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その影は数十人。


全員日本人ではなく、白人、黒人、東南アジアなど様々人種が入り混じった集団だった。


その多国籍な男女の集団は、皆上下ともにスーツ姿をしており、レミとユリの座るテーブルを囲んだ。


「やっと見つけたぞ、レミお嬢」


その集団を代表して、黒人の男が口を開いた。


レミとユリはそのスーツの集団が何者か今さらながら気がついた。


亡くなったレミの母クレオ·パンクハーストがボスをしていた暗殺組織――ディスケ·ガウデーレだ。


レミたちはまさか熊本まで彼ら彼女らが追って来るとは思っていなかったにもあって、完全に油断をしていた。


トルコから日本、ここ熊本までは早くても一日はかかる。


まだ二人が住んでいた関東圏ならば理解できるが、一体どうやってユリの実家がある九州圏に自分たちがいることを知ったのかと、レミもユリも言葉を失ってしまっていた。


黒人の男――ソドは、戸惑っているレミに言葉を続ける。


「ここで荒っぽい真似をするつもりはない。ともかく一緒に来てくれ。そこにはスキヤキ先生や調査隊の連中もいる」


「そっか。みんな仲良くやってるみたいでよかったよ」


レミは「ふぅ」とため息をつくとテーブルから立ち上がった。


ユリは彼女の手を掴んで止めようとしたが、レミはニコッと微笑みを返すと、ソドたちディスケ·ガウデーレに声をかける。


「少しだけ時間をちょうだい。ユリと話がしたいんだ」


「それは、オレたちにこの場を離れろということか? 容認できんな」


「逃げやしないって。サゴールにいたときより今は落ち着いてるから、ちゃんと組織や今後のこともみんなと話すよ」


ソドは、気の抜けた表情で言ったレミを見て顔をしかめていた。


だが、すぐに仲間たちに下がるように声をかけると、去り際に言う。


「この空港のラウンジで待っている。話が終わったら来てくれ。10分、いや5分以上して来なかった場合は、わかってるな、お嬢」


「うん。オッケー。5分ももらえれば大丈夫だよ」


レミの返事を聞いたソドたちディスケ·ガウデーレは、2人の前――フードコートから去っていった。


ユリはあっさりと居なくなったソドたちを見ると、掴んでいたレミの手をグッと強く握る。


そして、椅子から立ち上がると、歯を食いしばっていた。


そのときのユリは黙ったままだったが、彼女の目は「どうして?」と言っていることが伝わるものだった。


一緒に実家に来るのではなかったのか。


油断していたとはいえ、今なら彼ら彼女らから逃げられるチャンスができた。


このまま2人でどこか遠くへ――ユリはそう言おうとしていた。


だが、彼女にはできなかった。


それは、レミがユリとは対照的にとても穏やかな表情を浮かべていたからだ。


掴んでいた手から力が抜けていく。


「ユリ、聞いて。僕はみんなと先生のところへ行くよ」


「なんでッなんでのッ!? 暗殺組織のボスなんてなりたくなって言ってじゃないッ!?」


これまで顔を強張らせているだけのユリだったが、声をかけられたことでようやく声を発した。


彼女の声は、まるで怒り狂うかのような荒さだった。


ここで別れたらレミと二度と会えない。


ユリはそんなことを考えてしまったため、無意識に叫ぶように問い返してしまっていた。


「あのときは感情的になっちゃってたから思わず逃げちゃったけど……。よく考えたらスキヤキ先生もツナミもいるんだし、そんなことにはならないと思うんだ」


「で、でも……レミが行っちゃったら……」


そんな彼女に、レミは微笑みを崩さずに答えた。


大丈夫、必ずまた会えると。


また一緒に過ごせるようになると。


これが最後ではないと。


「絶対に僕のほうから会いに来るから、そのときはまた一緒に……ね」


「レミ……。わかった、わかったよ。みんなとのことも解決しなきゃだもんね。だけど約束、忘れないでよ。あんたは忘れっぽいんだから、あたしがおばあさんになってから来られても困るんだからね」


両腕を組んでツンッと顔をそらしたユリ。


一方でレミは、その根元から金色の地毛が生えてきている逆プリン頭を掻きながら、とても困った顔をしていた。


「そこを言われると痛いけどぉ……。でも、僕はユリを忘れたりなんかしないって」


「だといいけど。……もう行きなよ。みんなを待たせちゃ悪いでしょ」


「わかった。またね、ユリ」


「またね、レミ」


2人は顔を突き合わせてそう言い合うと、レミだけがフードコートから出て行った。


去っていく彼女の背中を、ユリは見えなくなるまで見続けていた。


約束を、けして忘れないでと思いながら。

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