第27話 迷いの魔剣士

 術式適性検査が終了し、時刻は正午過ぎ。

 一年A組の一行は食堂へと案内され、事前の説明の通り食事休憩を取る運びとなった。

 それぞれ思い思いの席に着き、振舞われた学食に舌鼓を打っている。


「はあぁ……」


 しかしそんな中において一人だけ、盛大に溜め息をついて肩を落とす者がいた。言わずもがな、黒野切臣である。

 大好物の鉄火丼も今一つ喉の通りが悪いらしく、どうにも箸の進みが遅い。

 まるで彼のいる一帯だけ、暗い影が落ち込んでいるようだった。


「まあまあ、そんなに落ち込んだってしょうがないじゃん」


 どんよりとしたその様子を見かねて、同じくサンドイッチを食べていた竜宮寺蓮華が口を開いた。


「切臣に魔術の適性が無いことなんて前から分かってたことだしさ、気にする必要ないって。こうなるのは目に見えてたんだから」


「確かにそうかも知れねえけどよ……」


「貴方の無能ぶりは我々は既に理解していますので、今さら驚くこともありませんしね」


「お前はいちいち一言余計なんだよ」


 キャロットジュースを吸ううづきが追従する。

 彼女らの慰め(?)の言葉に、切臣はしかし尚も納得がいかない様子で返した。


 彼が落ち込んでいる理由はもちろん、先ほどの術式適性検査の結果に対するものだった。

 蓮華の言う通り、確かにこの結果は予想できた範疇の事柄である。

 しかし、やはり僅かながら期待を抱いてしまった身としては、どうしても落胆を隠すことができないのだ。それに……




「おい見ろよ、あいつ……」


「ああ、検査で適性ゼロだった奴だろ。何であんなのが竜宮寺さんと仲良いんだか」


「何か弱味でも握ってるんじゃない?」




 そこかしこから聞こえてくる、侮蔑的な声の数々。

 どうやら蓮華に引っ付いている切臣のことが気に食わない連中によるものらしい。

 そういった心ない言葉もまた、切臣の心を落ち込ませるのに一役買っていたのであった。


(まあ、蓮華があんなすげえ結果出した以上、こんな風に言われるのも仕方ねえかも知れねえけどな)


 先ほどの適性検査で大トリを務めた蓮華だったが、彼女もまた凄まじい結果を出していた。

 火属性と水属性の両方に、強い適性があったのだ。


 鮫島曰く元来、魔術師の適性というのは一人につき一属性なのが基本であり、二つの属性を持つ者は二重属性者デュアル・エレメントと呼ばれる非常にレアな存在らしい。

 それが神林も含めて一クラスに二人も在籍しているというのは、相当珍しいことなのだとか。


 そんな逸材が切臣のような適性皆無の落ちこぼれと何故かつるんでいるのだから、反発を招くのも確かに無理からぬ話だろう。

 名門竜宮寺家の跡取り娘という、蓮華の立場を考えれば尚のこと。




「……切臣、あんな奴らの言うことなんて無視すれば良いからね」


 されど、張本人たる蓮華はそんなこと少しも思っていないようで、陰口を叩いている連中に怒りをあらわにしていた。

 苛立たし気な様子はいっそう露骨であり、形の綺麗な眉がつり上がっている。


「魔術が使えなくたって、切臣は物凄いんだから。次の戦闘技術測定で思い知らせてやれば良いんだよ」


「魔剣士の力を用いれば負けることは無いでしょう。良かったですね、汚名を雪ぐチャンスですよ」


 蓮華とうづきが続け様にフォローの言葉を投げる。

 確かに彼女たちの言う通り、魔剣士の力を使えばこの後の戦闘技術測定は楽勝だろう。

 今のこの状況をひっくり返すことは容易い。だがしかし……


(本当に、それで良いのか?)


