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――日本へと戻ったレミとユリは、まず横浜にある自宅のアパートへ帰ってきていた。
女性がルームシェアするには、あまりにも夢がないボロボロの部屋だが、二人とっては心から落ちつける我が家だ。
「よかった。まだ使えるみたいだよ」
家を空けて数ヶ月は経っていたが、電気もガスも水道も止められてはないようだと、レミがホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな彼女に、ユリが呆れながらも言う。
「なに言ってんの、レミ。家賃も全部銀行から引き落とされるんだから、止まってるはずないでしょ」
「そっか。そういえばそんなシステムだったね」
「いや、忘れるなよ……」
ユリは、こうやって日常に戻ると思う。
やはりレミはちょっと抜けている今のほうが、彼女にとって自然体なのだと。
張りつめた顔で暗殺組織の人間や化け物と戦っているよりも、ずっと今のほうがレミらしい。
クスッと微笑んでいたユリの前には、ノートパソコンの電源を入れて早速動画配信サイトでアニメを観始めるレミの姿があった。
「はぁ、やっぱ家は落ち着くね~」
それから買ってきたポテトチップスと炭酸飲料を手に、レミは床に寝転がる。
ディスケ·ガウデーレに襲われる前、毎日見ていた光景だ。
ユリは帰ってきてすぐにアニメとお菓子かとため息をつきながらも、その心は嬉しさに溢れていた。
レミの母であるクレオ·パンクハーストが命を落としたことは残念だったが。
母娘とのわだかまりも無くなり、今の彼女は以前よりも晴れやかな顔をしている。
今のところソドやシルドたち――ディスケ·ガウデーレの面々も追いかけて来ていないようだし、また二人で平和に暮らしていけると、ユリは考えていた。
(でも、あたしもいつまでも逃げてちゃダメだよね……)
しかし、イスタンブール空港で考えていた気持ちがよみがえる。
やはり一度実家に帰って母と話をしよう。
ユリはそう思い、拳をギュッと握りしめるとレミに言う。
「あ、あのレミッ! あたしね! しばらく実家に戻ろうかと思うんだけど!」
「実家ってユリの父さんと母さんのところ?」
「そう! あたしもレミたちみたいにちゃんと向き合おうって思ってッ!」
「じゃあ、僕もいくよ。ユリの実家」
「へ……?」
――次の日の朝。
荷物をまとめたレミとユリは、熊本へ向かうため移動していた。
横浜から電車――京急本線エアポート急行へと乗って羽田空港へ。
そして、そこから飛行機で約一時間半を移動し、熊本空港へと到着。
トルコから日本までは約半日はかかるのに比べれば早いが、連日の長旅でレミもユリも疲れきっていた。
「し、しばらく飛行機はいいわ、あたし……」
「だねぇ、僕も移動はもうたくさんだよぉ……」
うんざりした顔で言葉を交わし合っていた二人だが、熊本空港からユリの実家までがこれまた長かった。
そこから熊本県の南部にある村――“五木の子守唄”の発祥地である五木村へと向かうことに。
ユリの実家である熊本県五木村は、九州のほぼ中央、九州山地の山岳地帯に位置し、人口は約千人くらいの村だ。
古きよき日本の原風景を色濃く残す村は標高千メートル級の山々に囲まれ、どこにいても自然公園の中にいるような清々しい空気が感じられる。
村内を貫流する川辺は十年以上連続で水質日本一に選出され、川底が透き通って見えるほど美しく、ヤマメやアユなどの天然魚が泳いでいるほどである。
さらにシーズンには渓流釣りやホタル観賞ができるほか、川遊びなどの涼スポットとしても人気の観光地だ。
主な産業は林業。
西日本唯一のブリッジバンジージャンプもあり、高さ六十六メートルの小八重橋から川辺へ飛び込む絶叫体験もできる。
「ねえ、ユリ。ここからは電車? それとも車?」
「タクシーだよ。レミがいるからお金あるし」
「どのくらいかかるの?」
「う~ん、村までは一時間半くらいだけど、うちまでは二時間くらい?」
「えぇッ!? もうお尻が痛いのにぃ、まだそんなにあるの!?」
「だから言ったでしょ。うちは外国行くよりも遠いってかもって」
「うぅ……。でも、まさかこんなに乗り換えが多いなんて思わなかったよぉ……」
「しょうがないね。出発はちょっと休んでからにしましょうか」
「やった!」
時間は昼食を取るには中途半端だったが、朝食がコンビニエンスストアのおにぎりくらいだったので、空港内にあったフードコートで食事をすることになった。
丼ものからそばなど和食中心の店が並ぶ中で、レミはラーメンを選択し、ユリのほうは肉うどんを注文する。
「うどんに肉が入っているの? 普通は油揚げとか揚げ玉でしょ? キツネとタヌキのヤツ」
「関東にもあるよ。まあ、めずらしい料理ではあるけど」
「へぇ。ねえ、ユリ。そのうどん、ちょっと食べてもいい? 僕のラーメンも少しあげるから」
「いいよ」
お互いに注文した料理をすすりながら、二人は熊本ラーメンと肉うどんを堪能した。
食後には甘い物は別腹ということでスイーツを注文。
きな粉ホイップわらび餅ミルクティーを飲みながら、二人は移動の疲れをほぐしていた。
「おいしいね、これ」
「わらび餅がいいでしょ」
二人がどうでもいい話をしていると、遠くから彼女たちに向かって近づいていく影があった。
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