AIだから「感染」しない——「Vivy -Fluorite Eye's Song-」の捻くれた表現

 かくして、一本目に見つけたのは「Vivy -Fluorite Eye's Song-」だった。プライム・ビデオのアプリが何度も私に勧めてくるので根負けする形で見ることになったのだが、音楽アニメを散々見てこなかった自分にはおそらく縁が遠いタイプだと思って、今までなんとなく見なかった。が、フィルターバブルによる推薦もとい支配(?)にいよいよ屈し、第一話から一晩で全部見る。舞台は2061年4月11日、稼働を開始して1年目を迎えようとしていた自律人型AIヴィヴィは「歌でみんなを幸せにする」使命の為、テーマパーク「ニーアランド」のステージで歌っていた。そこへ、100年後の未来からAIのマツモトが転送されて来る。マツモトは100年後の【AIによる人類抹殺事件】を阻止する為、ヴィヴィに協力を求める。ヴィヴィは不審に思いながらも、AI史の転換点を修正する《シンギュラリティ計画》に協力する——。


 100年のスパンで物語を描いている本作は、AIゆえ感情を持たないヴィヴィがいかに「感情をこめて歌を歌うのか」を主題にしたアニメだ。物語では12話を、物語時間でいうと100年間をかけて人類を救う中での彼女の成長が描かれる。歌で人を幸せにすることと自身の使命としながら「歌で人を幸せにするとは何か」と悩む彼女は、物語冒頭時点ではニーアランドの片隅で、誰もほぼ誰もいないステージで歌うだけだった。しかしながら、100年という歴史の中で、彼女の歌は次第に彼女を大きな舞台へと連れ出していく――彼女が抱える苦悩そのものは、一切解消されないままに。物語途中でのある転機によって一時的に彼女は「心を込めて歌う」こととは何かを理解すしかけるが、手に入れたわずかな手がかりさえも最終的には手放してしまい、彼女の問いは最終回に至ることではじめて、生み出されていくことになる。ここで注目すべきなのは、彼女自身が抱える「歌で人を幸せにするとは何か」「心を込めて歌うとは何か」という苦悩の日々の一方で、彼女を取り巻く社会は彼女を一躍トップスターへと持ち上げようとする。そのギャップだろう。自身の目的と意思を十分に理解できないまま歌を歌う彼女は、それでもそれが「使命」であるがゆえに歌う。彼女の成長物語における強烈な転換点が物語中盤にはあるのだが、それを差し引いてもなお、音楽を聴衆の前で演奏することがまるで許されなかったこの数年間の現実社会の変化を前にして、自分自身の意思に関せず「使命」としてトップスターへとのし上げられたヴィヴィの苦悩を描くというのは、もはやそのような苦悩さえ抱くことのできなかった私たちへの皮肉ではないだろうか。


 こうした過程が「人間」でなく、ウイルスに感染しない「AI」、その中でも「ヴィヴィ」という存在を通して描かれている点は、この皮肉をさらに多層的にしているように思える。機械がウイスるに感染するとすれば、それは「コンピュータウイルス」だろう。アニメの終盤ではAIたちがまるでウイルスに感染したかのように、延々とヴィヴィの作ったフレーズを口ずさむ不気味なシーンが登場する。そんななかでも、100年の時を旅してきたヴィヴィとマツモトだけは、感染してもおかしくない状況下でも感染することがなかった。100年かけて人類を救うという《シンギュラリティ計画》に選ばれてしまったヴィヴィは、図らずしも人類救済の舞台に立たされる。その様相はある意味で、彼女自身の苦悩を解決することなく、図らずも大きな舞台へと彼女を連れて行った聴衆と同じだろう。そうした過程を画面上で見ている我々はといえば、そもそも「ステージ」にすら立たせてもらえていない。彼女の意図するところの範囲外で展開される数多くの出来事の連鎖、偶然性の数々。自粛によって何も許されなくなった我々には、もはや彼女のような「偶然」に出会う機会すら、奪われているのかもしれない。


  余談だが、本作の脚本は長月達平と梅原英司の二名で、キャラクターデザインは昨冬にnoteで公開したサマーゴースト論の監督だったloundrawによるものだ。何とも偶然というべきなのか否か、あるいは、私の関心が結局そっちに向かっているだけなのかもしれないが。

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