21

――スキヤキが去った後。


レミもまたその場から去っていった。


そんなレミの姿を見ていたユリは、なぜ彼女が肩を落としているのかがわからずにいた。


「ねえ、ツナミさん。なんでレミは落ち込んでんだろ。あんなすごいことしてたのに。スキヤキ先生を吹き飛ばしたんだよ」


「あいつはまだ迷っている。クレオ·パンクハーストと闘うことにな。それを先生が体で教えてやったようだが、上手く飲みこめないでいるんだろう」


「えッ? でもレミはお母さんを止めるって言ってたのに」


ツナミの説明を聞いても、ユリにはよくわからないようだった。


そんな彼女に呆れたツナミは、ため息をつきながら言う。


「いいから続けるぞ。あいつだけでディスケ·ガウデーレを止めるわけじゃない。オレたち全員の力もいるんだ。残り一ヶ月でどれだけやれるようになるかはお前次第。ダメなようなら日本へ送り返す」


「そんなッ! ここまで来て!? あたしだってレミやスキヤキ先生たちの力になりたいよ!」


大声を出すレミ。


棍を構えたツナミは、その先を彼女へと向ける。


「なら死ぬ気で強くなるんだな。こっちにいる誰もがお前に合わせる余裕などないんだ。ディスケ·ガウデーレを止めるというのは文字通り命懸けになるんだからな」


「わかってるよ。で、でも……ちょっとは優しく強くしてほしいかな~って……」


「甘ったれるな。さっさと始めるぞ。今は一分一秒でも時間が惜しいだろ」


ユリは何か言いたそうな顔で棍を構えると、ツナミとの実戦形式の打ち合いを始めるのだった。


――その後、ツナミにかなりしごかれたユリは、もう一歩も動けないほど疲れ果てていた。


普段からデリバリー配達の仕事で運動はしているとはいえ、使う筋肉が違うため全身が筋肉痛になり、まるで足腰の弱った老人のようになっている。


それでもツナミは彼女に容赦なく、今夜の夕食の準備を手伝うように言った。


「人使いが荒いなぁ……。少しは休ませてよ」


「だったら帰れ。今すぐ空港に送ってやる」


「わかったよぉ……。もう、いちいち帰れって言うんだから……」


「おい、日本語で喋るな。ここで日本語がわかるのは先生しかないんだ」


「はーい。気をつけますよ~」


ユリはツナミにやる気なく返事をすると、ヨボヨボとおぼつかない足取りでキッチンへ向かった。


すでにキッチンでは料理を作り始めており、人数が多いせいかまるで運動部の合宿を思わせる光景だった。


その中で指示を出していた白人の女性に声をかけたが、どうやら英語が話せないらしく、ユリに声をかけられて困ってしまっていた。


そんな彼女を見たユリは、必死にボディランゲージをしてなんとか自分の気持ちを伝えると、女性の顔がパッと明るくなる。


「やったッ! 通じたんだね! って、うわぁッ!」


すると突然彼女が人を呼び出し、ユリは現れた女二人によってキッチンから連れ出させれてしまう。


黒人と東アジア系の女性二人だ。


一体どこへ連れていかれるかと思ったら、その二人は英語がわかるらしく、ユリに向ってこれから衣装合わせをすると言ってきた。


「えッ!? 衣装合わせって……これからなにするの?」


「決まってるわ。ダンスよ、ダンス」


「そうそう、こうやって調査隊の皆が集まることなんて滅多にないんだからね。楽しまなきゃ」


どうやらキッチンで指示を出していた白人の女性は、ユリのボディランゲージを見て、彼女が食後に行われる民族舞踊の参加者だと思ったようだ。


当然民族舞踊どころか、踊りなんて学校の授業くらいでしかやったことのないユリからすればたまったものではない。


だが女二人によって、ユリは強引に衣装に着替えさせられる。


「ちょっと待ってよ! あたし汗かいてるから汚いってッ! それにダンスなんてできないッ!」


無理だと必死になって訴えかけたが、筋肉痛でろくに動けないユリでは、彼女たち二人の手から逃げられなかった。


ワインレッドの布を頭に巻かれ、いかにも民族衣装っぽい柄の服を着させられたユリ。


その格好は少し派手だったが、どこかファンタジーの世界に出てくる村娘のような雰囲気を持ったものだった。


「やっぱり似合ってるわ! あなたはスタイルがいいし、今夜のダンスじゃ主役になれるわよ!」


「日本人の肌って綺麗ね。スキンケアとかはどうしてるの?」


「いや、あの……。だからその前にあたし、踊りなんてできないんだけど……」


ユリは諦め顔で声をかけたが、黒人と東アジア系の女二人の耳にはやはり入っていなかった。


筋肉痛のうえに、まさか踊れもしない民族舞踊をやらされることになるとはと、痛みに堪え、せめて振りつけだけでも覚えようとした。


「簡単よ。左右に立つ人と手を繋いで、足をそろえてステップを踏むんで」


「それで同時に回ればいいの。クルクル、クルクルってね」


二人の話によると、どうやらそんなに難しいことはないらしく、難易度はフォークダンスほどだとか。


ユリは少しは安心できたものの、早速二人にステップと回るタイミングを教えてもらうことにする。


黒人のほうの女が部屋にあったタブレット端末を操作すると、アラビアンな雰囲気の音階にアコースティックギターにしては金属的な音色の弦楽器の音が聴こえてきた。


この特徴的な弦楽器の音色は、ブズーキの音だ。


ブズーキは現代のギリシャ音楽で中心となる楽器であり、またセルビアやボスニアといったバルカン半島の民族音楽でも使用されているもので、洋梨を半分に割った形のボディと長いネックを備えた弦楽器である。


リュート属でマンドリンに似ており、ピックで演奏され、鋭い金属的な音が特徴的だ。


「さあ、楽しみながら覚えましょう」


「ほら、そんな怖い顔しないで。スマイルスマイル」


ユリは引きつった顔を無理やり笑顔にしながら、楽しそうに教えてくれる二人からダンスの流れを覚えた。

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