第18話 破滅のジュリアス

「破滅の、ジュリアスって……まさかそんな……」


 ややあって、蓮華が搾り出すような呻き声を上げた。

 その声は恐怖に震えていて、傍目からも怯えていることがはっきりと見て取れる。形の良い唇を戦慄かせながら、


「何で十三貴族の一角がこんなところにいるの!?」


「十三、貴族……?」


 聞き慣れない言葉に切臣が首を傾げる。

 隣で身構えるうづきが、やはり信じられないという様子でその疑問に答えた。


「現在の魔界の頂点に君臨する、十三体の極めて強大な力を持った魔族の総称です。魔剣士と竜が衰退したことで支配者のいなくなった魔界の覇を競い、新たなる『魔王』の座を奪い合っていると聞きますが……」


「ご丁寧に説明どうもぉ。さっすがよくオベンキョウしてんじゃねえか。誉めてやるぜおちびちゃんよぉ」


 少年━━ジュリアスが、皮肉たっぷりにへらへら笑って肯定する。

 切臣はこれ以上ないほど警戒心を強め、改めてジュリアスの方へと向き直った。


 魔界の頂点に君臨する存在。

 今自分の目の前にいる少年がまさしくそうだと言われてもあまりピンと来ないが、それでも一つだけ確かに分かることがある。




 こいつはヤバい。




 昨日の死霊竜アンデッド・ドラゴンや、先ほどのトロールなど比較にもならないプレッシャーをひしひしと感じる。

 一瞬たりともあの白髪の少年から目を離すなと、本能が警鐘を鳴らしていた。


「……その十三貴族とやらが俺らに何の用だ。こっちはテメェみたいなのに絡まれる筋合いはねえぞ」


 震える唇を必死に動かして、切臣は言った。

 単純に疑問に思ったからでもあるが、それ以上に万が一にもこいつの矛先が蓮華たちに向かないよう、こちらに注意を逸らす意図があった。


「ノンノン。それが大有りなんだよなぁ」


 そんな切臣の内心など知る由もないジュリアスは、チッチッと指を振りながら問いに答える。

 そのまま、人差し指を切臣へと向けて続けた。


「何故って顔してんなぁ。いいぜぇ、教えてやるよガキ。━━答えは簡単、お前が俺の狙ってた魔剣の欠片を横取りしてくれやがったからだよぉ! こっちとしちゃそれだけで十分過ぎる筋合いになんだよなぁ!」


「はぁ? 何の話だそりゃ」


「とぼけてんじゃねえぞコラ。俺様の可愛い可愛い空飛ぶ腐りかけトカゲちゃんをさんざ虐めてくれやがったこと、忘れたとは言わせねえからなぁ?」


 その言葉を聞いた瞬間、切臣の身体に電流が走った。


 思い返すのはつい昨日の夜、自分の身に降りかかった恐ろしい災厄。

 通い慣れた学舎に出現した怪物の手によって自分の、そして蓮華の命が脅かされた忘れようもない事件の真新しい記憶である。


「待てよ、じゃああの化け物を蓮華にけしかけたのは……」


 恐る恐る、切臣は尋ねる。内心ではその疑念に半ば確信を持ちながら。

 ジュリアスはそれに酷薄な微笑を以て返した。


「察しが悪りぃなぁ。でもまあそれで正解だよ。その昔、魔界全土を支配下においてたっつう魔剣士が所有していた魔剣の欠片。そいつを人界の竜宮寺って魔術師の一族が魔除け代わりにしてるって話を聞いてよぉ。だからわざわざうぜぇ結界抉じ開けて下っ端共に取りに行かせたのに、結果は大失敗。それだけならともかく、よりによってその辺のクソガキに掠め取られちまったってんだからお笑い草だぜぇ。だからこうして俺様が直々に出向いてきてやったんだけどなぁ」


「生憎ですが、お目当てのものなら既に存在しませんよ。そこの山猿が平らげてしまいましたから」


 と、うづきが切臣にジト目を向けつつ、二人の会話に割り込んだ。

 そう。ジュリアスが狙っていたという魔剣の欠片は、もうとっくの昔に切臣が食べてしまってこの世に存在しない。今さら何をどうしようとも、絶対に覆らない事象なのだ。


 しかし、白髪の少年は怪訝そうに眉根を寄せて、


「ああ? 何言ってやがる。


 槍の穂先を突き付けるようにして指し示す。果たしてその先にいたのは切臣だった。

 ぎょっと目を剥く一同など意にも介さず、ジュリアスは心なしか上機嫌になりながら続きを喋り出す。


「確かに最初に俺様が探してた魔剣の欠片はそいつに食われちまったがよぉ、よく考えてみりゃあ欠片どころじゃねえが目の前に転がってんじゃねえか。ならそいつを頂かねえ手はねえよなぁ?」


