第19話 魔剣士VS十三貴族

 一方、蓮華とうづきもそれぞれ得意の術式を展開し、ジュリアスに攻撃する隙を窺おうとしていた。


「うづき、私たちも切臣の援護するよ!」


「了解致しました」


 蓮華は紫電を身に纏い、うづきは六丁拳銃を構えている。

 切臣だけにジュリアスの相手はさせられない。一刻も早く加勢しなければ。

 だがそんな二人の前に、突如として暗黒回廊が発生した。同時に行く道を塞ぐように、アンデッドたちがぞろぞろと群れをなして出現する。


「雑魚は雑魚同士で仲良く遊んでなぁ!」


 ジュリアスの耳障りな声が届く。

 どうやら奴が喚び出したらしい。切臣と戦っている最中だというのに、何という抜け目のなさだろうか。


「ああもう、こいつらすっごい邪魔!」


「仕方ありません。一度殲滅致しましょう」


「秒で片付けるからね秒で! うづきはそっちお願い!」


「畏まりました」


 蓮華は立ち塞がるアンデッドたちを睨み付け、纏う紫電と化した魔力を更に練り上げる。


いかずちよ━━!」


 唱えると同時、四方八方から掴みかかって来ようとするアンデッドの集団を華麗な蹴撃で蹴散らした。

 弾ける炸裂音と稲妻の残光が後を引く。


「sweep!」


 同じくして、うづきを中心に横一列の円環状に並んだ六丁拳銃から、魔力の弾丸が幕の如く射出される。

 銃口が絶え間なく火を吹き、並み居る亡者共を蜂の巣にしていく。


 しかし、開いた暗黒回廊から次から次へと増援が追加され、蓮華たちは切臣とジュリアスが戦っている方向へまるで近づけずにいた。


「キリがありませんね」


「それどころかどんどん増えてきてる!」


 煩わしげに悪態をつく蓮華とうづき。アンデッドの壁に阻まれ、二人は切臣と完全に分断されていた。




***




 目眩く真紅の軌跡が、視界を悉く蹂躙する。

 その向こうにある白髪の少年の顔が喜悦に歪んでいるのが、弾幕めいた猛攻の中でどうにか見て取れた。


「オラオラオラオラァ! どうしたどうしたぁ!? でけえ口叩いてた割には大したことねえなぁオイ!」


 挑発めいたジュリアスの言葉にも、切臣は言い返す余裕がなかった。息つく暇もない攻撃の嵐を、必死に防ぐので精いっぱいだ。


(クソッ、何だこいつ。めちゃくちゃはえぇ……!)


 どうにか反撃に転じたいが、その隙が生じる気配が全くない。

 あるいは刺突、あるいは振り回しや薙ぎ払い、またあるいは槍以外の足技なども織り交ぜた武芸の数々は極めて迅速にして的確。

 破滅のジュリアスという魔族の、戦士としての完成度の高さが嫌でも思い知らされる。


 強い。

 これが魔界の頂点に君臨する十三貴族の実力。

 文字通り格が違い過ぎる。

 先ほどの小競り合いはこいつにとって、本当に小手調べ以外の何物でもなかったのだ。


「そぉいっ!」


 ふざけた掛け声を出しながら、切臣の足許目掛けて紅槍を突き出すジュリアス。

 切臣はそれを寸でのところで半歩引いて避ける。


(ここだ!)


