第26話 術式適性検査

 滞りなく入学式が行われる。

 学園長である厳志郎の話や、新入生代表に選ばれた蓮華の挨拶(フレインガルド魔術学園には入試が存在しないため、代表は教師陣の談合によって決められる)が予定通りに進んでいく。


「━━以上を持ちまして、新入生挨拶とさせていただきます。新入生代表、竜宮寺蓮華」


 無事挨拶を終えた蓮華が、壇上にて折り目正しく頭を下げる。

 万雷の拍手が場を包み込む中、粛々とした足取りでその場を後にした。


「蓮華ちゃんっていうのかあ。やっぱあの子すげえ可愛いなあ。どうにかしてお近づきに……」


「バーカ、お前なんか相手にされるわけねえだろ。それに竜宮寺っつったら超名門だし、さっきの怖ぇ学園長の孫でもあるんだぜ? 下手なことしたらただじゃ済まねえぞ」


 そんな声がそこかしこから聞こえてくるが、全く気がついていない様子で蓮華は切臣たちのところに戻ってくる。


「よう、お疲れ」


 切臣は小声で一仕事終えた蓮華を労った。


「ほんとだよ。ああもう、すっごい緊張した。何だって私がスピーチなんてしなきゃなんないのさ」


「まあまあ、もう終わったんだからいいじゃねえか」


「ご立派でございましたお嬢様。威風堂々とした見事な立ち居振舞い、このうづき誠に感服致しました。場内撮影禁止なのが悔やまれます」


「はは、ありがとううづき。でもスタンディングオベーションはできれば止めてほしかったかな……」


 蓮華は恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。

 無表情で立ち上がりながら力いっぱい拍手をするうづきの姿は妙にシュールで、ちょっと吹き出しそうになってしまったのだ。


「だから、あいつ一体誰なんだよ。蓮華ちゃんに馴れ馴れしくしやがって」


「いやお前こそどの立場から言ってんだよ。分家の人間とかじゃねえのか? 知らねえけど」


 またしてもそんな声が聴こえてくるものの無視しておく。






 そんなこんなで入学式は幕を閉じ、切臣たちは講堂を後にした。


「それでは次は、術式適性検査を行います。本校舎に戻りますので、皆さんしっかりついて来てください」


 鮫島に率いられるまま、一年A組の面々は再び本校舎に入る。

 ただし今度は三階の教室ではなく、一階にある検査室に向かう。そこは中央の台座に大きな水晶玉が置かれただけの、他に何もない殺風景な部屋だった。


「この水晶玉を用いて、術式適性を検査します。これに手を翳して魔力を注ぐと、その魔力の質に適した術式の属性が色で表示されますので、出席番号順に行ってください」


「あ、あの、術式の属性っていうのは、一体何なんでしょうか?」


 一人の生徒が小さく挙手をして質問した。

 途端、それを聞いた神林がクックッと心底馬鹿にした含み笑いを漏らす。


「そのような基礎すら知らずにこの学園に足を踏み入れるとは、とんだ間抜けもいたものだな。これだからクズはクズだというのだ」


「神林くん、不用意な発言は慎むように。……そうですね、一般家庭出身の方にはあまり馴染みがないようなので、ざっくりと説明しましょうか」


 鮫島はコホン、と咳払いを一つして、


「魔術には大きく分けて、五つの属性が存在します。強化と破壊を司る火属性、封印と治癒を司る水属性、生成と操作を司る土属性、幻影と空間を司る風属性、そして、如何なる系統にも属さない極めて特殊な術式のみが、便宜的に当て嵌められる空属性」


 講義をするように、つらつらと説明を述べる鮫島。

 聞き取りやすく滑らかな声色に、生徒たちは聞き入っている。


「術式適性検査とはすなわち、これら五つの属性が司るどの術式に自身の魔力が適しているかを測る検査なのです。例えば、直接攻撃系の術式に適しているのならば火属性の赤、治癒魔術の才能があるのならば水属性の青という具合にね」


「それじゃあ、適性の無い術式は使うことができないってことですか?」


「いいえ。たとえ適性の無い術式であろうとも、きちんと鍛錬を積めば使えるようにはなります。尤も、適性の無い術式を戦場で使い物になるまで磨き上げるのは非常に根気が必要となるので、あまりお薦めはしませんが」


 言って、鮫島はメガネを指で押し上げる。

 それを聞いて、切臣は耳の痛い思いをしていた。

 何故なら、以前蓮華から『切臣には術式適性そのものが存在しない』と、はっきりと断言されてしまっているのだから。

 そしてそれは、無理を言って教えてもらった魔術の鍛練が、まるで実を結ばなかったことからも如実に現れている。しかし……


「では時間も押していることですし、早速始めましょう。出席番号一番、亜鐘あかねさん。前へ」


「はーい」


 鮫島の点呼に返事をしたのは、栗色の髪をツインテールに束ねた、快活そうな雰囲気の少女だった。

 軽やかなステップを踏んで、水晶玉の前まで躍り出る。


「ええと、これに手を付けて魔力を込めればいいんですよね?」


「はい、そうですよ」


 投げられた質問に軽く頷いて応じる鮫島。

 少女はそれに従い、手のひらを水晶玉に引っ付けて魔力を込める。

 するとどうしたことか、水晶の中に何やらもやのようなものが発生したではないか。

 それは少しずつ蠢き、大きくなり、やがて色を変えていく。

 やがて水晶玉の中に浮かび上がったのは、少し色の薄い緑色の靄だった。


「なるほど、亜鐘さんは風属性の魔術に適性がありますね。幻術で相手を撹乱したり、探知魔術で策敵を行うことなどが得意な後方支援向きの属性です。反面、直接戦闘にはやや不向きですが、火属性の魔術師と組めば素晴らしいパフォーマンスを発揮できますよ」