 同時に切臣の中には、ある迷いが芽生えつつある。

 それは、このまま蓮華たちの言うように魔剣士の力を使うのは、あまりにもずるいのではないかという疑念だった。


 蓮華やうづきはもちろん、この学園に入学した全ての人間が、多かれ少なかれ素質を認められ、より強くなるために努力を重ねている。

 まだ専門的な訓練を受けていないだろう一般家庭出身者も、これからそうなっていくはずだ。


 なのに自分だけが、自身の素質とは関係のない力を使おうとしている。

 何の努力もせず棚ぼた的に得た、言うなればチートとも言うべき卑怯な力を。


 この学園は実力主義だから問題ないと厳志郎は朝に言っていたが、その実力すらもラッキーで手に入れただけという有り様。

 自分はこれまで、借り物の力を得意気に振り回して良い気になっていただけではないのかと、どうしても自問自答してしまうのだった。


「切臣?」


 蓮華が可愛らしく小首を傾げて覗き込んでくる。

 切臣はハッと我に返ると、こちらを見つめるエメラルドグリーンの瞳に改めて向き直った。


「な、何だ。どうした」


「何かボーッとしてるみたいだったからさ。気になることでもあった?」


「いや、ええと。その……」


 言葉が上手く出てこなくて、しどろもどろになる。

 それでも何か言おうと口を開くものの、空回りするばかり。

 そんな切臣に助け船を出したのは、


「どうせ『魔剣士の力を使うのは狡いんじゃないか』とか、くだらないことを考えているのでしょう?」


 キャロットジュースを飲み干したうづきだった。

 まさかの図星をずばり言い当てられ、切臣は目を見開く。


「え、お前どうして……」


「どうしても何も、顔にそう描いてありますよ。お猿さんの思考回路は実に単純にして粗雑ですから、手に取るように分かります。少しポーカーフェイスの練習をした方がよろしいのでは? 無駄でしょうけど」


「ぐむむ……」


 いつも通りの毒舌を受けて、切臣は悔しげに唸り声を上げる。

 しかしながら、彼女の言うことは全て当たっているので言い返すこともできず、憮然とした表情で睨み返すことしかできなかった。

 一方のうづきは実に涼しげな顔で、更に言葉を続ける。


「確かに、貴方の気持ちも分からなくもないです。今の貴方の状況は言わば、陸上競技に自動車で参加するようなものですからね。客観的に見れば狡いことこの上ない。卑怯だと感じてしまうのも無理はないでしょう」


「あ、ああ。そうだよ。だから……」


「ですが、卑怯それの何がいけないのですか?」


「……え?」


 それは、予想だにしなかった一言。

 思わず聞き返してしまった少年に、ウサミミリボンの少女は淡々と告げる。


「大旦那様が仰っていたでしょう、魔術師にとって最も重要なものは揺るぎない“強さ”だと。正々堂々を是とし、明確なルールの元で競技を行うアスリートとは根本的に違う。狡かろうが卑怯だろうが、それも含めて当人の実力なのですから、負い目を感じる必要など無いのです」


「…………」


「使えるものは何でも使うくらいの気概がなければ、我々魔術師は魔族には到底勝つことなどできませんよ。━━それは貴方も、よく理解しているはずでは?」


 うづきの言葉を受けて、切臣はこの半年間の出来事を思い返す。

 魔剣士の力に目覚めるきっかけとなった死霊竜アンデッド・ドラゴンや、トンネルに巣食っていたトロールとゴブリンの一味。……そして、破滅のジュリアス。

 確かにあんな邪悪な怪物たちを相手にするならば、卑怯だなんだと言ってなどいられないだろう。だけど、


「……いやでも、それは実戦での話だろ? やっぱり学校でそういうのはダメなんじゃねえか?」


 そう。それはあくまで、実戦で魔族を相手にする場合に限った話。

 このような学校での、それも単なる測定程度で、魔剣士の力を持ち出すのはやり過ぎではないのか。

 そんな疑念が頭を過る。


「ううん、それは違うよ切臣」


 果たしてそれに答えたのはうづきではなく、隣で話を聞いていた蓮華だった。


「学校だからとか関係ない。ブラック級魔術師になるって決めた以上は、どんな時でも全力で戦って実力を示すべきだよ。例えそれが単なる測定だったとしてもね」


「蓮華……だけどよ」


「だけどじゃない。大体さ、ただでさえ切臣は魔術の適性が無いのに魔剣士の力まで出し惜しみするなんて、そっちの方がずっと舐めてると思わない? そんなんじゃブラック級になんて絶対になれないよ」


 エメラルドグリーンの瞳は、強い眼差しでこちらを見据えていた。

 その眼差しには覚えがある。

 切臣が魔術師になることを決めたあの日、模擬戦で見た時と同じ、魔術師としての彼女の目だ。

 その迫力に気圧されてしまい、切臣は言葉を詰まらせる。━━と、その時だった。




 ガタン! という椅子が倒れる大きな音が響き渡った。

 突然の物音に食堂にいた全ての生徒が、音がした方に振り返る。

 切臣たちもまた例外ではなく、そちらに目を向けた。その視線の先には、


「い、いきなり何するんだよ」


 地べたに尻餅を着き、弱々しく抗議の声を上げる小柄で地味な男子生徒と、


「クズの分際で俺に楯突くつもりか? 俺が退けと言ったら、貴様らクズは即座に場所を空けるのが筋というものだろうが」


 居丈高にそれを見下しながら、相変わらず傲岸不遜な言葉を放つ、神林の姿だった。






************************


お待たせして本当に申し訳ないです。

もっとサクサク投稿せねば……



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