最初の吸血種 ウェルバニア=リィド


屋敷に戻った時には

空はすっかり暗くなり


美しい緑の平原だった場所は


向こう数百年掛かっても

元に戻ることは無いと断言できるほど

苛烈に荒れ果てる結果となった。


その惨状を見てアルヴィナは


「これ大丈夫なの?」


と怪訝そうな顔をしていたが


「大丈夫じゃない?」


という

ボクの適当な答えを聞いて

ますます苦い顔をしていた。


勝敗に関しては


もちろんボクの勝ち越しだが

この短期間でアルヴィナの実力は

異様なまでに成長を見せた。


ボク自身も鍛錬を怠れば

直ぐに追い抜かれてしまう

そう確信できる程に。


アルヴィナには

幾つかボクより優れている点があった

ひとつめは攻撃を回避する能力だ。


元々が人間だった彼は

被弾を前提とした戦い方をしない

故に負傷させることがまず困難だ。


吸血種同士の戦いにおいて

攻撃を回避するという行為は本来


望ましいものではないにも関わらず

アルヴィナのそれは常軌を逸していた。


恐らく目がいいのだろう

ボクも何度か攻撃を躱され


そして


避けるとほぼ同時に

反撃を重ねてこられる。


一度や二度じゃない

何回も続けて決められた

あれには少し苦戦させられた

アルヴィナは継戦能力に優れている。


ただ


その分デメリットもある


瞬間的に何箇所も攻撃されると

避けきれず被弾してしまうという点だ。


事実

直前までボクの爪を

余裕で避けていた彼は


四連発した貫手を防げずに

死亡回数を重ねてしまっていた。


あと挙げるとすれば

まだ若干人間の感覚で

戦っているフシがあるので


ボクの行動に対して

対応しきれない時がある

というところか。


例えば

掴まれた腕を切り離したり

負傷前提で突撃をしたり


地面をひっくりかえして

丸ごと投げつけたり


目に負えない速度で

連撃を繰り出したり


そういう

吸血種の肉体性能に物を言わせる

力技にまだ意識が向ききってはいない


そこは今後の課題だろう。


優れている点といえば

まだ明確にそうとは言えないが

片鱗を覗かせているという点では


ひとつ

気になる事がある


それは

間合いの近さだ。


アルヴィナは何回か

非常に近い位置に踏み込んできた

ほとんどゼロ距離と言っていい場所に。


まだ芽が出ていないが

あれが形になったなら

中々厄介な戦い方に成長しそうだ。


以上が

計600を超える戦闘において

今日一日でアルヴィナが挙げた戦果だ。


これは相当なものだ。


師匠が書き記した内容によると


普通は数年

短くても数ヶ月かかるところまで

アルヴィナは一日で到達していた。


まだ荒削りとはいえ

経験を積ませればそのうち

ボクをも凌ぐかもしれない。


戦力として役立つからではなく

純粋に彼の成長が楽しみだった。


そして


過激で苛烈を極めた

戦闘訓練とは名ばかりの

命を賭けた死合いは終わり


ボクら二人は今

屋敷へと戻ってきていた。


「……」


アルヴィナは


ボクの自室

隅の方にある椅子の上で

膝を抱えてじっとしている。


虚空を見つめて

ここではない何処かを見ている

彼は明らかに考え事をしていた。


さっきの戦いのことか

あるいは別の何かだろうか

とにかく真剣であることは分かる。


ボクとしては

色々と話しておきたいことがあるが

今でなくても大丈夫な事ばかりなので


あえて邪魔をすることは

しない選択肢を取っていた。


しかし


「そうなると暇だねぇ」


彼との会話が出来なければ

ボクにはやる事が何も無い


しばらくの間は

ここを離れるつもりは無い

アルヴィナの戦闘訓練はまだ足りない


となると

やれることが何も無いのだ。


確かに

ゆったりとしたのは好きだが


手持ち無沙汰や退屈に関しては

天敵と言って良いほど苦手だった。


「……屋敷の中でも見て回るか」


そういえば

ここに帰ってきてから

一度もそれをしていなかった。


何もしないよりはマシか

退屈しのぎくらいにはなるだろう。


「ちょっとボク

屋敷の中見て回ってくるよ

