23

大広間でのパーティー終了後。


レミとユリは外に出ていた。


やはりというべきか、ユリのダンスは散々だったようだが。


それはそれで盛り上がり、二人は出されたブイヤベースなどの地中海料理とお酒を楽しんだ。


「なにあれ!? 月がデカくないッ!?」


「ホントだ! あれだ、スーパームーンってヤツだよ!」


アテネの空には満面の星空と、巨大な月――スーパームーンが見えていた。


スーパームーンとは、満月または新月と、楕円軌道における月の地球への最接近が重なることにより、地球から見た月の円盤が最大に見えることである。


そんな月に照らされながら、ユリはレミの肩にそっと寄り添った。


「いいよね、ここの人たちって。なんかやるべきことっていうか、使命があってさ。それを一生かけて成し遂げようとしている」


大きなユリが小柄なレミに寄りかかっているのが、少しおかしな絵面だった。


だが一見して親子や姉妹のようだが、二人の雰囲気はそれらとは違う。


「正直羨ましいよ。あたしはさ。ちょっと覚えるとやめちゃって、なんにも続かないから。すぐに自分の限界に気がついちゃうんだよね。あぁ~無駄な時間になるだろうな~ってさ」


「ユリは頭がいいからね」


「そんなんじゃないって。でも、今回だけは途中でやめちゃダメだって思ったんだ」


ユリがそう言うと、二人の間に沈黙が流れた。


それはけして気まずいからではなく、互いに微笑みながら、夜空の星と月を眺めている静かな時間だった。


しかし、そんな甘い雰囲気は長くは続かず、レミの顔が次第に悲しみが帯びたものへと変わる。


「大丈夫、レミ?」


「僕は……君を騙してた……」


心配そうに声をかけてきたユリに、レミは罪悪感のこもった声で話を始めた。


自分が暗殺組織のボスの娘だったということや、そのことでユリにたくさん迷惑をかけたと。


その懺悔を聞いたユリは、ムッと表情をしかめると彼女へ言う。


「そのことはもう謝ってくれたじゃん。ちょっと驚いたけど、もう気にしてないって。あんたになんか事情があるってことくらいはわかってたし」


ユリはまだそんなことを言っているのかと少し怒った。


それで再び沈黙が訪れたが、先ほどの甘い雰囲気ではなく、二人の間に気まずい空気が流れる。


その時間の中で、先に口を開いたのはレミだった。


「……僕は、母さんに言われていっぱい人を殺した……。日本に来て別人のように生活すれば、なかったことにできるなんて思ってたんだ……。でも、全部ユリに知られちゃって……今さらだけど、合わせる顔がないっていうか……」


そう言って俯くレミ。


彼女はこれまでもユリのことを気にしていたが、改めて落ち着いて考える時間ができたせいか。


またはスキヤキとの問答で感じることがあったのか。


かなり落ち込んでいるようだった。


きっとクレオの屋敷にいたときも、自分の前では明るく振る舞っていたのだろうと、ユリは今のレミを見てそう思った。


ユリは今にも泣きだしそうな彼女から離れると、自分のほうを向くように声をかけた。


そして、悪いのはレミではないと彼女を宥める。


「小さい頃から母親に人の殺し方を教えられて、実際にやらされていた……。大変な人生って言葉じゃ片付けられないと思う……」


そこで言葉が途切れた。


ユリはもっと何か言葉をかけてあげたいと思っていたが。


自分のような安全な国でのうのうと生きてきた人間に、とやかく言われたくないと思われることを恐れ、何も言えなくなってしまっていた。


向かい合いながらも俯いている二人。


そして、しばらくすると、レミが口を開いた。


ユリから顔をそむけて。


「僕は、母さんを止められなかったら、あの人に教えてもらったことをやる」


「それって……」


「つまんない話に付き合わせてごめんね。ユリも疲れてるでしょ。僕ももう寝るよ。おやすみ」


レミはそう言って微笑むと、ユリの前から去っていった。


彼女の寂しそうな背中を眺めながら、やはりユリには何も言ってあげることができなかった。


――ディスケ·ガウデーレの屋敷周辺には、何台もの車やバスが集まっていた。


その数は四十台――乗っている者たちは約百人近くはいるだろう。


車内から出てきた者らは、皆スーツを着ており、その手にはサブマシンガンが持たれていた。


彼らは屋敷の門をバスで突っ込んで開くと、ゆっくりと庭へと侵入する。


すると当然、黒装束に身を包んだディスケ·ガウデーレ面々が彼らの前に現れた。


「何者だ? ここをディスケ·ガウデーレの庭だとわかっていて来たのか?」


「こんなことをして、この後どうなるかわかっているんだろうな」


その先頭に立っていたクレオの部下である黒人の男女――ソドとシルド。


男のソドが訊ねると、女のシルド警告をした。


スーツ姿の男たちはクレオ·パンクハーストを出せと言い、持っていたサブマシンガンの銃口をソドとシルドや、ディスケ·ガウデーレの面々へと向けた。


このまま戦争が始まるかと思われたが、そこへクレオが現れる。


「なんの騒ぎだ? うるさくて本もろくに読めんぞ」


クレオがそう言うと、ディスケ·ガウデーレの全員がその場で跪いた。


敵を目の前にしてあり得ない行動だが、クレオは彼ら彼女らから状況を聞くと、スーツ姿の男たちに声をかけた。


今すぐこの場から立ち去るのなら失礼を忘れ、殺さずに見逃してやると。


「このところ私は機嫌がいいんだ。多少のことは多めに見てやる。わかったら早く帰れ」


クレオの言葉に激昂したスーツ姿の男たちは、彼女に向けて一斉に引き金を引いた。

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