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――クレオ·パンクハーストの屋敷から逃げることに成功したレミたちは、トルコで空路から海路へと変更し、海を渡ってギリシャへと入った。


トルコとギリシャ両国は、長らく緊張状態にあってか本島同士を繋ぐ船がない。


だがトルコのギリギリまでギリシャの島があるので、一度そこに渡ってからスキヤキたち調査隊の支部があるアテネを目指すということになった。


アテネはギリシャ共和国の首都で最大の都市。


アッティカ地方にあり、世界でももっとも古い都市の一つで約三千と数百年の歴史がある。


古代のアテネであるアテナイは強力な都市国家であったことで知られており、芸術や学問、哲学の中心で、かの哲学者プラトンが創建したアカデメイアやアリストテレスのリュケイオンがあることでも有名だ。


西洋文明の揺籃や民主主義の発祥地として広く言及されていて、その大部分は紀元前四、五世紀の文化的、政治的な功績により後の世紀にヨーロッパに大きな影響を与えたことは知られている。


今日の現代的なアテネは世界都市としてギリシャの経済、金融、産業、政治、文化生活の中心とされていたが、経済危機に見舞われ、危ない状態に長らくあった。


だが、こうした状況もようやく改善し始め、明るいニュースも聞かれるようになっているのもあって、アテネへと入ると、街の賑わいがレミたちを迎えてくれた。


「見て見てユリ! すっごい海がキレイ!」


「まるで沖縄みたいだね。……沖縄に行ったことないけど」


どこにでもあるヨーロッパ建築の建物に紛れて古い遺跡があり、遠くにあるビーチへと目をやれば太陽で輝いている青い海が見える。


世界的にも有名な、古代ギリシア時代の遺跡が残る人気の観光名所だ。


レミとユリは、初めて訪れたギリシャの街並みや海に目を奪われていた。


そんな彼女たちを見てツナミは呆れていたが、スキヤキのほうは微笑ましく見ている。


そこから歩くこと数時間、郊外へと出た。


ユリが一体いつ到着するんだと愚痴を吐き、すっかり観光気分が消し飛んでいると、木々に囲まれた建物へと到着する。


どうやらここもインドにあったような調査隊の持ち物らしい。


クレオ·パンクハーストの屋敷と比べると質素に見えるが、それでも数十人は住めそうな大きな家だ。


中へ入ると、調査隊のメンバーであろう道着のような服装をした男女がレミを迎えてくれた。


それから大広間へと移動し、レミたちはお茶を飲みながら今後のことを話すことにする。


「先生、もし母さんが扉が開いたらどうなるんですか?」


レミが母クレオに聞いた話では、さらなる遺跡の奥にある扉にはインパクト·チェーンのもとになった鉱物が眠っている。


彼女はてっきり、スキヤキたちがディスケ·ガウデーレがその超常的な力を持つものを手に入れることを阻止しようとしていると思っていたが。


どうもそうではないようだった。


「わしらの調査でわかったことだが、サゴールと呼ばれる遺跡には、人の魂を喰らう魔物が閉じ込められているようだ」


「えッ!? じゃあ母さんはそのことを知っていて扉を開けようとしているんですか!?」


「まあ、聞きなさい」


スキヤキは声を張り上げたレミを制し、話を続けた。


なんでも調査隊が調べたところによると、サゴール遺跡にはアルバスティという魔物が封じ込められている。


アルバスティはトルコの神話に出てくる魔物――アルカルスの語源になったと予想されると、スキヤキは言った。


アルカルスというのは、トルコの神話の有名な魔物の一つ。


その姿は痩せていて背が高く、そして指が長い女の形相だと言う。


子供を生んで産褥期を過ごしている女性が一人で寝てしまったら、アルカルスが来て、その女の肺を食べてから子供を誘拐すると言われているトルコ人がシャーマニズムに帰依していたときから現在まで伝えられてきた俗信だ。


「昔からアルカルスから身を守るために、女性たちは髪に赤いリボンをつけると良いと言われているな」


実際に今でもトルコの様々な町でアルカルスの存在を信じている人は多くおり、たとえアルカルスの存在を信じていなくても、ファッションとして髪に赤いリボンをつけている女性は多いのだそうだ。


「じゃあ、母さんは赤いリボンをつければ大丈夫って思ってるってこと?」


レミの的外れな意見にツナミが顔をしかめると、スキヤキが微笑みながら答える。


「そんな簡単な話じゃない。おそらくクレオ·パンクハーストは、アルバスティを倒す自信があるのだろう。だがそれは危険すぎる」


笑顔から落胆した表情になってスキヤキは話を続けた。


いくらインパクト·チェーンの力があっても、アルバスティを倒せるかはわからない。


もしアルバスティが世に放たれれば、世界中がとんでもないことになる。


スキヤキたち調査隊は、アルバスティの復活を阻止するために、これまでもずっとディスケ·ガウデーレの動向を探っていたのだ。


事実を聞いたレミは肩を落とし、俯きながら言う。


「なんで、なんで母さんはそんなことをしようと……」


「正確なことはわからんが。たぶんクレオ·パンクハーストは、インパクト·チェーンのような力を誰にも渡さないために動いているのではないかと、わしは思っている」


そう言ったスキヤキは、実はディスケ·ガウデーレ以外にも超常的な力を持つ鉱物が発掘された遺跡の存在を知る者らがいると言った。


もし団体、組織――いや国や政府がその鉱物を手に入れて自国の軍隊に装備させたら、その国は世界を支配しようとするだろう。


クレオ·パンクハーストはそれをさせないためにさらなる力を求めていると、スキヤキはこれまで調べた彼女の経歴や性格からそう考えているようだ。


「そっか……。母さんが父さんから託された務めって、そういうことだったんだ……」


「だが、アルバスティの封印を解くわけにはいかん。そのために、お前にも協力してもらうぞ、レミ」


母の心情を知り、安堵の表情を見せたレミに向かって、スキヤキは静かながら熱のこもった声でそう言った。

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