45

――それから2年後。


ユリは再び熊本の実家へとやって来た。


レミと別れた後に、1人で両親と顔を合わせた彼女は、会って早々に説教を喰らった。


それは、連絡が取れなくなったことで母が父を連れてユリの住むアパートへと行き、警察を巻き込んだ大騒動になったからだった。


思い返してみれば、いつの間にかスマートフォンを無くし、連絡が取れない状況だった。


かといって、同居人の母がボスをしている暗殺組織に追われてインド、トルコ、ギリシャへと逃げ、その後にトルコにある遺跡で魔物と戦ったなど説明しても信じてもらえないと判断したユリは、しばらく海外に旅行していて、そのときにスマートフォンを無くしてしまったと嘘をつくことに。


結局そのゴタゴタのせいで、彼女は話したかったことをほとんど言えなかったが、泣きながら怒る母を見て、なんだか毒気が抜けてしまった。


それと説教後に父から教えてもらったのだが。


ユリの母はずっと娘に否定的だったことを悔やみ、自分が無理強いをしたせいで自殺してしまったのではないかと、泣いていたことを聞く。


「そぎゃんことあって、母さんもああ見えて気にしとるとよ。おるからもよく言っておくけん、ユリもあまり心配かけんね」


しっかりと会話したわけではない。


自分がこれまで、母のせいで苦しかったことを伝えたわけではない。


だが、それでも涙を流して反省していたと聞いたユリは、なんだかそれだけで救われた気持ちになった。


それからも表面的には変わらなかったが、ユリは年に一度は実家に戻って両親と顔を合わせるようになった。


相変わらず会えば正社員になれだの、結婚はまだかだのは言われるが、以前よりもユリの生き方に肯定的になった母がそこにはいた。


心配にはなるが、病気もなく元気でいてくれるならそれでいいと、最後には必ず口にするようになったのだ。


父のほうも母が感情的になるとフォローに入るようになったので、ユリは昔に比べると2人とコミュニケーションを取れるようになり、彼女もそれを喜んだ。


家族の問題が解決したわけではないが、こうやって苦痛を感じることなく会話できるだけでいい――。


ユリは自分の気持ちこそぶつけなかったものの、今の親子関係に満足していた。


「もう、3年かぁ……」


あの日、空港で別れてからレミからの連絡はない。


ユリの生活自体は、その後に調査隊から二千万の現金が振り込まれたため、それを資本して収益を得ているので、フードデリバリー配達の仕事でも変わらない暮らしを続けていた。


むしろレミと一緒にいたときよりも年収が上がって、その気になればもっと贅沢な暮らしもできるくらいだ。


だが、それでもユリは以前と同じ安アパートに住み続けていた。


それは、いつかレミが戻って来たときに自分のことを見つけやすいというのもあったが、何よりも彼女との少ない思い出が詰まった住まいだったからだった。


「やっぱもう来ないのかなぁ……。忘れっぽいし、あの子……」


実家から安アパートへと戻って来たユリは、部屋に入ると独り言を呟いてしまっていた。


特にやりたいこともないので、何か打ち込むことなどできないのもあって、彼女はこの3年間――ふと気が付けばレミのことを考えてしまう。


もう忘れたほうがいい。


帰ってこない人のことを考えても不毛だと何度も思いながらも、結局ユリは同居人のことを忘れることができずにいた。


生まれて初めて、心から気を許せる友人のことを思うと、ユリの両目から涙が流れる。


もう二度と会えないのかと。


「えッ!? なになになんなのッ!?」


そのとき、突然窓ガラスを破壊して何かが部屋に飛び込んできた。


そこには根元から金色の地毛が生えた逆プリン頭の女性――レミ·パンクハーストが転がっていた。


倒れた状態で、レミがユリに白い歯を見せる。


「久しぶり、ユリッ!」


「レ、レミッ!? あんたいきなり……って、なんで窓から飛んできたんだよ!?」


「いや~まだまだインパクト·チェーンの使い方が下手でさぁ……。ごめん、ちゃんと弁償するから」


そう言ったレミは立ち上がると、ユリの両肩を左右の手でガッチリと掴んで彼女のことを見つめる。


「実はまた変な遺跡が見つかったんだ! そこで馬賊とロシアン·マフィアが抗争してて、先生、ツナミ、ソド、シルドとかみんなとバラバラなっちゃってさ!」


3年ぶりに会ったレミは、どうやら調査隊やディスケ·ガウデーレの面々と行動を共にしているようだった。


だが話を聞くに、何かまたとんでもないことに巻き込まれてしまっているようだ。


「そこでユリのことを思い出して、僕じゃいい考えが浮かばないから助けてほしいんだよ!」


「ほう。その話からすると、あたしのことはそれまで忘れていたってことね」


「いや、忘れてたわけじゃ……ごめんッ! でも、あのときみたいにまたユリの助けが必要なんだ!」


ユリはこんなことだろうと思いながらも、涙を拭って返事をする。


「当然、行くに決まってるでしょ。みんなにも会いたしね」


「ありがとうッ! じゃあ急で悪いけど、これから中国まで飛ぶからしっかり掴まっててね」


「えッ? これから中国って……ちょっとまって、インパクト·チェーンにそんなことでき――うわぁぁぁッ!?」


こうしてユリは、再び同居人と共に世界を飛び回ることになった。


一面青空の光景を見ながら彼女は思う。


これからまた命懸けの戦いが始まるのだろう。


だが、それでもレミと一緒ならなんとかなるはずと。


「あたしのこと、もう忘れるなよ、レミッ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インパクト·チェーン~鎖を巻いた女 コラム @oto_no_oto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