「ちょっと待って。あんたまさか……切臣を食べるつもりなの!?」


 理解できないものを見る目で、蓮華が訊いた。

 しかし、それこそがアンデッドという魔族が持ち得る最大の種族特性である。

 人間や魔族の血肉、あるいはそれに類するものを捕食することによって、自身の魔力を高めることができる。喰えば喰うほど強くなれるという。


 単に人間や他種族の肉を食糧として好むというだけならゴブリンやトロールなどもいるが、このような性質を持っているのはアンデッドのみ。


 そんな彼らにとって、魔剣士の魂の結晶として膨大な魔力を秘める魔剣の欠片は、喉から手が出るほど欲しい極上の餌なのだ。

 何しろただ喰らうだけで、強大な力を手にすることができるのだから。

 そしてそれは、魔剣士そのものもまた変わらず。


「当然。何しろこの俺様の獲物を横取りしたんだ、それくらいの落とし前は付けて貰わねえとなぁ」


 舌舐めずりをしながらジュリアスは紅槍を軽く振って、悠然と構えを取る。


「元人間の魔剣士ってのはどんな味がすんだろなぁ。楽しみ過ぎて今から涎が止まんねえぜ」


 それを聞いた切臣もまたゆっくりと立ち上がると、ツギハギ顔の少年に鋭い眼光を向けた。


「上等だよ。こっちこそ、蓮華を一度殺されかけた礼をしてやらなきゃならねえからな。ボコボコにぶちのめして土下座させてやる」


「お、やる気かぁ? いいねいいねぇ、やっぱそうこなくっちゃなぁ! せいぜい楽しませてくれよ?」


 ジュリアスから禍々しい魔力が迸り、感じるプレッシャーがますます強くなる。

 だが切臣はもう動じない。倒すべき敵をまっすぐ見据えると、胸に手を当てて厳かに唱え上げた。

 自身に眠る力を呼び覚ます呪文を。




封印術式シールドコード解除ブレイク━━!」




 闇が収束し、古めかしい軍服と外套マントを形作る。

 現出した腰の刀に手をかけながら、魔剣士は地を強く蹴って、十三貴族へと肉薄した。


「叩っ斬る!」


 刀が抜かれる。斬撃が迫る。

 されどジュリアスは涼しい顔で長物を器用に取り回し、繰り出された凶刃を柄で受け止めた。金属音が鳴り、火花が散る。


「いい踏み込みだぁ、筋はまあ悪くねえ。だがちっと馬鹿正直過ぎんぜ」


「上から目線で講釈垂れてんじゃねえよ!」


 切臣は尚も連撃を仕掛けるも、全て弾かれ叩き落とされる。

 お返しとばかりに顔面を狙って突き込まれた刺突を、辛うじて身を捻り躱した。掠った頬から浅く血が散る。


「気ぃ緩めんのはまだ早ぇ!」


 ジュリアスは伸ばしきった槍を、そのまま横薙ぎに振るった。

 切臣はそれをしゃがんで避ける。そのままアッパーカットの如く、がら空きの胴に逆袈裟の一刀をくれる。


「おっと!」


 されどそれはいかなる反応速度か、人智を越えた肉体能力によって振り切った槍を瞬時に手繰り寄せ、ジュリアスは死角からの襲撃を凌いだ。

 軽くステップを踏んで数歩後ろに下がりつつ、相も変わらずにやついた笑みを浮かべていた。


「まあ、最低限は動けるみてえだなぁ。そんじゃ小手調べはここまでにして、そろそろ本気で行かせてもらうとするかぁ」


「好きにしろよ。返り討ちにしてやる」


「その減らず口もいつまで保つかなぁっ!!?」


 それを合図に、再びぶつかり合う黒刀と紅槍。

 二体の魔族の激突は、ここに来て更に激しさを増していく。






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こいついつも何でこんなところにって言ってんな。

続きは明日の21時頃に投稿します。


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