ある吸血種の最期


「お前、私の地下室に入っただろう

そしてあの本を持ち出したな?」


「なにか仕掛けてありましたか」


「お前がここに戻ってくるとすれば

それ以外に可能性が無いから当然だ」


そうか

だから彼女は来たのか

潜伏している国を捨てて


ボクの所在が分かった瞬間に

行動を起こしたというのか


……とくれば


「私の要件はひとつだ

自らの保身のためにお前を殺す


以上」


やはりそうくるか

完全に後手に回ってしまった


ボクとしては

アルヴィナを育てきってから

2対1に持ち込むつもりだったのに


計画が


完璧に崩されてしまった

いちばん嫌なタイミングで

最大のダメージを与える手を使う


彼女は昔から

そうやってボクに教えてきた

……これは相当な有効打だが


しかし


「師匠の思い通りには行きませんよ」


ウェルバニア=リィド

決して貴方の思う通りには

何がなんでもいかせない。


ボクはこれまで

彼女を打倒すために


様々な吸血種と戦って

経験を積んできたんだ


吸血種を滅ぼす

そう決めた時からボクは

ずっとここを見据えて戦ってきた。


常に居場所を変えて

移動し続けてきたのは

こうなる事を恐れたから


だが


ボクは足を止めてしまった

そのタイミングで彼女が来た


行動を予測されていた

見えない罠を仕掛けられていた

ボクではまだ彼女には勝てない


経験で埋まるような

生易しい力の差では無い

存在としての格が違うんだ。


普通の吸血種のようにはいかない

彼女には特別なルールが適用される


「ジェイミーお前にひとつ

私から言いたいことがある」


耳を傾けるなっ!

彼女の声を聞いてはならない!


ボクは知っている

師匠が戦いのスイッチを

入れるタイミングを


それは敵と相対したあと

ほんの少し会話を交わして

自分の言葉に慣れ始めた瞬間!


だから


師匠の今の言葉は

ボクの不意を打つための


布石


何があろうとも

不意打ちは喰らえない——


「好奇心の申し子よ

お前は頭上に気を付けるべきだ」


その瞬間!




周囲一帯

見渡す限りの範囲の地面が

ただの一瞬で全て消え去った!


そして

浮遊感を味わう間もなく


ボクは四肢を爆散させながら

後方にぶっ飛ばされていた。


「グァ——ッ」


見えなかった

反応できなかった


三重に仕掛けられた意識誘導で

まんまと不意を打たれてしまった


だが生きている

ギリギリで心臓には

届かせなかった……!


手足を失い

視力を奪われるだけで済んだ

初撃必殺を至上とする師匠の


初めの一撃を凌いだ!


これはボクがこれまで

吸血種との戦いで培った対応力が


このボクを辛うじて

世界につなぎとめたのだ。


ボクは後方に飛ばされながら

血の力を発動し自分の身体を霧散させる


細かく分裂したボクの身体は

超高速で動くことが出来る


足場のある地点まで移動し

ボクは姿を取り戻した

再生は既に終わっている


視界が蘇るが

どこにも彼女の姿がない


地面が丸ごと消し飛んだ

哀れな街の姿だけが目に入るばかり。


「——っ!アルヴィナかッ!」


ボクは察した

彼女の真の狙いを


背筋が凍てつく


そうだ

彼女は最初に言っていた

ボクが地下室に入ったと


この街に戻ってくるとしたら

理由はそれしかないと


ならば

師匠は気付いている

屋敷にもう1人吸血種が居る事を!


そして彼が

戦力のひとつとして

ボクが育てていることを!


ボクは走った

飛ぶように走った


彼女はボクに対して奇襲を行い

その結果が失敗だと分かるや否や

標的を切り替えたんだ


より確実に

仕留められる方へと


まずい

今のアルヴィナじゃ

師匠に手も足も出ない


ボク相手に負けてるようじゃ

絶対に勝負にすらならない!


急げ


急げ


急げ


彼が殺られたらボクは

勝てる見込みが無くなる


彼を育てて

2対1に持ち込むことでしか

ボクが彼女を打倒する道は無い


そこが潰えたら

負けが確定する


「早く、早く、早く……!」


目的地にたどり着くまで

あと一秒ほどかかる


遅い遅すぎる

一秒じゃ足りない!


そして

目的地に辿り着いた時

ボクの目に飛び込んできた光景は


根元から吹き飛んだ

ボクの屋敷だった。


アルヴィナが殺られた

ボクの頭にその言葉が浮かぶ

可能性があまりにも高すぎる。


だが


それだとしたら

ボクが見ているものは


崩れた屋敷だけでなく

トドメを刺され死んでいる

アルヴィナの姿と


その傍らに立っている

師匠の姿であるはずだ


だが

それがないという事は


目の前のこれは

ボクの気を引くための囮か!


理解したと同時に

ボクはなりふり構わず全力で

ことを選択した


飛び退いた

地面を遥か離れた


そのすぐあと

まさに直後!