 槍の穂先が地面に突き刺さったのを見て、好機とばかりに斬りかかる。


「甘えんだよバァカ!」


 だがそれは罠だった。


 ジュリアスは槍を更に垂直に突き立てて切臣の斬撃を柄でいなすと、そのままポールダンスの要領で槍を支柱に身体を回転。

 油断した魔剣士の腹に痛烈な蹴りを叩き込んだ。


「がは……ッ!」


 足が横っ腹にめり込み、あまりの痛みと衝撃で声を漏らす切臣。

 吹き飛ばされるもどうにか体勢を立て直して再び前を見据えて警戒する。ジュリアスは忽然と姿を消していた。


 切臣はぐるりと辺りを見渡して探す。どこにもいない。どこへ行った。

 しかし次の瞬間、少年の背筋に悪寒が走る。

 反射的に頭上を仰ぎ見、




 ━━死が、落ちてきた。




「うおぁああああああああああああああっっ!!!」


 躱すことができたのは、もはや奇跡に近いだろう。


 槍を突き立て落下してくるジュリアスを、切臣はほとんど転がるようにして回避。

 一瞬の後、今まで少年のいたところにそれはした。


 爆撃にも似た轟音が鳴り響き、地面のアスファルトが豪快に砕ける。舞い散る破片すらも衝撃によって、更に細かく断裂していく。

 さながらクレーターじみた惨状の中心で、破滅のジュリアスは槍を地面より引き抜きながら、邪悪な笑みを浮かべて君臨していた。


「避けんのだけは一人前だなぁ。他はてんで退屈だがよぉ」


 紅槍をぶうんと振って土煙を払いつつ、ジュリアスは嘲るように言った。

 切臣は立ち上がり、黒刀を構え直す。忌々しげに歯を軋ませながら、


「……分からねえな」


「あん?」


「そんだけの力があって、何で今さら俺の……魔剣士の力なんかを欲しがるんだ? お前は一体何がしたいんだよ!?」


「また随分とくだらねえ質問だなぁ。でもまあ、何も分からずにくたばるってのも哀れなもんだからなぁ。いいぜぇ、教えてやるよ」


 白髪の少年は妖しく輝く紅色の瞳を細めて、ツギハギの傷を爪でガリガリと掻いた。

 血が滲むことも構いもせず、真新しい掻き傷を更に作りながら、


「俺様がテメェの力を欲しがる理由? んなモン決まってんだろ。━━全部喰い尽くすためだ」


 歌うように高らかに、そう宣言した。


「全部、喰い尽くす? どういう意味だ」


「そのまんまの意味だよぉ。テメェを喰って力を手に入れたら、まずは目障りな他の十三貴族れんちゅうを喰う。それが終わったら次はそれ以外の魔族ゴミ共を喰う。そうすりゃ魔界の次は人界だぁ。邪魔くせえ魔術師共は全員俺様のランチ確定で、呑気こいてやがる一般人カスも漏れなく下っ端共の餌にしてやる。人界も魔界も全部全部喰らい尽くして、俺様はただ一人の『魔王』として喰いカスと死体と瓦礫の上に永遠に君臨する。━━さぞ綺麗な景色だろうなぁ。想像しただけで笑いが止まらねえぜぇ」


 あまりにも荒唐無稽かつ常軌を逸した内容を、うっとりとした表情で語るジュリアス。切臣は空いた口が塞がらなかった。


 イカれている。狂っているとしか思えない。

 そんな子供じみたふざけた妄想のために、蓮華は殺されかけたというのか。

 そう思うだけで、煮えたぎるような殺意が切臣の中で形作られていく。


「ふざけやがって……」


 刀を握る手に力が籠る。

 こいつは絶対に、放置してはならない存在だ。

 蓮華だけでなく大勢の人が犠牲になる前に、ここで確実に倒さなければ。切臣はそう決意を新たにした。


「へえ、ここまで力の差を見せてやってまだそんな顔するかよ。面白れえなぁお前」


 一方のジュリアスはと言えば、まるで堪えた様子もなく余裕綽々の表情だ。

 しかし突然何を思ったのか、構えを解いて切臣に対して両手を広げた。さながら抱擁を求めるかの如く。


「そんじゃあそんな面白れえお前に、特別格別出血大サービスだぁ。しばらくここを動かねえでいてやるから、俺様に向かって魔剣の能力を使ってみろ」


「何……?」


「今の打ち合いでお前の実力は大体分かったからなぁ。後は、その刀にどんな能力が宿ってるのか見ればそれで終わりだぁ。今はもう滅びちまった魔剣士の魔剣の能力を拝める機会なんざそうあるもんじゃねえし、記念に一つ見せてくれよぉ」


