19
――大広間の話し合いでの結果。
レミはスキヤキたち調査隊と共に、母であるクレオ·パンクハースト率いるディスケ·ガウデーレを止めることを決める。
そんな彼女の決意と、事の顛末を知ったユリもまた、自分も力になりたいと声をあげた。
「外でなんか先生の弟子の人たちも鍛えているし、あたしもちょっと相手してもらって、一ヶ月間で足手まといにならないくらいにはならなきゃ」
「ダメだよ! ユリまで巻き込めないッ!」
「今さらなに言ってんの。もう片足を突っ込むどころか全身を浸かちゃってるんだよ。こう見えても田舎にいた頃に空手やってたんだ。あたしだって数合わせくらいにはなれるって」
「で、でも……」
急に強く言わなくなったレミを気にせず、ユリは外へ出て行こうとした。
「じゃあ、ちょっと鍛えてもらってくる。ツナミさん、頼むよ」
「はぁ? なんでオレが?」
「だってあたしがここで知っている人ってツナミさんだけだもん。それに英語がわからない人がいるかもだし、通訳が必要でしょ」
「だからって、なぜオレがお前の世話を焼かないといけなんだ」
「いいからいいから。ほら、さっさと行きましょう」
ユリは強引にツナミの手を取ると、彼と共に調査隊のもとへと向かった。
そのときツナミは、部屋を出る前に思いっきり渋い顔でレミを睨んでいた。
そのときの彼の顔はまるで「お前のせいだぞ」とでも言っているようだった。
外では皆で稽古している様子が見えたので、ユリはそこに自分も参加するつもりなのだろう。
心配のほうが大きいが、ユリは一度言いだしたら絶対に引かないことを知っているので、レミに彼女は止められなかった。
「いい友人を持ったな」
スキヤキが嬉しそうにそう言うと、レミは顔を赤くして笑みを返す。
先生の言う通りだと、彼女も思う。
こんな酷い状況に巻き込まれてしまったのに、ユリは文句一つ言わず、むしろ協力的だ。
それは、彼女生来の人柄の良さがわかるものだった。
本当にユリと出会えてよかったと、レミは胸が熱くなっていくのを感じると、すぐに表情を引きしめて口を開く。
「先生、僕じゃ母さんを止められない」
レミはこれからインパクト·チェーンの力を使いこなせるようになっても、クレオ·パンクハーストには敵わないと言った。
チェーンの力に頼る以前に実力が違い過ぎると、スキヤキに訴えかけるような表情を向ける。
「母さんに勝てる人なんて知らないけど……でも、それでもなんとかしなきゃ」
「わしに何を教えろと言うのだ? もうお前には、わしの知るすべて伝えた」
「でもスキヤキ先生なら何か知ってるんでしょ!? 母さんを止める方法ッ!」
声を張り上げたレミ。
スキヤキは座っていた椅子から腰を上げると、彼女に背を向けて俯いた。
そんな老人の態度からレミには伝わった。
やはり母であるクレオ·パンクハーストに勝てる手段などないのかと。
「一つだけ、お前に教えておくことがあった」
しかし、策がないかと思われたが、スキヤキは振り返ってレミへと声をかけた。
レミは両目を大きく開き、前のめりになって近づく。
「なに!? なんなの!?」
「それはな。お前はクレオ·パンクハーストよりも強いと言うことだ」
スキヤキはレミがインパクト·チェーンを使いこなせば、母よりも強いと答えた。
レミが自分ではクレオには勝てないというのは、単なる思い込みであると。
インパクト·チェーンの力に溺れ、頼りきりになり、己を磨くことを忘れたクレオなど超えていると口にし、いつになく真剣な眼差しでレミのことを見つめる。
「そんなわけないよ! 僕が母さんよりも強いなんて! そんなわけ、あるはずないッ!」
「わしが言っているのは、あくまで肉体や技術においての話だ。そして、それでもお前がクレオに勝てないのは心の問題」
「そんなの
「それだ。その母にはけして敵わないというお前の恐れが、まるで見えない鎖に縛られているように、全身の動きを鈍らせておる」
そう言われたレミは、何も答えなかった。
ただ黙って俯くだけで、スキヤキの言葉にどう反応していいかわからない。
自分が母よりも強い。
そんなことは信じられないといった様子だったが、老人の言ったことに思うところもあったのだろう。
その表情は、湧き上がる複雑な感情に苛まれている。
「もし、僕が母さんに勝てるというなら……どうすればいいか教えてください、先生……」
しばらくして、レミは顔を上げて最初に問うたことを再び訊ねた。
スキヤキはそんなレミから何かを感じ取ったのか、外へ出ようと声をかけ、彼女を連れて大広間を出た。
外へ出ると、そこでは調査隊のメンバーたちが稽古をしていた。
皆が整列して同じ動作を繰り返し、まるで統率された軍隊の訓練を思わせる。
調査隊のメンバーは、白人、黒人、東洋、中東とさまざまな人種が入り混じっていた。
そもそもスキヤキは東洋人で、ツナミは東南アジアの人間であり、さらにこの屋敷は、ギリシャはアテネに住む調査隊のメンバーの家なのだ。
今さらこの民間団体に人種など関係ないのだろうと、レミは特に驚いた様子は見せなかったが。
「あッ、本当にやってるんだ……」
その中には、先ほどツナミを連れて出て行ったユリの姿もあった。
彼女の手には棍が持たれており、傍にいたツナミの指導を受けながら基本的な動きを教えてもらっていた。
「うおぉぉぉッ、ハッ!」
元々平均的な日本人女性よりも手足が長く、身長も高いせいもあり、その動きは想像以上に様になっていた。
若い頃に空手をやっていたという話も、あながち冗談でもなかったのがわかる身のこなしだ。
レミはそんなユリの姿を見て驚いていたが、つい顔が緩んでしまってもいた。
「久しぶりに組み手でもやってみるか?」
そんな光景を眺めながら歩いていると、スキヤキは急に足を止め、レミにそう声をかけた。
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