08

あの激しくも華麗な闘いに、自分のような素人が飛び込んで大丈夫なのだろうか。


いや、そもそも催涙スプレーを浴びせられるのか。


ユリはそう思いながら、再びレミとツナミのほうへと視線を動かした。


そこでは、体操の選手か、またはワイヤーアクションかのような光景が繰り広げられている。


まるで作り物――映画でも撮影しているのかと言いたくなる闘いだ。


こんな中を自分などが飛び込んでも、二人を止められるはずはない。


だがしかし、ユリはそれでも歩を進め始めた。


「無理かもしれないけど……。でも他にやれる人はいない……ここはあたしが二人を止めなきゃッ!」


話からするにあのツナミという青年も敵というわけではなさそうだ。


ともかく一度レミにも彼にも落ち着いてもらうために、催涙スプレーで無力化する。


ユリは覚悟を決めて二人の側まで近づいていった。


すると、彼女の背後から声がかけられる。


「それはわしがやろう、お嬢さん」


「へッ?」


ユリが振り返ると、そこには誰もいなかった。


そしてレミたちのほうに視線を戻すと、彼女とツナミがひっくり返っているのが見える。


それをやったと思われるのは、レミとツナミが倒れている間に立つ白髪に長髪の東洋人の人物。


おそらくこの屈強な体をした老人が、先ほどからレミが口にしていたスキヤキ先生だろう。


「先生ッ! お久しぶりです! 起きてたんですね」


レミは転ばされたというのに、笑顔で声を張り上げていた。


そんな彼女とは逆に、ツナミは歯を食いしばって不満そうにしている。


「あれだけ騒がれて寝られるか。お前の声を聞いてすぐに起きてきたんだ。どうせツナミとケンカになると思ってな」


「くッ、ですが先生! こいつはあのディスケ·ガウデーレにいた奴ですよ! そんな奴を先生の傍に近づけさせるわけには」


「ツナミ、いい加減にしろ。レミはもう殺し屋じゃない。儂らと同門の仲間だ」


「こいつがクレオ·パンクハーストの娘だって知ってたら、出会ったときに追い払っていましたよ!」


ツナミが口にしたディスケ·ガウデーレとは、金次第で誰でも殺す暗殺組織。


世界中に支部があり、要人暗殺や建造物爆破等を生業にしている。


そしてクレオ·パンクハーストは、レミの実の母親であり、殺し屋集団を統べるボスである。


どうやらツナミは人殺しを生業にしているディスケ·ガウデーレのことを嫌っているようで、レミのこともよく思っていないようだ。


「いいから茶でも出してやれ。わざわざ訪ねてきた客人に無礼をするな」


ツナミは不満そうにしながらも、背筋を伸ばし、掌に拳を合わせて頭を下げ、その場から去っていった。


スキヤキに言われた通りに茶を入れに行ったのだろう。


その様子を見ていたユリは、茶に毒でも入れなきゃいいけどと不安そうに見ていた。


だが彼女とは違い、レミはスキヤキに駆け寄る。


「先生、聞いてください! ディスケ·ガウデーレが横浜に来たんですよ!」


「そいつは部屋で話そう。お前の連れもこんな場所では落ち着かんだろう」


スキヤキはユリのほうを一瞥すると、レミのことを見つめた。


それは別に威圧感のあるものではなかったが、レミは先ほどのツナミと同じく、まるで思い出したかのように背筋を伸ばし、掌に拳を合わせて頭を下げる。


おそらくこれは彼らの使う武術の挨拶か何かなのだろう。


ユリからすれば、中国の武侠映画に出てくる芝居がかったものにしか見えないので、違和感を覚えてしまう。


それから大広間から移動し、客間に案内された。


レミは先ほど注意されたせいか、委縮してしまっている状態だった。


椅子にも座らずに、ただ俯いている。


スキヤキのほうも黙ったままでいるので、ユリはなんとかこの雰囲気を変えようと口を開く。


「えーと、スキヤキ先生でいいんですよね? あたしは山田やまだユリって言います。レミとはルーシェアしてて」


「ああ、聞いているよ。レミが大変世話になっているとな」


「いやいや、そんなことないですよ。それよりもスキヤキ先生って強いんですね。さっきのあれ、メチャクチャカッコよかったです」


「そいつはどうも。君のそのパンツ、イケてるな。パンクファッションってヤツか、懐かしい。わしも若い頃はよく聴いてたよ」


「マジで!? 先生ってパンク聴くのッ!?」


ボンテージパンツを褒められ、さらに老人がパンクロックを聴いていたことにユリが驚いていると、ツナミがポットとカップを持って部屋に入ってきた。


ツナミはテーブルにカップを並べ、ポットから茶を注いでいく。


人数分の茶を注いだツナミは、不機嫌そうな顔で皆の前にそれぞれコップを置いた。


「ありがとう、ツナミ」


「ど、どうも」


そんな彼に対して、レミはまるで殴り合ったことなどなかったかのように笑みを返し、一方でユリは歯切れの悪い礼を口にした。


二人にお礼を言われたツナミは、フンッと鼻を鳴らすと、部屋の隅まで下がってまるで見張り役でもするかのように立っている。


その態度は、スキヤキに諫められても、彼がまだレミたちのことをよく思っていないのがわかるものだった。


スキヤキはそんな弟子の態度にため息をつくと、やれやれと言いたそうにしながら、その口を開く。


「では、聞かせてもらおうか。 ディスケ·ガウデーレがお前のところに来たんだったな」

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