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そう言った後、スキヤキは両腕と両足を動かし、身構えた。


素人から見てもそのゆったりとした動きは中国拳法は、太極拳の動きだとわかるものだ。


太極拳は、東洋哲学の重要概念である太極思想を取り入れた拳法である。


先の話からもそうだが、メディアなどの影響から“ゆっくりと体を動かす体操のようなもの”という印象が強いが、それはあくまで型の練習方法であり、実戦では素早く力強い動きを行う格闘技でもある。


大極の要となる円を動きの軸として重要視し、特に型の鍛錬ではゆったりと踊るような演武を行うのも特徴だ。


また気功も重要視し、勁と呼ばれる全身の筋肉、連節を用いた瞬発力の発生に必要な呼吸の体得も一つの課題としている。


身構えたスキヤキに対して、レミは自分の胸の前で拳に手を乗せて一礼すると、スキヤキと同じ構えを取った。


おそらくはスキヤキから習ったのだろうその構えだが、足の位置が微妙に違うところを見るに、彼女がクレオに叩き込まれた暗殺術も混ざっているのだろうことが推測できる。


先に動いたのはレミ。


掌底打ちから足払いへと放ち、振り上げた手刀を流れるように振り落とす。


だがこれらはすべて躱され、捌かれ、スキヤキはレミの隙を突き、彼女の顎に掌打を打って寸止めする。


「どうしたレミ? 続けろ」


「ハァァァッ!」


レミは顎にあったスキヤキの手を振り払うと、構えを変えてスイッチ――左のミドルキックからワンツーと拳を放ち、右ストレート。


後ろ重心から前へと出るムエタイスタイルのコンビネーションを繰り出した。


だがスキヤキは彼女の動きに合わせるようにその身をくねらせ、その背後へと回り、ボディに貫手をを叩き込んだ。


「ぐッ!?」


手首を回転させて突き出すように放たれた一撃で、レミの小柄な体が吹き飛ぶ。


それで互いに距離ができると、スキヤキはレミに向かって再び構えを取り、微笑んでみせた。


一方で、この程度で止まるかと言わんばかりにレミは突進。


またも構えを変え、今度はボクシングのスタイル――ファイタータイプの動きを見せる。


弾丸のような速度で一瞬で間合いを詰め、そこから休みのない連打へと入った。


左右のジャブにボディブローを混ぜたコンビネーション。


目にも止まらぬ速さで繰り出される拳には、さすがのスキヤキも避けることができずに受けているだけだったが――。


「素晴らしい連打だ。やはりお前はわしよりも、そしてクレオ·パンクハーストよりも強い……。だが――」


「なッ!?」


スキヤキはそのレミの猛攻を両手で払った。


それはまるで円を描くような動作で、彼女の両腕は左右へと散らされてしまう。


そしてスキヤキは、がら空きになったレミの胴体へ寸勁――ワンインチパンチを放った。


わずか拳一つ分空けた状態より、拳を加速させる距離なくして相手に効かせる打法は、中国武術をはじめとした多くの武術が養成し用いる力の運用法の一環であり、古くから考案され伝わってきた必倒の近接戦闘術である。


ゼロ距離からの老人の一撃で、レミがいくら小柄とはいえ、人間一人があり得ないほど吹き飛ばされていった。


「くッ!? まだまだッ!」


再び身構え、向かっていこうとするレミに、スキヤキは構えた。


両手を背中へと回して繋ぎ、彼女のほうに歩きながら声をかける。


「レミ、お前がやるべきことは己を知ることだ」


「そ、そんなこと言われたって……わかんないよ、そんなのッ!」


声を張り上げ返してきたレミに、スキヤキは言う。


「わしに合わせろ。組み手は終わりだ。型をやるぞ」


それからスキヤキはゆっくりと動き出した。


基本となる掌打から始まり、円を描くように大きく両腕と両足を回していく。


戸惑っていたレミもすぐにスキヤキと同じ動きを出し、二人は向かい合いながらその場で舞っていく。


やがて打ち合い、蹴り合いが始まるが、そこに暴力の色はない。


次第に速度が上がっていっても、レミとスキヤキの動きは優雅なままだった。


「すごい……。殴り合っているのにダンスみたい……」


そんな二人のことを見ていたユリは、思わず言葉を漏らしていた。


彼女は、優雅に舞う二人に見とれてしまっていたのだ。


それはツナミも含め、外にいた調査隊のメンバーたちも同じで、激しいながらも美しさを感じさせる演舞から目を離せずにいる。


「わかるか、レミ。これがお前だ」


「これが僕?」


「いいから続けろ。お前との演舞は楽しい」


さらに激しさを増していく二人の舞。


レミとスキヤキの周囲には風が巻き起こり、落ち葉が喜んでいるかのように揃って舞い踊る。


凄まじい突き合いがこのまま続くと思われたが、互いの掌――発勁龍が重なると、スキヤキの体が吹き飛んでいく。


それは先ほどまでスキヤキがやっていたことを、レミがやってみせたことだった。


「えッ!? 今の……僕がやったの……?」


レミは自分がやったことが信じられないようだった。


戸惑う彼女に、スキヤキは微笑むと拳を組んで一礼する。


「少しはわかったか? 自分のことが」


笑顔で言う老人に、レミは顔を引きつらせ、どうしていいかなんと言っていいかわからないようだった。


スキヤキはそんな彼女の頭に手をポンッと乗せると、子供をあやすように言う。


「後悔も恐怖も、父と母との繋がりも、すべてお前の一部だ。怯える必要はない。お前がこれまで積み上げてきたものだ」


「先生……僕は……」


「さて、休憩するとしよう。若いもんの相手は老体に堪えるが、楽しかったなぁ」


スキヤキはそう返事をすると、動けずにいるレミの前から去っていった。

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