第6話 迷宮2

「今の声は、なんですか?」


「……深層の魔物の遠吠えだな」


 ハンナを見る。限界を超えていて、立っているのがやっとと言った感じだ。

 他の四人は、相談を始めた。

 俺は、脇差を抜く。


「……ルークと言ったな。やる気か?」


殿しんがりを務めます。ハンナを連れて下がってください」


 リーダーが笑い出した。


「撤退はいい。だが、ハンナを連れて? 俺達に担いで行けと命令しているのか?」


「パーティーメンバーじゃないんですか?」


「臨時雇用だ。まあ、実力不足だしな……。正直お荷物なんだよ。怪我も増えてきているし、盾役タンクとしては使えないとしか言えない。一年後なら、正式雇用も考えられるが、成長を待ってやる理由もない」


 ため息しか出ない。

 ハンナを見る。

 へたり込んでいた。


「では、四人で退いてください」


「……なにをしようとしているのかは、分からないが、ハンナを連れて迷宮ダンジョンから脱出するつもりか? 正直、自殺行為だぞ?」


 ここで、再度獣の咆哮が響き渡った。


「リーダー、そんな奴ら置いておいて下がろうぜ」


「……それじゃあ、パーティーは解散だ。素材はくれてやる。だが、俺達より先に迷宮ダンジョンから出るなよ?」


 荷物は、俺に一任していたんだしね。勿論貰うさ。


「どうぞ、お先に!」


 リーダーの顔は見ないが、舌打ちが聞こえた。

 そして、四人がその場からいなくなった。



「ルーク……」


「俺に考えがある。とにかく狭い道を知らないかな?」


 五回の戦闘で分かったことがある。集団戦の戦い方を、僅かだけど学べたみたいだ。


「えっ……。待ってね。地図化マッピンクは済んでいるんだ」


 ありがたい。これで、俺の技能スキルが生かせるかもしれない。


「少し下がって、右手側の通路が細くなっているわ。ただし、その先は行き止まりだから、袋小路に自分から向かうことになるけど……」


「背後から、魔物がわくことはある?」


「それはないかな」


 決まりだ。


「移動しよう!」





「ふっ!」


 脇差を振るうと、魔物が飛び散る。

 先ほどまでの魔物と違う。明らかな格上。体格も大きい。

 それでも、狭所空間であれば、それは俺に有利に働く。俺の飛ぶ斬撃を避けられなくなるからだ。

 とにかく、射程距離に入った魔物を屠って行く。

 太刀筋など、気にしていられなかった。迷宮ダンジョンの天井や壁ごと切り裂いて行く。

 魔物の死体が積み上がり、足場が更に悪くなって行く……。

 だけど、俺にも余裕はなかった。


『後何発撃てる……? 残りの魔力量は? それと、ハンナを連れてどうやって今の状況を打破する?』


 口には出せない。

 殿しんがりを選んだ時点で、悪手とは分かっていたけど、あのパーティーは、ハンナを途中で置いて行くと思った。

 なので、あえて分れたのだけど……、俺の〈スキル:絶対切断〉で何処まで凌げるか。

 望みがあるとすれば、高レベル冒険者の援護を期待したいところだな。


「また来たよ!」


 ハンナは、〈気配察知〉や〈索敵〉に優れていた。〈守護者ガーディアン〉の祝福が働いているんだろう。

 それと俺は、脳筋アタッカーだ。一撃必殺の技を持つが、連射はできない。外した時点で、ハンナに守って貰うしかない。

 俺に〈必中〉なんかないんだ。

 精神を研ぎ澄ませて行く。一瞬たりとも気を抜けない。


「ふん!」


 また、魔物が舞った。





「はあ、はあ……」


「入り口が、魔物で埋まっちゃったね」


 今は、ランタンに灯りを点して、休憩中だ。

 俺は荷物持ちも兼ねていたので、キャンプ道具一式が揃っていた。

 水筒の水を、少しだけ飲む。


「……迷宮ダンジョンの仕組みが分からないんだけど、この場合はどうなるの?」


「う~ん。一定時間経過すると、吸収されちゃうかな? ただし、ドロップアイテムは、残ると思う」


 吸収か……。今は肉の壁が俺達を守ってくれているけど、そのうち消えるんだな。

 それと、ドロップアイテムってなんだ? リーダー達が回収した物を持たされたけど。

 ハンナと話していると、魔物の死骸が光となって消えた。

 宝石や、骨、皮などがその場に残る。

 それを見たハンナが、立ち上がり回収し出した。歩けるくらいには、回復したみたいだ。


「それがドロップアイテム?」


「そうだよ。迷宮ダンジョンの冒険者は、これを持ち帰ることが目的になるの。魔物の肉も食べられるけど、安いんだ。コストが合わないんだよ」


 ハイリスクハイリターンだな……。

 数十匹倒したけど、今日は地形が味方して、俺は無傷で済んでいる。そして、ハンナは回復したとはいえ、疲労困憊になっていた。

 こんな日が、毎日続くとは思えないのが本音だ。


「今日は、動きの遅い魔物だったから良かったけど、こんなことを続けていれば何時かは大怪我しそうだね」


「……でも、迷宮ダンジョンを放っておくと、魔物が溢れて来るんだよ。誰かがやらないとね……。適性を知るための、"神様からの祝福"でもあるんだし」


 そうかもしれないけど、ハンナに合っている仕事とは思えなかった。

 でも、口には出せない。

 俺達は、自分の意思で"神様からの祝福"に合わせた職を選んで、孤児院を出たんだ。それを否定するのは、人格を否定する事と同義だ。

 俺も、ハンナに誘われたからではなく、自分の意思で、今迷宮ダンジョンにいる。

 余計な思考が過ったけど、今の危機を乗り越えよう。


「出口までのルートは分かる?」


「うん。私も大分回復したし、そろそろ脱出計画を練ろうか。幸い物資はあるんだし」


 回復? "神様の祝福"の効果かな? でも確かに、ハンナは動けるようになっている。

 先ほどは、骨折していたかのように、歩くのも辛そうだっただけど……。

 ここで疑問に思う。


『俺の、"神様の祝福"の効果はなんだ? 副次的な何かがあると思うんだけど……』


 どうも雑念というか、疑問が多いな。

 ここで、ハンナが盾を構えた。


「……なにか来る?」


「……数は四。こっちに来るよ」


「俺が先に攻撃する。撃ち漏らしたら、守って! 足止めしてくれたら、確実に倒せる!」


「了解!」


 遠隔攻撃の俺と、大盾のハンナ。相性はいいかもしれない。

 そんな事を考えていると、それを視認した。

 攻撃は……、まだしていない。


「君達、大丈夫か?」


 人だった。多分、冒険者だよな?

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