 どこまでもこちらを舐めきった態度で、ジュリアスは言う。

 その姿勢は素人目で見ても分かるほどに隙だらけであり、こちらを誘うブラフでも何でもない素の行動であることが読み取れた。


「テメェ、人をおちょくんのも大概にしやがれ!」


 激昂した切臣は、怒りのままに地面を踏み込んでジュリアスへと突進した。

 されど感情任せの攻撃は容易く見切られてしまい、槍で受け止められる。


「そりゃこっちの台詞だ雑魚。テメェの鈍くせえ技なんざ、俺様はとっくに見飽きたし通じねえんだよぉ。だからなぁ……さっさと魔剣使ってみろやぁっ!!」


「ぐぅっ!」


 再び蹴り飛ばされ、元の場所へと転がされる切臣。

 ジュリアスは苛立ったように舌打ちをした。


「いいからさっさと撃ってこいやぁ。それとも何か? まさか魔剣の能力を使えませんとか言うつもりじゃねえだろうなぁ?」


「ッ!」


 途端、切臣の表情が痛みではない理由で強張った。

 何故ならそれはまさしく、図星そのものだったからだ。


 黒野切臣には魔剣が使えない。

 使い方すら分からない。

 だからこうして白兵戦を仕掛けるしかない。もし使うことができたなら、とっくにそうしていたから。


 切臣のその態度を見て察したのだろう。

 ジュリアスは露骨にがっかりした様子で、大仰にため息を吐いた。


「オイオイオイざけんじゃねえぞぉ。テメェ仮にも魔剣士のくせに、自分が持ってる魔剣のすら分からねえってのかぁ?」


「魔剣の……銘?」


「そっからかよつくづく期待外れだなぁ。魔剣士が魔剣の能力を使うには、その魔剣に宿った銘を唱える必要があんだよぉ。尤もその様子じゃあ何も知らねえみてえだけどなぁ」


 魔剣の。そんなものが存在するなど、切臣は想像すらしていなかった。

 それを知ることさえできれば、魔剣の能力を使うことができるようになるのだろうか。しかし一体どうすれば……


めだぁ」


 と、考え込みそうになった切臣に、気怠そうなジュリアスの声が届く。魔剣士はハッと向き直った。


「まさかここまで論外だとは思わなかったぜぇ。こうなりゃさっさとテメェぶち殺して、そのまま喰って終わりにしちまうかぁ。なあオイ」


 吐き捨てるように言って、ジュリアスは紅槍を頭上に掲げた。


「せめてもの情けだぁ、俺様の本気の一撃でサクッとあの世に送ってやるよぉ。光栄に思うんだなぁ」


 するとどうしたことか。

 掲げられた槍が妖しい輝きを放ち始める。同じくして、これまでとはまるで異質で不気味な魔力が、白髪の少年を中心に渦を巻き始めたではないか。


(何なんだこれ……すげえ量の魔力が、あいつに向かって集まってやがる!)


 何かが来る。何か、途轍もなく恐ろしいものが。


 切臣の生存本能がひっきりなしに警鐘を鳴らしている。逃げろ。何としてでも身を守れ、と。

 それに従い、切臣は黒刀を構えて防御の姿勢を取った。何が来ても即座に対応できるように。




 ━━しかし、それは悪手であった。





 ジュリアスが獰猛に笑う。

 紅槍の輝きがますます不気味さを増していく。

 切臣は一瞬たりとも油断しないよう、瞬き一つせずに待ち構える。そして、


「━━血槍瀑布けっそうばくふ




 瞬間。

 眼前を鮮やかなあかいた。




 ジュリアスの背後に展開される、幾十もの紅い槍。それが一斉に切臣へと狙いを定めた。

 白髪の少年は手にした槍を旗のように振るい、宙に浮かぶ無数のそれに号令を出す。その様子をまるでスローモーションのように、切臣は呆然と眺めていた。

 無数の槍が降り注ぐ。対してこちらは刀一振り。戦うことすら無茶な話。


 だから、次に起きたことは必然だったのだろう。


 音さえも置き去りにして。

 黒野切臣の身体は夥しい刃に呑み込まれる。

 抵抗さえ儘ならずに斬り裂かれ、突き刺され、全身をズタズタにされて血溜まりの中へと倒れ伏した。


 声を上げる暇すらない。

 あまりにも一瞬で、呆気ない結末。


「……いくら魔剣士の力があろうが、所詮はただの人間のガキ。この俺様の敵じゃなかったなぁ」


 酷く淡々とした声が夜の山道に木霊する。

 コツンコツンと足音を響かせながら、アンデッドの王は地に伏せる魔剣士へと言い放った。


「何、別に恥じる必要はねえ。当然の結果ってやつだぁ。お前と俺様とじゃあ、そもそも魔族としての格が違うんだからよぉ」


 ピシャリと地面に広がる血を踏みつける。

 それは勢いよく飛び散って、ジュリアスの頬に一滴跳ねた。

 白髪の少年は自身の頬に付着した血液を舌で舐め取ると、恍惚の笑みを浮かべて告げる。


「理解できたかなぁ、クソザコ魔剣士くん? そんじゃあそろそろ諦めて……俺様の餌食になりな」


 その言葉に対して、返事がされることはなかった。






************************


続きは明日の20時に投稿します。


このお話が少しでも気に入って頂けたなら★評価、♥応援、フォロー、感想何でも良いのでよろしくお願いします!!

励みになります!!


★評価用のページです! お気軽に押してください!

レビューや感想が頂けるともっと嬉しいです!

https://kakuyomu.jp/works/16817330648653038934#reviews

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る