第8話 稼働試験

 レインドは部隊の馬車を拝借し、悠希が頼んだ大量のお弁当こと、ジューシーお肉のサンドイッチの入ったバスケットが荷台で静かに揺られている。

 

 ご機嫌なのか鼻歌を歌っている悠希に対し、レインドの表情は重い。


「金か、やっぱ金だよな、俺ひとりなら食うに困らないはずなのに、なんであんな華奢な体であんなに食えるんだよ……」


 ロナの町から荷馬車で1時間弱といったところ。


 丘を1つ超えた向こうにある古代遺跡の遺構が一部残存している空き地といった様子。


 グレムス用の歩行路の隣には、荷馬車用の轍が石畳に刻まれている。


 意外にも人の往来が盛んなために、魔物避けの女神像が一定間隔で設置されており悠希をそれを眺めながら荷台で足をバタバタと揺らしている。


 (やっばなぁ、7日じゃ無理~む~り~。どうやってごまかそうかな……)

 鼻歌に口笛に、何かと落ち着きがない悠希だったが、初めて見る幻想惑星の遺跡跡を見て思わず声が漏れてしまった。


「うっそ……なんで地球の文化と似通ってるの?」


 柱はトルコからギリシャ系統の色が滲むものであり、一部はメキシコのアステカ文明のピラミッドのような遺構が雑草の波に佇んでいた。


 悠希は唐突にはっとなった。

 なぜ遠く離れた惑星なのに、宿屋があり魔法があり、町があって言葉が通じるのか?


 当たり前すぎて忘れていたが、一挙手一投足全てがありえないことの積み重ねであったのだ。


 ふと隣にいるレインドを見ると、どう見ても同じ人間であり風に揺れる見事な金髪も凛々しい眼や作画が違うレベルのイケメン具合。


 「てことは、君は宇宙人なんだね。えっと、ボクが宇宙人だったね」

「ユウキ? どうしたんだ?」

「ううん、大丈夫。どっちにしろボクはやるしかないんだから、行動していつかあいつをぶん殴るって決めてるから」

「やっぱり君はそんな風に不敵に笑ってるほうがかわいい」

「か、かわいいってからかわないでよ! とっとと起動テストと武装の評価試験を始めるわよ!」


 (ふう……果たして自分にできるかな、たった一回限りの奇跡の可能性もあるんだから。でも……地上用フレーム、実機で見てみたい……このわくわくは、自分の手で作り上げたプラモデルだからこそ溢れ出る浪漫、想像力! ああ、ボクの中から溢れてくる!)


