手だ!」
つまり、この①番と同じ番号を持つ者がいるということ。
それは一体誰なのだろうかと、切臣が辺りを見渡していると、猫沢がその疑問に答えるように言った。
「ちなみに、番号が若い者たちから順に模擬戦をしてもらう! まずは①番の者、挙手を!」
そう言われて、切臣はビクリと肩を震わせた。
まさかいきなり模擬戦をすることになるとは思わず、不意打ちを食らった気分である。
「あ、俺です」
それでもどうにかおずおずと手を上げた。
すると同時に、くつくつと含み笑いを漏らす声が聞こえてくる。
「くはは、貴様どうやらよほど運が悪いようだな。同情すら覚えるぞ」
「あ? 何いきなり訳分かんねえこと言ってんだテメェ」
剣呑に顔を顰める切臣。
神林は気分を害した様子もなく、自身の持つ紙片をこちらへと見せてくる。
そこには切臣のものと同じく、①の番号が書かれていた。
「なっ!?」
切臣は思わず目を見開く。
神林はますます嗜虐的な笑みを深くして、
「貴様の相手はこの俺だクズ。先の無礼の誅罰を、この俺の手で直々に下してやろう。光栄に思うことだな」
高らかにそう宣言した。
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