第28話 身の程知らず
「せ、席なら他にもいっぱい空きがあるじゃないか。そっちに座ればいいだろ。どうしてわざわざ僕の席なんか……」
無茶苦茶な要求をする神林に、男子生徒は当然の反論をする。
しかしそれが癪に触ったのか、神林は苛立たしげに眉を釣り上げた。
「俺がこの席に座りたくなったからに決まっているだろう。そんなことすら分からんのか、これだからクズは低能で困る。ゴミはゴミらしく、口答えなどせず唯々諾々と従えば良いものを」
「おいテメェ、神林さんに逆らってんじゃねえぞコラ!」
いつの間にか付き従っている取り巻きたちが、神林の言葉に賛同して男子生徒を脅す。
高圧的な連中に凄まれ、なけなしの反抗心も潰えた男子生徒は、何も言い返せずに縮こまる。
その様子を見て取って、神林は取り巻きたちを手で制しつつ、冷ややかな嘲りの笑みを深くした。
「とはいえ、俺は寛大な男だ。貴様のように愚鈍なクズにもチャンスを与えてやる」
「え……?」
「
そうして、人差し指で地面を指しながら言う。
「這いつくばって深く頭を下げ、床に額を擦り付けながら謝罪をしろ。『ゴミの分際で口答えをして申し訳ありません』と、周りのクズ共にも聞こえるようにはっきりとな。……そうすれば、今の無礼は許してやらなくもない」
「そ、そんな……」
「ああ、嫌なら別に構わんぞ。その場合は自らの身の丈というものを弁えられるようになるまで、きっちりと教育してやるからな」
後ろに控えた取り巻きたちが、ニヤニヤと暴力的な笑みを浮かべる。
男子生徒はもう涙目だ。
縋るように辺りに視線を向けるものの、皆巻き添えを恐れて見て見ぬふりをしている。
「さあどうする? 言っておくが、俺の気はそう長くないぞ。貴様のようなクズの決心などいつまでも待たん。さっさと決めろ」
追い討ちをかけるように神林が語気を強めた。
男子生徒は尚も逡巡している様子だったが、やがて観念したように、両手を床に着ける。
「またあの男ですか。本当に見下げ果てた品性ですね、反吐が出ます」
それを横目で見ていたうづきが、心底軽蔑した声色で言った。
「うん、さすがにあれは酷いよ。私先生呼んでくる」
蓮華も同じく憤りながら、教員を呼ぶべく席を立とうとする。しかし……
「え、ちょっと切臣!?」
それよりも先に切臣が動いた。
男子生徒に土下座を強要している神林の許へ、一目散に向かう。
「おい! 何やってんだお前!」
そうして怒鳴りつけながら、男子生徒を庇うようにして立ち塞がった。
いきなり割り込んできた第三者に、神林が怪訝そうに顔を顰める。
「何だ貴様は? クズの分際でこの俺の前に立つとは、一体どういう了見だ?」
「それはこっちの台詞だ、さっきから黙って聞いてりゃあ、勝手な理屈で好き放題やりやがって。テメェ何様のつもりだよ」
睨みを利かせる神林に怯む気配もなく、切臣は敢然と言い返した。
神林はますます腹を立てた様子で眉間に皺を寄せる。
「誰に向かって口を利いているクズが。貴様如きがよもやこの神林家の嫡男、
「ああ思ってるさ。テメェがどこのどちら様だろうが、こんなゲスい真似しやがるクソ野郎に敬意なんざ払ってやる義理ねえからな」
そう言い捨てると、切臣は後ろで踞る男子生徒に努めて優しい口調で語りかける。
「おい、こんな奴に謝罪なんてする必要ねえぞ。顔上げて堂々としてろ」
地味めな印象を受けるその生徒は、下げかけていた頭をゆっくりと上げて切臣の方を見た。
涙に濡れた瞳がこちらの姿を映し出す。
同時に、神林の取り巻きの一人が何かに気付いた様子で口を開いた。
「神林さん、こいつあれですよ。さっきの術式適性検査で、適性ゼロだった落ちこぼれの……」
それを耳にした神林が、くつくつと含み笑いを漏らす。
「ああ、なるほど。竜宮寺蓮華の腰巾着か。道理で見覚えのある面だったわけだ。術式適性すら持たんクズ以下の無能が、よくもまあ恥ずかしげもなくこの俺の前に立てたものだな。ゴミはゴミ同士で庇い合いというわけか」
それに釣られて、後ろの取り巻きたちもゲラゲラと笑い始めた。
しばらく野卑な笑い声が響き渡ったが、やがて神林が手で制すると、ピタリとそれも止まる。
恐ろしいほど鋭い眼光が、切臣に叩きつけられた。
「━━それで、竜宮寺という花に集る虫けら風情が、身の程知らずにも俺の邪魔をしたのだ。相応の覚悟はできているのだろうな?」
ピリピリとした剣呑な気配が、神林を中心に発せられる。
恐らくは魔力を軽く放ってこちらを威嚇しているのだろう。周囲に重苦しい空気が立ち込め、気温が少しばかり下がったような錯覚に陥る。
切臣の後ろにいる男子生徒が、ひぃっ、と短く呻いた。
一年生の中では明らかに図抜けた実力を持つ神林が怒り狂う様は、同学年の者からすれば恐怖以外の何物でもない。
その証拠に、周囲の者は皆一様に巻き添えを恐れて黙り込み、固唾を飲んで成り行きを見守っている。
だが、一方の切臣はと言えば、涼しい顔でその殺気を受け止めていた。
「はっ、何だそりゃ。脅しのつもりか? そんなもんでビビるわけねえだろ」
それもまた、当然の話だった。
魔剣士に転生してからの半年間で、切臣はそれなりに修羅場を潜り抜けてきた。
破滅のジュリアスを初めとして、数々の狂暴凶悪な魔族を相手取ってきたのだ。