「お、ラッキー。正直痛い思いして戦うとか絶対嫌だったし、大当たりじゃん」


 少女は結果に満足したようで、陽気に鼻歌を歌いながら元の列へと戻る。

 それを見計らって、鮫島は次の生徒を呼ぶ。


「では次、出席番号二番━━」


 特に大きなトラブルもなく、検査は粛々と進んでいく。

 何人かの生徒が前に出ては水晶玉に手を翳し、その結果に一喜一憂する。そんな光景が繰り返される。




「━━神林くん、前へ」


 そして順番は進み、次は朝から色々な意味で目立っている神林の番になった。


「ようやくか、待ちくたびれたぞ」


 神林は颯爽とした足取りで、水晶玉に近づく。

 手を翳して魔力を注ぎ込むと、水晶玉の中に今までに無い変化が現れた。

 目映いばかりの赤と黄色の光が、煌々たる輝きを発して浮かび上がったのだ。


「ほう、神林くんには火属性と土属性の両方に適性があるようですね。しかもこれほどの強い輝きを放つとは、まさに逸材という他ありません。磨き抜けば、レインボー級に到達することも夢ではないかも知れませんね」


「当然だ、俺を誰だと思っている? 神林家の次代当主だぞ。レインボー級どころか、ブラック級にすら到達できるに決まっている。━━聞け、クズ共!!」


 神林は水晶からクラスの面々へと振り返り、高らかに告げる。


「見たか、これが俺と貴様らクズの実力の差だ。格の低い三流家系の凡俗や、汚らわしい庶民出身のゴミ共には到底辿り着けない高みに俺は君臨している。一体誰が貴様らの上に立つ存在か、その愚鈍な馬鹿頭によく叩き込んでおくことだな!」


 言うだけ言って満足したのか、神林は肩で風を切るように水晶から離れた。

 あまりにも酷過ぎる物言いに、切臣たちは呆気に取られる。


「……あいつ、絶対友達いねえよな」


「うん。ちょっと……いやかなりヤバい人だねあれは」


「よもや由緒あるこの学園で、山猿以下の品性下劣な輩を目にすることになるとは思いませんでした。世間とは広いものですね」


「ついでに俺を罵倒するのやめてくんない? てか、次お前だろ。呼ばれてんだから早く行けよ」


 鮫島がうづきの名前を呼んでいる。

 大きなリボンを頭に付けた少女は、トコトコと前に出て一連の動作を行う。

 水晶に映し出された色は黄色。つまるところ土属性だった。━━と、そこで。




「次は……出席番号七番、黒野くん。前に出て来てください」




 ついに切臣の順番が来た。


「は、はい!」


 若干上擦った声で返事をしながら、切臣はゆっくり歩を進める。

 そうして、大きな水晶玉の傍に立った。


(落ち着け。どうせ、結果は分かりきってるじゃねえか。俺には魔術の才能なんてねえんだから)


 しかし、それでもこうやっていざ目の前にしてみると、心のどこかで考えてしまう。

 もしかしたら、蓮華の見立てや以前行った鍛練のやり方に誤りがあって、本当は自分にも魔術の適性があるのではないかと。

 限りなく可能性の低い考えではあるものの、どうしても期待してしまうのだ。

 

「それでは黒野くん、始めてください」


「わ、分かりました」


 切臣は覚悟を決めて、水晶玉に手を添える。

 目を閉じて意識を集中させ、自身の内側を巡る魔力の流れを、水晶に向けて注ぎ込む。

 例によって、その中に黒い靄が発生した。切臣は固唾を飲んで見守る。その結果は━━


「これは……」


 鮫島が目を見開く。

 発生した靄は何の色も示すことはなく、散り散りに消えてしまったのだ。

 突然の珍事に、クラス中にどよめきが走る。

 尤も、蓮華とうづきだけは落ち着き払った様子だったが。


「黒野くん、もう一度お願いできますか?」


 鮫島に促されるまま、切臣は再び魔力を込めた。

 しかし結果は同じ。折り目正しい男性教師は、メガネを指で押し上げながら言う。


「なるほど、よく分かりました。もういいですよ」


 指示通りに魔力を止める。

 何だかとても嫌な予感がする。いや、ある意味では予想通りの出来事と言うべきか。

 そんな切臣の心中を他所に、鮫島は指でメガネを押し上げながら、言い辛そうに口を開く。


「非常に申し上げにくいのですが……黒野くん、君の魔力には属性が存在しません。如何なる術式にも適性が無いので、魔術師として大成できる可能性は極めて低いでしょう。……残念ですが」


 だがはっきりと告げた。

 切臣の中の僅かに残った望みを、粉々に粉砕する言葉を。


「術式適性が無いなんてこと、本当にあるのか?」


「まあ、あるからこうなったんでしょ。ちょっと聞いたこともない話だけど」


「あいつ終わったな。術式もろくに使えない魔術師とか、雑魚確定じゃん」


 再び周囲が騒然と、切臣の検査結果について言い始める。

 聞こえる言葉は様々。疑問や困惑、そして嘲り。


「ハハッ、これは傑作だ! よもやこのようなクズ以下の無能が、生意気にも学園に紛れ込んでいたとはな! くくく、笑いが止まらん……」


 神林の耳障りな笑い声が、一際大きく響き渡った。






************************


続きはまた一週間以内に。


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