第17話 強襲

 修行という名の実地訓練は滞りなく終了した。

 一行は黒塗りの高級車に乗り込んで、山道を走行していた。

 来た時と同じように、厳志郎とうづきがそれぞれ運転席と助手席、切臣と蓮華が後部座席に座っている。

 もうすっかり陽が落ちきっていて、他の車がまるで通る気配のない広い山道には、月明かりだけが煌々と降り注いでいた。


「はぁ……なんかどっと疲れた……」


 切臣が大仰に息を吐きながら、ポツリと呟く。すっかり憔悴した様子だ。


「情けないですね。もう少し体力を付けてはいかがですか?」


 そんな少年をバックミラー越しに睨めつけながら、すかさずうづきがそう言った。


 相変わらずの強い言い方だが、言葉尻は若干柔らかくなっており、刺々しさも幾分か緩和されている。今回の実地試験を通じて、少しは切臣と打ち解けることができたようだ。


 運転をしている厳志郎が、微笑ましそうに軽く笑いながら助け船を出す。


「いや、恐らくその疲労は肉体的なものではなく、精神的なものだろう。なあ切臣くん?」


「あ、はい。多分そうだと思います」


「無理もないさ。実質的に、今日が初めての実戦だったのだからね。それに」


 と、一呼吸おいて、


「被害者たちのことを気にしているのだろう?」


 気遣わしげな声色で問いを投げる。

 核心を突かれ、切臣は気まずそうに目線を下げた。


 被害者たちとは言わずもがな、例のトロール一派の餌食にされてしまった大学生と警官たちのことだ。

 彼らの遺体は損傷がかなり激しく、首飾りにされていた頭蓋骨と僅かな服の切れ端程度しか残っていなかった。

 曰く、あとは魔導管理協会の事後処理機関の手によって検められた後、遺族の元へ還されるらしい。


「言っておくが、彼らの死に対して君が負い目を感じる必要などどこにもないぞ。あのトンネルに奴らが潜伏していることが判明したのは今回の事件が発生したからだし、そもそもその時点では君はまだ普通の人間だったんだ。どうすることもできなかったさ」


「それは……そうですけど……」


「魔術師の世界ではこのようなことは日常茶飯事だ。もちろん救える命は救うが、既に起きてしまったことでいちいち気に病んでいたら精神が保たん。あまり考え過ぎるんじゃない」


「そうだよ切臣」


 と、隣に座る蓮華がそこで口を割り込ませてきた。

 切臣がそちらを向くと、微かに差し込む月明かりに照らされたプラチナブロンドが、極め細やかな輝きを放っているのが見える。


「むしろ、切臣のお陰でもうあいつらに食べられる人がいなくなったんだから、あんたは胸を張るべきだよ。切臣がいなかったら私やうづきも危なかったかもだし」


「業腹ではありますが、それは認めましょう」


「お前ら……」


 助手席のうづきもまた、蓮華の言葉を肯定する。蓮華はにっこりとした大輪の笑顔を浮かべて、


「カッコ良かったよ。さっきの切臣」


 瞬間、自身の顔が熱くなるのを切臣は感じた。

 何だか面映ゆい気分になり、所在なさげに頬を掻きながらそっぽを向く。


「お前なあ……真顔でそういう恥ずいこと言うのマジでやめろよ」


「えー、いいじゃん。照れてる切臣見るの面白いもん」


「面白いって」


 ケラケラと笑う蓮華に、切臣は呆れた声を出す。

 だが、お陰で沈みがちだった気分がだいぶマシになった。切臣は僅かに頬を綻ばせる。


 もっと強くなろう。


 蓮華を守ることはもちろん、あんな凶悪な魔族に脅かされる人たちを、少しでも多く救うことができるように。少年は改めてそう決意した。


(あ、そういえば)


 そこでふと、今日の朝に蓮華に尋ねようと思って結局訊きそびれていたことがあったのを、切臣は思い出した。


 魔剣の能力の使い方である。

 先ほどのトロールとの戦いではそのようなことを試す余裕などなかったし、そもそも完全に頭から抜けていた。

 今ならば厳志郎もいることだし、訊くにはうってつけの状況かも知れない。そう思い、前に向き直って口を開こうとした、その時。


「……ん?」


 車の前方、数十メートル先の道路に、誰かが立っているのが見えた。

 相当遠くの直線上にいるため詳細な格好までは分からない。しかし、それを前提としても理解できるほどに、実に奇妙な出で立ちをしていた。


(何だあいつ。あんなところで何を……)