何か用があったら血の力でも使うといい」


本来はデメリットだが


付近に吸血種はひとりしか居ないので

力の行使を感知すればそれが

彼のものだと分かるので


この場合はその特性を

上手いこと連絡に使える。


「……分かった」


姿勢を変えぬまま

視線すら動かさずに

アルヴィナは返事をした。


相当集中しているな

その様子を見るにやはり

考えているのは戦いの事だろうか。


そんな彼を尻目に

ボクは部屋から出ていく。


廊下はそれほど長くは無い

部屋の数もこの規模の屋敷にしては

外からの見かけよりも少ない方だ。


極めて機能的で実用的

無駄を省いた良い造りだ。


「それにしても

またここに戻ってくるとはね」


朝から何度

そう思ったことだろう。


本気でここにはもう二度と

戻ってこないと思っていた。


街の人間を殺し尽くし

最後の一人まで吸い尽くしたあの夜

ボクは朧気にそう確信していたのだが。


「それもこのボクがまさか

弟子を取るだなんて」


人間を吸血種にする

それは口で言うほど簡単じゃない

成功するかどうかは完全に運なのだ。


お互いをよく知っていること

その人間が吸血種になる事に

同意していること


などで成功確率を上げられる

なんて話も聞いたことがあるが

明確な答えは出ていない。


よくもまあ

上手くいったものだ

ボクは運がいい。


「後でその辺の話も——」


その時


全身を手のひらが覆う様な

包み込まれる感覚を味わった。


それは速度があり

そして方向性があった。


ボクの背後から

通り抜けるようにして

伝わってきたその感覚は


内側から湧き上がるみたいに

吸血種の血が揃って騒ぎたてる。


感覚が尖る

一瞬にして意識が切り替わり

あらゆる思考回路が巡り出す。


既に足は動いている


その感覚を味わった瞬間に

窓を開けて外に飛び出していた。


「……この感じは」


予感があった

正体に関する予感が。


覚えがある

ボクはさっきの感覚を

とてもよく知っている。


足は進む

暗い夜の街を突き進む


それは決して飛ぶようでも

閃光のようでもなく


一歩一歩踏みしめるように

緑の廃墟と化した街をただ

真っ直ぐと歩いていく。


大通りを行く

幅の広い通りを歩く


夜風が吹いている

髪の毛が揺れている


静寂に包まれた無人の街では

足音がよく反響している。


ふたつ


響く足音はふたつ

前方から聞こえてくる。


鼓動が早くなる

歩幅が僅かに乱れる

胸の奥から背中と頭にかけて

ゾワゾワとした液体が流動する。


嘘だと

そんなはずは無いと


とっくの昔に

事実であると分かっている

今の現実を心が否定する。


だが


頭は冷静だ

優秀なボクの頭脳は

揺るがぬ答えを導き出している。


紛れもない現実が

月明かりに照らされて

こちらに向かって歩いてくる。


サクリ


サクリ


ひび割れたアスファルトの

苔の生えた路面を踏む足音


ボクの前方で

ボクを見据えて

ボクのよく知った姿で


全ての始まり

吸血種ジェイミーが

今こうして生きていられる理由


ボクの命そのものであり

ボクがこれまで数多の吸血種を

葬ってこられたそのワケ


背の高い

その女は


地獄の業火をも凍てつかせる

剣のように冷徹な氷の声でこう言った


「——こんなにも寒々しい夜に

血の香りに誘われやってきた


その手はまだ

花のように可憐か?


よもや

狂乱に呑まれていまいな

好奇心の申し子ジェイミー」


彼女は

ボクに生きる術を

対吸血種戦闘術を授けた張本人であり


そして


ボクが知る限りで

現存する吸血種の最後のひとり

この度の終着点


最後の最後で

超えなくてはならない境界


世界最古の吸血種にして

世界最強の吸血種であり


我が師

ウェルバニア=リィド


そのひとである。


「……お久しぶりです師匠」


「この地で再会するとは

なんとも奇遇なことだなぁ?」


彼女は

そんな戯言を

口にするのだった——。

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