17

――レミとユリは、クレオの屋敷の側にあった高台から脱出し、ヘリコプターの後部座席にいた。


運転席とその隣には、レミが先生と呼ぶ白髪の老人スキヤキと、その弟子であるツナミが操縦桿を握っている。


どうやらレミはユリのスマートフォンを使い、スキヤキたちへ連絡したようだ。


クレオから、インドでの襲撃でスキヤキたちには逃げられたと聞いていなければ、思いつかなかったことだろう。


世界的な暗殺組織と呼ばれるディスケ·ガウデーレだが、まさかインドにいた小汚ない坊主たちが空から助けにくるとは思うまい。


「チェーンは奪われたか……」


レミから屋敷で何があったのかを聞いたスキヤキは、その顔をしかめてさらに皺を増やしていた。


それはレミが高台に連れていかれる前に、彼女の右手首に巻いていたインパクト·チェーンが、クレオに奪われたからだ。


「古文書によれば、次にチェーンで扉を開くことができるのは一ヶ月後。それを逃せば再び数年間はチャンスがない……。たとえ可能性は低くとも、ディスケ·ガウデーレは遺跡へと向かうだろうな」


「どうしますか、先生?」


「一ヶ月後ならばまだ時間はある。なんとしてもクレオ·パンクハーストを止めねば」


ツナミが訊ねると、スキヤキは力強く答えた。


ユリからすると、未だに彼らの正体がわからない。


この一見して仏教徒のような二人は一体何者なのか。


ユリはスキヤキとツナミのことを知ろうと、そっと隣に座るレミに耳打ちして訊ねた。


「聞こえてるぞ。日本のお嬢さん」


「先生、この子はユリ。ちゃんと名前で呼んであげてよ」


レミがユリのことを名前で呼ぶようにと注意すると、ツナミは彼女に向かって口を開く。


「何だその態度は。助けてもらって偉そうにするな。先生の慈悲の心がなければ、お前たちは一生あの高台に閉じ込められていたんだぞ」


「偉そうになんてしてないよ。もちろん先生とツナミには感謝してる。ただ、名前で呼ばないのはよくないでしょ」


レミの返事を聞き、ツナミが顔を強張らせて後部座席へと振り向こうとすると、スキヤキが彼の肩にポンッと手を乗せた。


ツナミは納得がいかないという顔をしていたが、渋々ながら何も言わずに再び前を向く。


「ユリ、私たちは別に怪しい者じゃない」


「いや、そんなこと言われるとメチャクチャ怪しく聞こえるんですけど……。あッ、助けてもらったのに、失礼なことを言ってごめんなさい」


「構わんよ。では、君が知りたいことを教えよう。わしらは古代遺跡の調査をしている民間団体だ」


スキヤキはもったいぶることなく、自分たちの正体を答えた。


それからこの老人の説明から、彼が結成した古代遺跡の調査隊のメンバーが世界中にいることを知る。


どうやら今レミたちが乗っているヘリコプターも、調査隊のメンバーの所有しているものらしい。


話を聞いたユリは、彼らの持つ雰囲気――胡散臭さは消えなかったものの、すべてが腑に落ちた。


クレオ·パンクハーストが話していたのはサゴールと呼ばれる遺跡で、そこで発掘された鉱物でインパクト·チェーンは造られたと言っていた。


彼らが古代遺跡を調査していたのならばインパクト·チェーンの存在――あの超常的な力を持つ鉱物から造られたアクセサリーについて知っていておかしくない。


だが、一つわからないことがある。


なぜスキヤキやツナミ、インドで見た彼らの仲間たちも皆、まるで仏教徒が着ていそうな道着のような服を着ているのだろう。


ユリがそのことを訊ねると、スキヤキは返事をする。


「これはわしの趣味もあるが、小汚い格好をしているほうがどの国でも動きやすいんだ」


「そんなもんですかねぇ」


「考えてみなさい。民間の古代遺跡の調査隊なんて儲からなそうな仕事、いかがわしいだろう」


「その格好も十分いかがわしいというか、きな臭いというか、胡散臭いですけど……」


「ハッハハ! 歯に衣着せぬな、君は。まるで小説家かラッパーだ。“きな臭い”“胡散臭い”と、しっかり韻を踏みおって」


スキヤキはユリの物言いに大笑いすると、レミも一緒になって笑う。


「ユリは音楽作っているからね~」


「なんと、そりゃいい。機会があったら聴かせてくれ。こんなジジイだが、どんなジャンルの音楽も好きなんだよ」


ユリは「はぁ」と歯切れの悪い答え方をし、こんな状況でよく笑えるなと引きつった顔をしていた。


彼女がさすがはレミの先生だと思っていると、ツナミは不機嫌そうに口を開く。


「今はそんな悠長なことを言っているときではありません。一ヶ月後にはクレオ·パンクハーストが遺跡の扉を開くつもりなんですよ。もっと危機感というものを」


「まあそう言うな、ツナミ。張りつめてばかりいては上手くいくものも上手くいかんさ」


スキヤキがそう怒るなと言わんばかり言い返すと、レミも彼に続く。


「そうそう。大体僕のチェーンは取られちゃったけど、あれって決められた持ち主じゃないと力を発揮できないんでしょ? だったら問題ないんじゃない」


「甘いな。お前とクレオ·パンクハーストは親子だろう。どうやってチェーンの持ち手を決めているのかはわからんが、同じ血を持つ者ならばチェーンを使用することも可能かもしれない」


「相変わらず心配性だな~ツナミは」


「お前が楽観的過ぎるんだ。ったく、お前やクレオ·パンクハーストのような奴がインパクト·チェーンの持ち主なんて……お前の父親は何を考えていたんだ。世界を終わらすつもりか」


「父さんは関係ないじゃん!」


その後、レミとツナミと不毛な言い合いが始まったが、彼女たちを乗せたヘリコプターは追っ手に追われることなく、無事に脱出した。

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