復讐の一撃


「——まさか独学で

それもこの短時間で

もう動けるようになるとは」


「まだ言ってるの」


床に散らばった本を拾い集めながら

納得いかない気持ちを発散していると


すっかり流暢に

喋れるようになったアルヴィナが

ボクの気も知らないでそう言った。


「ボクとしては

滅多にない機会だったんだ


誰かにものを教えるなんて

それも成り立ったばかりの吸血種に

身体の使い方を教授する……


そんな機会はね」


ドサッ、と


落としてしまった本を集め

テーブルの上に纏めて置き

彼の方に向き直る。


「それなに」


「吸血種の説明書、みたいな物さ」


「……人間から吸血種になった奴用の?」


「その通り」


相変わらず察しがいい

ボクの言動から推理したようだ

説明の手間が省けてとても楽だ


そのせいで

つい甘えてしまいそうになるのが

気を付けなくてはならない部分だ。


いくら向こうの洞察力が高くても


しっかり言葉にすることを

ボクは忘れてはならないのだ。


ボクは積み上げた本を一冊

パラパラと流し読みながら

アルヴィナに詳しい説明をする。


「これらはかつて師匠が

先日のボクのように

人間を吸血種にした際


変化に伴う障害、不具合などを纏め

また、その対処法について記した物だ


この屋敷の裏手に

地下室への入口があってね

そこの書斎に取りに行ってたのさ


ボク自身は

数冊しか読んだことがないが

大体の事はここに書いてある


主にキミが体験したように

身体が動かせない問題とか


血の力の使い方

その他にも色々な事がね」


「……そんなにあるの」


彼はテーブルの上に広がる

無限の知識の要塞を見上げて

うんざりした様な顔をした。


ボクは一瞬不思議に思ったが

すぐその表情の理由を察し

補足をつけ加えた。


「ああ、心配する事はない

キミに読んでもらう気は無いよ


これらは全てボクが目を通し

消化、改善を施し、噛み砕いて


より洗練された形で伝えよう


知識とは、書き写す物ではなく

理解し継承するモノなのだからね」


ボクはそこまで無責任じゃない

彼の人生を終わらせたからには

最後までしっかり面倒を見るとも


その為にまずは

ボク自身があらゆる事を

把握している必要がある


故に


ここからは

ボクが学ぶ時間だ。


「……じゃあ全部読むのそれ」


「当然さ、五分ほど待ってくれ」


「五分だって?その量を?」


形成されている本の山は

優に五十冊を超えている


最近まで人間だった彼が

そう思うのも無理は無いだろう

正気か?という顔が向けられる


だが舐めないで欲しい

吸血種のポテンシャルを


「それだけあれば充分さ」


それと同時に


言葉を裏付けるように

読み終えたばかりの本を

離れたところにドカッと置いた。


「バケモノめ」


「……ああ、そうだアルヴィナ

もし歩けるようになったなら


廊下を抜けて

真迎えにある部屋を訪れるといい

大きな大きな姿鏡があるからね?」


その時のボクの顔は

悪い笑みを讃えていたことだろう


`してやった`


実に楽しそうで邪悪な

真っ暗い笑みが……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「よし完璧」


最後の一冊を

高い高い御山の頂上に積み上げ

ボクの勉強の時間は終わりを告げた。


全て理解した

元の情報からして既に

かなり洗練されていたので


思ったより早く終わった

当初の予定は五分だったが

二分も短縮する事が出来た。


「さてアルヴィナ

ちょっと失礼するよ」


ボクは彼が横になっている

ベッドの上に這って押し入り

早速実技へと以降しようする。


だが


「待って」


「どうした」


アルヴィナの目を見たボクは

すぐに彼の気持ちと意図を察した

ここはまず話を聞く場面だ。


そしてその読みは

例に違わず正しかった。


「どうして僕を吸血種にした」


その質問には

何も込められていなかった

怒りも疑問も悲しみも希望も


ただ純粋に


`ボクの言葉が聞きたい

答えを教えて欲しい`


という気持ち以外は何も。


だからボクは

素直な気持ちを伝えた

着飾らず繕わず真っ直ぐに


頭の中に浮かんだ言葉を

己の価値観に従って表現した


「キミの事が好きだからさ」


想いとは複雑で

とても表し切れるものでは無い

それ故に圧縮する必要がある。


気持ちを込めるのだ

理屈ではなく感情で


ボクは人間と関わり

その事を学んでいた。


「いくら考えても

それ以外の理由は浮かばなかった


信頼している、興味がある

キミをここで失うのは惜しい


でも可能性がある

生き残る可能性がある

なら試すしかないだろう?


それが真実だよ

嘘偽りなき意思だ」


「——そうか」


「……そうか」


アルヴィナはただ二回

異なる声音でそう言い

後は何も口にする事は無かった。


納得したのか

恨みに思ったのか

ボクにはどちらでも良い。


反逆を企てるならそれもいい

自ら命を絶つのもそれでいい


この場を去るでも、暴れるでも

思ったように行動してもらおう。


それがボクら吸血種なのだから

彼のあり方は彼自身が決める事だ。


言うべきことは言った

それから先は管轄外だ。


そんな風に思っていると


突然


彼はボクの肩を叩いた


彼の拳は


人間だった頃よりも

何倍も強い出力だったが


それでもまだ

吸血種を名乗るには弱すぎる

全体の1割にも満たない力だ。


何事かと思い顔を見る


目が合う

そしてアルヴィナはこう言った。


「……じゃあ頼んだ」


ボクはその行為と

そして言葉に対して

根拠の無い安心感を覚えた。


「ボクに任せておくといい

徹底的に教育してあげよう」






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