ボクがそれまで立っていた地面から

無数の血の槍が飛び出してきた


やはり

そうだったか


本来吸血種同士で

血の力を使った攻撃は

なんの効力も持たないが


彼女だけは別だ

ウェルバニア=リィドだけは

そのルールから外れている


彼女は殺すことが出来る

血の力を用いて吸血種を

心臓を砕かなくても殺せるのだ


一定ダメージを負わされれば

吸血種の機能は停止してしまう。


彼女の強すぎる血に

自分の血が汚染されてしまうのだ

そうなればもう身動きは取れない


実質的な死だ。


ボクは飛び退いたあと

周囲に感知範囲を広げて

師匠の居場所を探りにかかる


だが


一秒も立たぬ間に

感知には引っかかった


それは



「——ッ!」


ゴウ!


真っ赤な死が吹き荒れたが

ボクは間一髪でソレを受け止めた


両腕で挟み込むようにして

師匠の爪を受けきった


そして反射的に

掴んでいた腕を捻り壊し

そのまま後ろを振り返り


腰の短剣を抜いて

後方に飛び退きながら

それを投げた


目にも止まらぬ速度

認識することすら困難なはずの


引き撃ちの短剣は

師匠に受け止められ

そのまま投げ返された


投げた時の勢いを殺さず

超高速で投げ返される短剣


ボクは


襲来それを蹴りあげて

今度は上空に弾き飛ばした


そしてその瞬間

ボクは血の力を発動し

投げた短剣に向かって糸を伸ばす


糸は柄を捕まえた

ボクは糸で短剣の軌道を

無理やり力技で変えて


そのまま

鎖鎌を振り下ろすように


たっぷりと遠心力を付けた短剣を

師匠の脳天目掛けて叩き落とした


しかし彼女は

逆に距離を詰めてきた

片手がふさがっているボクに

超高速で接近を果たす


咄嗟に

足の裏に力を伝えて

地面を砕き足場を悪くした


そして彼女は

貫手六閃を放った


それはボクのものより

何倍も早く強力だったが


悪くなった足場のせいで

あと一歩命には届かなかった。


全身に穴を空けられ

爪が肉を断ち骨を砕く

心臓にも二発打ち込まれた


一発目は数センチ

心臓には届かなかった


二発目はボクが

逆に腕を切り飛ばし防いだ。


凌いだ

死は免れた


ボクは


未だに糸で繋がっている

振り下ろす途中の短剣を

腕ごと引き込んだ


方向転換

短剣はこちらに飛来する。


師匠はそれを見もせず

血の力で生み出した腕で

粉々に砕いて攻撃を止めた


だが


彼女は確かに気が逸れた

隙とも捉えられない隙だが


ほんの一瞬だけ

血の力を使うために

攻撃の手が緩んだ。


好機!


ボクは彼女に対して

全力の爪を叩き込んだ


ノーモーション

最大最速の一撃


自分が今出せる最大

これまでの集大成!


自分でも

認識しきれないほどの

速度を誇った爪の一振は


二本


師匠が生成した

血の腕によって


肩から抉り飛ばされて

攻撃として繰り出す前に潰された。


それは体術でないが故に

本体とは別に動いている


あくまで能力

肉体の行使とは別


すなわち

後隙が存在しない!


腕を失うのと

師匠が貫手を放ったのは

全くの同時であった


己の反射神経を振り絞って抵抗する

まだ残っている方の腕でなんとか


それを防ごうと

死にものぐるいで抵抗する。


間に合うかどうかは賭けだ

完璧なタイミングで合わせられた

死の一撃を防げるかどうかは


完全に運だ


正直ダメだと思った

殺られたのだと諦めていた


彼女が攻撃をはなった時には既に

ボクは反応しきれていなかったのだから


つまり後出し

師匠に対して後の先など

取れるはずがない


そう


はずがなかった


だがボクは

間に合っていた!


切り飛ばした

すんでのところで間に合った

師匠の貫手を腕ごと切り飛ばした


「——なに」


驚愕の声が師匠の口から漏れる


九死に一生


とはまさにこの事


……なのだが


ボク自身はその結果に

まるで納得していなかった

なぜなら有り得ないからだ


あの状態から間に合うなど

あるわけが無い、有り得ない


不気味な感覚が

頭の中を支配する

心が不安に染まっていく


その瞬間


突然


師匠の右の胸が

内側から弾け飛んだ


派手に肉片を撒き散らしながら

内側から爆裂したのだ


そしたボクはみた

穴の空いた胸の向こう側から

真っ赤な血の腕が伸びてきたのを


爪をたずさえて

まっすぐ伸びてきたソレを


師匠とボクは今迎え会っている

つまり師匠からみた右は

ボクから見て左であり


すなわち

急所の心臓がある!


ボクは


咄嗟に引こうとした

……だが、しかし!


「——ッ!?」



両腕を掴まれていて

後ろに引けなかった!


まずい

まずいまずいまずい

やばい殺られる間に合わない


そうだまだ諦めるな!

悪あがきをするんだ——



……その一瞬の遅れは

この上なく致命的であった


血の腕はボクを逃がさない

無慈悲に突き出されたそれは


ボクの身体に到達し

師匠の身体にしたのと同じように

皮膚を肉を骨を貫き


無慈悲に


無情に


ボクの


「——ぐあ……っ……」


「さらばだ、我が弟子よ」


ボクにはもう

彼女の声が聞こえなくなっていた——。

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