 夜の中でも遠目で見えるくらい真っ白な髪の毛に、何か長い棒のようなものを肩に担いでいる。

 最初は物干し竿か何かかと思った。しかし、近づくにつれてその形や色合いが段々はっきりしてくる。

 漫画やゲームなどではよく見慣れているが、実生活ではまず目にすることがないはずのもの。

 長い棒の先に、鋭い刃が付いたシルエット。




 ━━血のように、紅い、槍が。




「全員すぐに車から降りろ!!」


 途端、今まで聞いたこともないほど切迫した厳志郎の声が車中を満たした。

 それが意味することが分からぬうちに、切臣は隣の蓮華に首根っこを掴まれ、車外へと引っ張り出される。

 厳志郎とうづきもまた、走行中の車から躊躇いなく飛び出していた。


 まるで時が止まったような一瞬。

 切臣は自分が乗っていた車へと目を向ける。


 次の瞬間。

 おぞましい轟音と共に、鋼鉄の車体がバースデーケーキの如く、真っ二つに両断された。


「なっ!?」


 切臣が驚きの声を上げる。

 遅れて、切り分けられた高級車が派手な音を立てて爆発した。爆風に煽られ、地面を転がる。

 アスファルトに叩きつけられた激痛に息を詰まらせつつも、切臣はごうごうと煙を上げて燃え盛る炎の方を見た。微かな人影がその向こうに揺らめいている。


「まあ、さすがにこれくらいは避けるよなぁ。でなきゃ面白くねえ」


 爆炎を槍で振り払いながら、人影が姿を現す。

 その正体はまだ少年だった。

 年の頃は恐らく、切臣たちとほとんど変わらないだろう。だがあまりにも不可思議な格好をしている。

 中世風の時代錯誤な貴族服と、その上から纏った分厚く白いロングコート。

 白骨のように真っ白い髪の毛の下にある顔には、大きなツギハギ状の傷跡が横たわっていた。


 ギョロリと、少年は眼球だけを動かして周囲を見渡す。そうして切臣の姿を真紅の瞳に映し出すと、口が裂けんばかりの不気味な笑みを浮かべた。

 切臣の背筋に、身の毛もよだつ悪寒が走る。


「よぉ、テメェが噂の魔剣士くんかぁ。確かにゲドの野郎にはちと荷が重そうだなぁ」


「貴様━━!」


 厳志郎が少年に対して迎撃体勢に入る。

 しかし少年はそちらに目を向けもせずに、端的にこう告げた。


「悪りぃが今アンタの相手してる暇はねえんだわ、ブラック級魔術師さんよぉ。ちっとばかし大人しくしててくれや」


「むぅっ!?」


 言い切ると同時、厳志郎の足元に魔法陣が出現する。

 そしてその中から溢れ出た黒い泥のようなものが厳志郎の身体を一瞬で呑み込み、巨大な球体となった。


「お爺ちゃん! 何あれ、結界!?」


「いえすおふこーす。捕捉さえすりゃあブラック級だろうがハイこの通りの優れモンだぜぇ。一度に一個しか展開できねえのが難点だけどなぁ」


 蓮華の疑問に答える形で、少年が愉しげに言う。

 球体に閉じ込められた厳志郎はうんともすんとも言わない。果たしてあの中はどうなっているのか。


 だがそんな想像をする間もなく、少年が再び動き始める。アスファルトを踏み締める音がやけに大きく残響した。


「さあて、そんじゃああんまり時間もねえことだし、チャチャッと自己紹介させてもらおうかねぇ」


 言って、少年は鷹揚に両手を広げた。

 まるで舞台上で挨拶でもするかのように、芝居がかった振る舞いで高らかに歌い上げる。




「初めましてお集まりの皆々様ぁ。俺様の名は破滅のジュリアス。この度一身上の都合によりぃ、そこの魔剣士のガキをぶち殺して差し上げに参りましたアンデッドの王様でぇす。━━別に覚えなくてもいいぜぇ? どうせすぐに全員纏めて、俺様の胃袋に収まんだからよぉ!」




 灼熱の業火を背に、白髪の少年が笑う、嗤う。

 唐突に姿を現した強烈な悪意に、切臣たちはただただ圧倒され、身動きが取れずにいた。






************************


続きは明日の20時に投稿します。


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