第5話 アンデッドとの戦闘
時は少し戻る。
蓮華は祠のある体育館裏から、正面の校庭に移動していた。
彼女の周りには呻き声を上げるアンデッドの群れが、取り囲むようにしてゆらゆらと佇んでいる。
やがてそのうちの一体が、猛然と牙を剥いて襲いかかってきた。
「
蓮華はすかさず迎撃。前に突き出した手のひらから、瞬くような紫電が迸る。
それは一筋の雷光となりて、迫り来る亡者の肉体を容赦なく焼き焦がした。
しかしアンデッドの数は全く減らない。それどころか、次から次へと暗黒回廊から出現して、増える一方である。
「黄泉八雷 霹靂轟劫 怨霊散滅 凶魔調伏
呪文を唱えると、今度は青白い稲妻が、蓮華の身体を包み込むようにして帯電を始めた。その様相に何かを感じ取ったのか、アンデッドたちは今度は一斉に飛びかかる。
されど、その穢れた爪先が、蓮華の珠のような柔肌に触れることはなかった。彼女の姿が忽然と消えたからだ。
さながら雷そのものと化したような、目にも止まらぬ高速移動。
全身に帯電する稲妻をばちばちと鳴らしながら、あるいは手刀、あるいは蹴りで、並み居る亡者共を一息に薙ぎ払う。
竜宮寺家伝来の秘技『
それは本来ならば外界に向けて放出するべき雷撃魔術を自らの身に纏い、そこに様々な武技や体術を織り交ぜることによって、単なる肉体強化とは比べ物にならない超人的な攻撃速度を得るというもの。
口にしてしまえばこそ簡単なようだが、少しでも制御を誤れば自分自身を黒焦げにしてしまいかねないため、十全に使いこなすには相当な魔力制御の鍛錬が必要となる。
蓮華はこの五年間、死に物狂いでその鍛錬を積んできた。
現在の彼女にとって雷鳴は何よりも慣れ親しんだ存在であり、もはや自身の肉体の一部と言っても過言ではない。
「次から次へと……てか、一体どうしてこんな急に、こんだけ大量の魔族が溢れ出てくんのよ!」
魔術を行使しながら、未だ数を増やし続けるアンデッドたちを見据えて、蓮華は先ほどから感じていた疑問を口にする。
魔除けの術式が壊れ、魔剣の欠片が剥き出しになった。ならば彼らの狙いは十中八九、現在蓮華の懐に仕舞われているそれだろう。
だがそれでも、魔除けが解けてからこれほどすぐに、示し合わせたかのように出現するものだろうか。
そこがどうにも引っ掛かる。あまりにタイミングが良すぎるのだ。何者かの作為すら感じるほどに。
「まあ、そんなこと今は気にしてもしょうがないか!」
と、蓮華はそこで強引に思考を打ち切って、再び前へと向き直った。
結論を出すのは後回し。とにかくまずは目の前のアンデッドたちを一掃するのが先決だ。
蓮華は魔力を練り上げ、地面を蹴る。
眩いばかりの閃光が四方八方に筋を描いて、亡者の群れを容赦なく蹴散らしていく。
どれくらいの時間そうしていただろうか。やがて蓮華は、ピタリと動きを止めた。あれほど大量にいたアンデッドが、突如打ち止めとなったのだ。
夜の校庭に再び静けさが戻る。蓮華は改めて辺りを見回したが、もはやアンデッドなどどこにもいなかった。
「終わった……?」
一瞬、気が緩み、術式を解除する。
━━それが命取りだった。
直後、一際巨大な振動と、激しい轟音が鳴り響いた。
蓮華は弾かれたように頭上を見上げる。そうして今度の今度こそ、言葉を失った。
空に巨大な暗黒回廊が開いている。その奥に感じるのは、先ほどのアンデッドたちとは桁違いの濃密な魔力。
蓮華はそこから目が離せない。やがて、ずるずると音を立てて、それは回廊の向こうから姿を現した。
「そんな……」
その正体を見て取って、蓮華は驚愕に息を呑む。
「何で、何で
ボロボロの両翼。腐り落ちそうな鱗。悪臭漂う吐息。焦点の合ってない混濁した瞳。全長およそ5メートルほどの、種の中では比較的小柄なシルエット。
竜の屍に邪悪な魔力が宿ることで生まれる、アンデッドの中でも特に強力な種類である。
知能は低く竜の固有特性であるブレスも吐くことができないため、本来の竜よりも強さは遥かに劣るが、それでも通常は
ぎょろりと、
それなりの距離があるにも関わらず、その白濁の目は寸分違わずこちらを捉えている。
目当てのものを見つけたかのような視線を受けて、蓮華の背筋に怖気が走った。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
蓮華は咄嗟に、自らの全面に魔力障壁を展開。一瞬の後、竜の鼻先と障壁が衝突する。
「きゃあっ!?」
あっさりと力負けし、蓮華は後方に大きく吹き飛ばされた。その際、背中を強打してしまい、あまりの痛さに息が詰まる。
ズシン、と地響きが鳴った。
見上げるとグズグズに崩れた竜の顔が、こちらを静かに見下ろしている。
だがそれも一瞬。
やがて
蓮華は奥歯を噛み締め、ただ己の無力を呪った。
目尻に涙が浮かぶ。まだこんなところで死にたくないのに、ここから逃れる術が思い浮かばない。