 「ミラージュ、プロジェクション! リアライズ、シルヴァリオン!」


 悠希の手にしたシルヴァリオンのプラモデルを中心に虹色の光が迸る。

 周辺に虹色の輝きが広がり、それらが収束するように人型の姿を描いていく。


 「す、すごい! こ、これが悠希の力なのか! しかし、なんて、美しいんだ」

 レインドの頬には一筋の涙が零れている。

 それはあらゆる美術品や工芸品、それらを超越するような人の意志が顕現したかのような美がそこにあった。


 「あ、あのときと外見がかなり変わってる……だが、美しい、まるで悠希のような……」


 シルヴァリオン地上戦闘用フレーム。


 対防塵処理をした関節コーティングがイメージされた各部装甲は、若干の青みを含むホワイトで丁寧な塗装が施されてている。

 モデラーとして特に悠希が優れているのは、各装甲部のエッジ、面出しの仕上げが機体の力強さを印象付けていた。


 初期型の宇宙戦仕様でもあった大型バイザーを有した頭部はほぼデザインが踏襲されているが、地上用のほうがカメラアイが大きく、ある種の愛嬌を感じさせた。


 大きく異なるのは機体色や細部のディティールの他に、バックパックと脚部のデザインであろう。


 バックパックは匍匐ほふく飛行用のスラスターを装備しているが、ウエポンラックとしてのハードポイントが増設されていた。

 脚部にはホバージェット移動を可能にするジェットスピナー装備が、スライド式で装着される徹底ぶりだった。


 < ニュートリオンドライブ 正常稼働中 >

「各武装のフィードバックはきてる?」

 < 接続データのping 確認。試験プログラムのタイムテーブル案を表示します>


 コンソールモニターに表示された内容に思わず苦笑する悠希。


「なんだかくよくよ考えてたのが嘘みたい。あぁ~ボクのシルヴァリオン、ボクだけのシルヴァリオン。君を絶対に人殺しの道具にはさせないからね」


 悠希の視線に合わせてモニターがシルヴァリオンに見惚れるレインドの姿を映し出す。


「子供みたいな目で見上げてる……ボクのシルヴァリオンを。ふふふ、なんかうれしいかも!  じゃあ駆動テストから武装のチェックまで一気にやっちゃうわね」


 < イエスマイマスター >


 通常歩行から早足、駆け足、されには手指、肘関節や肩関節稼働、各部装甲の噛み合わせに問題がないことが判明し、ジェットスピナーのスライド装着。


 スラスターを補助程度にしたホバージェット推進による高速移動が可能になり、より戦術の幅が広がることが期待できた。

 

 テストは休むことなく実行され、とうとう武装テストに移行した。


 背部腰アーマーにマウントされていたのは、リアリティモデルの武装として一般的な30mm突撃銃だ。


 フォトンセイバーは起動し魔骸を切り裂いたが、プラモデルが実体化した銃が果たして弾丸を発射できるのか? 

 その際の弾倉はどのような状態になるのか?

 悠希にとっても疑問や不安がぬぐい切れない。


 レインドは遺跡は破壊してもいいし、実際によく武器のテストで殴られているというが、悠希は気が引けたので、やや離れた岩山へと30mm突撃砲を発射した。


 レインドの耳には凄まじい発射音が聴こえたが、完全にシーリングされているコックピットでは脳内フィードバックを補助するための射撃補助音が響き渡る。


 「かなりの破壊力ね……弾倉はどういう状態かな」

 < 弾倉内の……これは興味深い事実が判明しました >


「何が起きたの?」

 < 弾倉内に残弾は確認されませんでした>

「ええ!?」

 < 正確にお伝えします。弾倉内に満ちていたのは高濃度に圧縮されたあの未知の粒子になります >

「弾丸が入ってないのにどうして……」


 < 推論プログラム起動…… 恐らく、マスターが想像しイメージしたものを現実化させるための力の源の一つが、この未知の粒子である可能性が高いと思われます…… たった今、データを受信 >

「データって、どこの誰よ!?」


 悠希はシルヴァリオンに迎撃態勢を取らせると、30mm突撃砲を構え敵に備えた。


 < 惑星データに関する情報がアップデートされました。情報を閲覧しますか? >


「……開示しなさい」


 イクスにより提示されたデータは、極わずかであった。


 < 未知の粒子について、銀河連邦科学技術省においては、オルナ粒子と呼称されている、とのことです。なお、一方的なデータ送信だったようで、発信元の探知はできませんでした >


「一方的にデータ送ってくるって、なんだかストーカーみたい、きもっ!」


 < それと星系の座標データになります。位置はマスターの脳内データとの関連を元に分析しますと、アンドロメダ銀河の伴銀河内のイシュロイア星系に存在する惑星である、とのこと>


「なるほど、さっぱり分からないわ! くっそむかつくわ、あの変態全身タイツめ!」


 < またオルナ粒子の特徴を明記してます。人の意志を媒介にし、それらを実体化、実現させるための大いなる力。だそうです、要するにマスターの創造力、妄想力は相当に強いのでしょう >


 「えっと、つまり、妄想し、想像して、創造するってことなのかな、じゃあ次の弾は3点バーストじゃなくて、単発射撃で、徹甲弾、シュート」


 さきほどと異なる射撃音を発した30mm突撃銃は、前の弾丸が命中した岩山に直撃すると複数回の轟音を発しながらいともたやすく貫通してしまった。


「やばっ! やっぱりイメージが重要ってことなのね……」

 狙撃が得意なアニメキャラが、徹甲弾をぶっ放すシーンを想起し描いた貫くイメージがそのまま現実化したかのような破壊力。


 これは重大な事実だった。武装や戦闘機動までもが、悠希のイメージに即した運用が可能になるかもしれないのだ。


 つまり、ミラージュキャリバーは想像力を糧とすると言ってもよい。

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