それを思えばこの程度の威嚇など、子犬に吠えられたくらいの些事である。何の問題にもならない。
「貴様……」
片や神林はと言えば、屈服する気配のない切臣に苛立ちを覚えているようだった。
少々強めに脅しをかけたにも拘わらず、どういうわけか目の前のクズはまるで堪えた様子を見せない。その事実に腹が立つ。
神林家の跡取りたる自分の威圧に対して膝を折らぬなど、ゴミの分際で何たる不敬か。
もしや適性が皆無のため、危機察知能力さえも度を越して愚鈍なのかと疑ってしまうほどに。
まさに一触即発の睨み合い。
だがそこに、鈴を転がすような声が割り込んだ。
「切臣!」
赤い組紐でプラチナブロンドを束ねた美少女、竜宮寺蓮華である。
それに気付いた切臣と神林が、そちらへと視線を移した。
「蓮華?」
「もう、いきなり飛び出していかないでよ! せっかく先生呼んで来ようとしてたのに、余計に騒ぎが大きくなっちゃったじゃん!」
「す、すまん」
開口一番に抗議の声を上げる蓮華に、切臣はばつが悪そうに謝罪する。
されどすぐに気を取り直すと、改めて神林を指で指し示しながら言った。
「いやでもしょうがねえだろ。あのまま放っておいたら、あいつますます図に乗ってたぞ? 悠長に先生呼びに行ってる暇なんかねえって」
確かに切臣の言う通り、彼が間に割り込んで行かなければ、神林たちに絡まれていた男子生徒はこれ以上ないほどの屈辱を味わわされていただろう。
それを思えば切臣の行動は間違いではないので、蓮華は言葉に詰まる。
一方、神林は突然乱入してきた蓮華を認めると、嘲るような笑みを浮かべた。
「おやおや、飼い主のお出ましか。命拾いしたなクズ」
二人は今一度そちらへ目を向ける。
神林は更に言葉を続ける。その視線は蓮華のみに注がれており、もやは切臣のことなど眼中に無いかのようだった。
「しかし竜宮寺、お前には少々失望したぞ。よもやお前ほどの女がそのようなクズを傍に置くとはな」
「……訂正して。切臣はクズなんかじゃない。私の大事な……友達なんだから」
「断る。クズをクズと呼んで何が悪い」
鋭く睨み付ける蓮華の言葉もすげなくはね除け、神林は鼻で笑う。
それから、切臣や他の者に対するそれとはまるで違う、薄気味悪さすら覚える優しげな声色で口を開く。
「お前こそ目を覚ませ竜宮寺。容姿、家柄、実力━━お前は全てを持っている。得難き価値のある人間だ。だというのにそのような半端者を傍に置いていては、せっかくの価値が下がってしまう。付き合う人間は選ばねばならん」
両腕を大きく広げて、まるで演説のように弁舌を振るう神林。
蓮華は怪訝に目を細めた。
「何が言いたいの?」
「俺の女になれ。美しく才気溢れるお前には、俺の傍に侍る資格がある。俺のものになるというのであれば、そこのクズの無礼も特別に許してやろう」
「なっ!?」
切臣は思わず絶句した。
あまりにも唐突且つ上から目線なその物言いに、ただただ唖然と目を見開く。
それは周囲も同じのようで、ざわざわと困惑のどよめきがそこかしこから聞こえてくる。
「ふざけんじゃねえ! テメェ、いきなり何ワケ分かんねえこと言ってんだ!」
大声で怒鳴る切臣。
蓮華がこんな奴のものになるなど冗談ではない。
単に友達に嫌な思いをしてほしくないという気持ちもあるが、それ以上に胸を激しく掻き乱すものを彼は感じていた。
だがその感情の意味するところを、彼はまだ気付いていない。
「黙れクズ、お前には話していない」
「この……!」
激昂しそうになる切臣を、蓮華が手で制した。
あくまでも傲慢な態度を崩さぬ神林に、毅然とした態度で言い放つ。
「悪いけど、私は貴方と付き合う気は無いよ。彼女が欲しいなら他を当たってくれる?」
「断るというのか? この俺の申し出を。そいつの所業を許してほしくはないのか?」
「許すも何も、切臣は悪いことなんてしてないもん。それに貴方の許しを乞わなきゃいけないほど、切臣は弱くないし」
「随分と買い被ったものだな、そのゴミを」
またしても剣呑な空気が立ち込める。
しかしやがて神林がフン、と鼻を鳴らしたことで霧散した。
「……まあいい。お前と事を荒立てるつもりはないのでな、この場は退いてやるとしよう。行くぞお前ら」
神林はそう言い捨てると、取り巻きを引き連れ踵を返す。
だが数歩進んだ後にピタリと足を止めて、僅かにこちらに振り返りながら再び口を開いた。
「だが忘れるな。竜宮寺、お前はいずれ必ず俺のものにしてやる。これは確定事項だ」
それから、視線を切臣に向けて移動させ、
「そしてそこのクズ。貴様もいずれ、俺の眼前に跪かせてやろう。覚悟しておくことだな」
「そりゃどうも」
切臣は肩を竦めて応じる。
そうして奇妙な緊張状態の中、遠ざかる神林の後ろ姿を見送るのだった。
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二週間も間を空けてしまってすみません。
最近私生活が忙しいのでこれまで以上に不定期になると思いますが、どうにか書いていくつもりなのでお付き合いいただければ嬉しいです。
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