「切臣……」
代わりに浮かぶのは、世界で一番大切なあの少年の姿。
「こんなことなら……言っておけば良かったな……」
自嘲気味に呟く。
今となってはもう遅い。自分の命運はこれまでなのだから。
そうして
「蓮華ぇえええええええええええええええええっ!!」
たった今、思い描いていた少年の声が、どこからともなく聞こえてきたのは。
***
自分がどこにいるのか分からず、足許が崩れ落ちるような錯覚を覚える。
黒野切臣は重く垂れ込める胃袋のむかつきをどうにか抑えながら、ただ茫然と立ち尽くしていた。だらしなく開けられた口からは、声にならない声が漏れている。
(何だよ、あれ……)
中学校の校門前。
夜の町を駆け抜けてようやくここまでたどり着いた切臣の瞳に飛び込んできたのは、あまりにも異様な光景だった。
途轍もなく巨大で醜悪な怪物が、校庭の中心で唸り声を上げている。
グスグズに腐り落ちた肉体は吐き気を催すくらいにおぞましく不気味で、漂う悪臭は嗅ぐだけで背筋が凍る気分になる。
生気のない白濁した瞳はまだこちらに気づいていないようだが、こればかりは幸運だったと思わざるを得ない。
もしもあれと目を合わせてしまったら、きっと自分は正気を保つことはできないだろう。
(まさか、あれが魔族……なのか? あんな気持ちの悪い化け物が……)
両膝がガクガクと震えることも厭わず、切臣は胸中でそう零す。
蓮華の身が危ないかも知れない。もしもそうなら彼女の助けになりたい。ただその一念のみを抱えてここまで来た。
だけど、そんな生半可な気持ちなど容易く塗り潰してしまうほどに、目の前の存在は圧倒的なまでに絶望的だった。
初めて生で見る魔族の姿は、動画サイトの映像などで見るものとは比較にならないほどおぞましく気味が悪かった。
怖い。逃げたい。無理だ。あれには勝てない。こんなところに来るんじゃなかった。
後悔と恐怖がない交ぜになった厭な感情が、少年の心を急速に蝕んでいく。
生物として当然に備わっている生存本能が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
それに従い、切臣は足を半歩後ろへと下げる。
無意識のうちの動作。されどそれはまさしく、この場において最も正しい行動だろう。
もとよりあのような怪物を前にして、一般人の自分にできることなど何もないのだから。気づかれないうちにこの場を離れるのが最善の手だ。
しかし。だけど。
「切臣……」
不意に。そんな呟きが耳朶を叩いた。
聞き覚えのある声を聞いて、切臣は我に返る。
そうしてようやくそれに気づいた。怪物の足許に倒れ伏し、今にも襲われそうになっている誰かの姿に。
夜の闇に隠れていて、顔はよく見えない。
しかしながらその中において尚も目映く輝く、赤い組紐と淡いプラチナブロンドが、その正体をはっきりと教えてくれた。
竜宮寺蓮華。
今まさに化け物の餌食になりかかっている誰かこそが、切臣が探していた少女なのだということを。
それを理解した途端。
黒野切臣の中で何かが弾けた。
「蓮華ぇえええええええええええええええええっ!!」
切臣は叫ぶ。力の限り。
そうして校門の柵を飛び越え、校庭へと侵入する。
手に握っているのは途中で拾った鉄パイプ。こんなものでもないよりはマシかと思い、持ってきたのだった。
こちらに気づいた怪物と蓮華が、同時に振り返る。
切臣もまたそちらに向かって、猛然と踏み込み駆け出した。
怪物の目がこちらを捉える。
その瞬間、言い様のない悪寒が背筋を駆け昇った。
毒蛇のような恐怖に心臓を鷲掴みにされ、駆け出す足が止まりそうになる。
しかし少年は止まらない。
恐怖は確かにある。だがそれ以上に、灼熱の業火の如き憤怒の方が勝った。
あのような醜い化け物が、蓮華の命を奪おうとしているのが、堪らなく我慢できなかったのだ。
「切臣、ダメ! 逃げて!」
蓮華からの制止の声が響き渡る。だが遅かった。
「おおおおおおおおおおああああああああああああああああああッッ!!」
切臣は鉄パイプを振りかぶる。
全国大会決勝ですら出せたことがないほどの、奇跡と呼んでも良いくらいに理想的な一撃。天才剣士が繰り出す神がかり的な剣技と、
激突。勝敗は火を見るより明らかだった。
鉄パイプは何の役にも立たず粉砕され、尾は容易く少年の懐に潜り込む。
それでおしまい。
直後に。
ぐちゃり、という生々しい音が鳴り響き、黒野切臣の胴体に極大の風穴が空いた。
************************
このお話が少しでも気に入って頂けたなら★評価、♥応援、フォロー、感想何でも良いのでよろしくお願いします!!
励みになります!!
★評価用のページです! お気軽に押してください!
レビューや感想が頂けるともっと嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます