24
まるで雨のように弾丸が降り注いだが、クレオの体には傷一つつかなかった。
それは、彼女の右手首に巻いてあるアクセサリー――インパクト·チェーンが舞って弾丸を叩き落としたからだった。
チェーンの力を目の当たりにした男たちが思わず後ずさりすると、クレオは部下たちに静かに言う。
「殺せ。ただし、ちゃんと死体を運べるだけの人数は残してな。全員消してしまうと、庭の後始末をする人間がいなくなる」
ボスの指示を聞き、ソドとシルドは緩やかなS字形を描くサーベル――ヤタガンを構えると、スーツ姿の男たちへと飛びかかっていった。
彼らに負けじとディスケ·ガウデーレの面々も続き、サブマシンガンなどものともせずに敵を斬り殺していく。
赤黒い血が様々な文化が入り混じった庭園に撒き散らされ、欧州、アジアを感じさせるオブジェが染まる。
ディスケ·ガウデーレの戦闘員は、余程のこと――必要なときではない限り銃を使わない。
それはボスであるクレオの殺しのスタイルが、刃物を使うものだからだ。
戦闘員中心的存在であるソドとシルドを始め、組織の者の多くが無一文だったところをクレオに拾われ、戦いに生き甲斐を見出して組織の一員となった過去がある。
そのために誰もがディスケ·ガウデーレの一員であることを誇りに思っており、忠誠を誓うクレオのもとを去ったレミのことをよく思っていない(たとえボスの娘であっても)。
彼ら彼女らは、ディスケ·ガウデーレこそ世界最強の組織だと信じて疑わない。
それは自分たちの技量もさることながら、インパクト·チェーンを持つクレオ·パンクハーストがいるからだ。
彼女に勝てる人間などこの世には存在しない。
その気になれば、我らがボスは一国の軍隊すら一人で片付けてしまうだろう。
そして、たとえ相手が人外の化け物であろうと――。
同じく超常的な力を持つ道具を使おうと――。
クレオ·パンクハーストは誰よりも強い。
それがディスケ·ガウデーレの面々の宗教であり、クレオに救われた命の使い道だった。
ボスの指示通りに数人を残し、約百人はいた男たちを殺しにしたソドとシルドたちは、生き残った者らにヤタガン切っ先を突きつけながら言う。
「お前たちの顔は覚えた。次に会えば殺す」
「ここへは二度と来ないことね。命が惜しいなら」
それから血まみれとなった死体を片付けさせ、襲撃者たちを追い返した。
その憔悴しきった生き残りを見るに、もうクレオに逆らうことはないであろう。
ソドとシルドは仲間たちに庭園の掃除を任せ、主のもとへと向かう。
途中で返り血を浴びた体を拭き、身を綺麗にしてクレオのいる書斎へと歩を進める。
「ねえ、ソド。ボスにお嬢を殺せると思う?」
屋敷内の廊下を進みながら、黒人の女性シルドが相棒に訊ねた。
ソドは彼女の顔を見ることなく、前を向きながら答える。
「無理だろうな。ボスはレミ嬢を愛している。そして何よりもお嬢は強い。もし我々の前に現れたら、ボスだけでは止められないかもしれない」
「あんた、ボスがお嬢に負けるって言うの!? そんなことはあり得ないッ!」
ソドの言葉を聞き、シルドは声を張り上げた。
我らがボスが負けるものかと怒鳴り、今にも相棒に喰ってかかりそうな勢いだ。
そんな彼女に、ソドは静かに言葉を返す。
「勘違いするな。我らがクレオ·パンクハーストは誰にも負けない。だがそれでも、ボスも母親だ。そしてお嬢は娘だ」
ソドの返事に、シルドは顔を強張らせながらも黙ってしまった。
彼女たちもまたレミの実力を評価している。
この世界でクレオに勝てる人間をあげるならば(そんな人間はいないと思っているが)彼女だけであろうことは、ディスケ·ガウデーレの人間ならば誰もが知っている。
だがもしレミがインパクト·チェーンを使い、本気でクレオに歯向かえばもしかしたら――と考えてしまう。
クレオは娘を溺愛している。
それは彼女の態度からわかる。
愛情表現こそ不器用だが、それが足枷となってしまう可能性は高く、最悪後れを取る。
そんなシルドの思考がわかるソドは、彼女を慰めるように口を開いた。
だからこそ自分たちが必要なのだと。
母の愛を理解できない娘に、自分がどれだけ愛されているかを教えてやるのだと。
一ヶ月後に向かうサゴール遺跡にレミが現れたときこそ、自分たちが役に立つのだと、肩を落としている相棒に、自分の想いを伝えた。
「そうだよね、そうだ……。アタシらはボスの剣と盾。この命がある限り、あの人のために動く」
「レミお嬢は必ずサゴールに現れる。おそらくあのインドでやり合った連中も引き連れてな。ボスは連中のことなど眼中にないが、そこはオレたちに任していると考えろ。何があってもあの人の願いを叶えるんだ」
互いに顔を合わせることなく、決意を固めるソドとシルド。
二人はレミのことをよく思っていなくとも、自らの主の娘であることは変わらないと、複雑な母子関係に決着をつけるときだと無言で語り合った。
それはけしてクレオが口にはしない、レミとの関係の修復を意味していた。
もちろん目的はサゴール遺跡の奥にある扉を開くことだが、二人にとっては娘を想うボスの心情も目的に含まれている。
いつだってそうだ。
「失礼します。先ほどの襲撃者たちは排除しました。指示通りに死体を運ばせ、庭園は我々で掃除をしています」
書斎の前で足を止め、ソドがクレオに声をかけた。
部屋の中から、彼女の言葉が弾んだ声で返ってくる。
「そうか。相変わらずお前たちは仕事が早いな。掃除が終わったら身綺麗にして、夕食にするように皆に伝えてくれ。今夜は私が作ってやる」
ボスの返事を聞いた二人は了解とだけ答えると、満面の笑みを浮かべてその場から去っていった。
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