第9話 シルヴァリオン鹵獲命令

「ユウキ! 何かあったのか? 大丈夫かあ!?」


 動きがないため、レインドが心配し大声を上げている。


『 大丈夫よ、データ……えっと、調整をしてただけよ』


 よかったとばかりに手を振っている姿が、少しかわいいと感じる。


 ほっと一息ついたのもつかの間、警告音がコックピット内に鳴り響く。


 < 接近警報 全長10mを超える移動物体が10。こちらへ接近中。 >


 「種別は!?」


 < 熱源と駆動音からグレムス系列の動きと推測しますが、1個体だけシルヴァリオンと同じ15mクラスです >


『レインド、10機ぐらいグレムスがこっちに来てるらしいの、どうすればいい?』


「争う意志がないことを示すためにその場で待機してくれ! 膝をついて様子を見てほしい」


『了解』


 悠希としても好き好んで人同士で争うつもりなど毛頭ないため、素直に従うことにした。


 「でもちゃんとデータは取得しておいてね、なんだか嫌な予感がするのよ」


 < それは奇遇ですマスター。当機も同じです >


「あら」



 レインドはシルヴァリオンの脛に手を置いて声を漏らしていた。


「あれはアルマナ帝国のグレムス部隊か、旗を持ってるってことは貴族……やっかいな相手に見つかったかもしれない」


 その独り言を聞いていたのか、悠希がシルヴァリオンの手を近づけてくる


『気になるからこっち来て』

「あ、ああ分かった」


 緊張が走る。

 あの機体の中枢に乗り込めるのだ、どのような魔法技術で構成されているのかと思いきや、内部構造に絶句するレインド。


「な、なんだこれは……え?」


 狭いものの、サブシートを想定していた悠希のおかげで、なんとか後ろ側に体を押し込めるが見たこともない機器やモニター、操縦棹らの情報量に圧倒されている。


「ねえ、あなたもこの子の同系機に乗るつもりなんでしょ? だったらコックピットに慣れておきなさいよ」


「確かに……、こいつはいちいち何がどうなってるとか訊いてもしようがない感じだな」


 ただ、唯一分かることがある。なんという座り心地の良い椅子だろう。

 「来たわよ、10機ね。グレムスって統一された規格じゃないのね。国ごとにバラバラなのかしら」


「その通りだ。あれはアルマナ帝国の主力グレムスの部隊だ」


 相変わらずの猫背で前傾姿勢なグレムスという人型兵器。

 悠希的には、人型というよりややゴリラに近い体躯という印象だ。


 『 我らはアルマナ帝国 第17グレムス中隊。指揮官のワズメルである! 其の方らに問う、その奇妙なナイトグレームの所属はどこであるか!?』


 レインドは状況が自分の予想よりも、遥かに悪いほうへ向いてきていると判断した。


『こちらはリシュメア王国グレムス傭兵部隊所属 レインド・バンスレード。試作中のグレムスの起動テストを実施中であり、本隊の許可はとってあります』


 グレムスの中で唯一マントを付けた機体があったが、それに隊長のワズメルが搭乗しているであろうことは悠希にも理解できた。

 

 『……』


 コックピット内で悠希が低い声で囁いた。

 ひどく知的な印象が滲む艶のある声には、妙な色気を感じるレインド。


 「嫌な予感がする、ちゃんとシートベルトはつけたわね?」

 < 装着確認しておりますマスター >


 これがプロなんという、自律精霊のようなものだと教えてもらった声かと、呆れるばかりのレインドだったが、アルマナ帝国軍のグレムスがシルヴァリオンを包囲しようと散らばり始めていた。

 既に半包囲するまでになっていた。


 『貴様ら聞いたな? 起動試験であれば、我らが接収しても問題あるまい。そこの搭乗者よ、すぐに機体から降りてそのハリボテを我らに引き渡すがいい!』


 「あいつぅ! 私のシルヴァリオンをハリボテ呼ばわりした!」

「落ち着いてくれ悠希、なんとか説得してみるから」

「あっちはやる気みたいよ、包囲して拘束するつもりね、ふふふ私のシルヴァリオンに舐めた真似してくれたわね!」


 『この機体を渡すわけにはいかない。なんとか引いてもらえないだろうか? 帝国としてもリシュメア王国と事を荒立てたくはないでしょう?!』


 『この傭兵風情が知ったようなことを聞くな。正規軍ならいざ知らず、傭兵如きの戯言などなかったことにしてくれる。まあハリボテとしての優雅さは認めてやろうというのだ、まあ搭乗員が一人行方不明になったところで魔物にでも襲われたのだろう、ということにしてやる』


 「優雅だって、まあ美的感覚はそこそこあるってことね」


 まったくなんという少女だろう。この状況でまったく臆することなく、動じもしていない。


 「でも嫌だな。いっくらむかつく奴らでも、敵意向けられてもさ、あれって人々を守るために戦うのが役目なんでしょ? あの子たちがかわいそう……」


 「悠希……」

 この状況で、被害を受ける民のことを第一に考えていたというのかとレインドは、思わず体が振るえるのを感じた。しかもそのために消耗品として使い潰されるグレムスにさえ……


 『互いに争えば、ラングワース要塞の守備にも影響するでしょう。ここは穏便に済ませたい』

 『穏便を語るのであれば、すぐにグレムスから降りるがいい。ふんっ! 我こそが乗るべき優美な機体に改造してくれるわ! デネレ公派がいつも最新鋭機を与えられるのはもう我慢ならん! 者ども、あれを拘束し搭乗者を引きずり出すがいい! 接収など生やしい措置はいらん、鹵獲せよ! 殺しても構わん!』


 悠希の背中を氷が撫でたようなおぞましい寒気の正体が、きっと殺意というものであることを察した。

 『なんで、いっつもいっつも、人間って争ってばっかりなのよ!? 星が違っても同じなの? 共通の敵がいるなら、仲良くすればいいじゃん』


 隊長機のグレムスから小太りの男、ワズメルがにやけた面で顎をしゃっくった。

 『奴等を殺せ!』

 ワズメルは思わずほくそ笑んだ。(この機体がどういう性能なのかはどうでもよい。あれを王家に献上すればさぞ我の覚えめでたくなるだろう)


 アルマナ帝国の標準化されたグレムス部隊が、シルヴァリオンへの包囲を完成させようとしていた。


 「ねえ、一番修理しやすい部位ってどこよ?」

 人同士の争いに対し、悠希の静かな怒りが沸点を超えかけているとレインドは察した。


「あえてあげるなら左腕だろうな。右手に武器、左手は盾を持つ。当然盾を多用するため固定化し交換可能なパーツも用意されていることが多いな。なにより自力で歩いて帰還できるのがでかい」


「分かった。じゃあ……ごめんねグレムスたち」


 あきらかな敵意、殺意をむき出しでシルヴァリオンを力任せに押さえつけようと近づいてくる。

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