血ありて、されども肉踊らず


よく分からない。


この僕アルヴィナの

心を満たす感情はそれに尽きる


ベッドの上に寝かされ

気が付いたと思ったら

突然叩かれ


一方的に色んなことを

吹き込まれて出て行かれて

心が壊れそうになっていた。


だが頭では

しかと状況を理解していた。


自分の身体に起こった事や

現状、彼女の言葉の意味など


僕の頭は正しく認識している

だからこそエラーが検出される。


「あ……の……お、んな……!」


口を動かすのでやっと


それ以外の部位は、どこもかしこも

死体のように冷たく固まっている。


そんな自分を置いて

言うべきことだけ言って

どこぞへ消えて行ってしまった


行き場の無い怒りが湧いてくる。


せめて

この気持ちだけでも

ぶつけさせてほしい


でもどうせ上手く喋れないから

そうした所で気分は良くならない。


それが分かってるから

なおのこと腹立たしい


何が`ボクの屋敷にようこそ`だ

そんな所に招かれた覚えは無い


ああ、気分が悪い


いいや

むしろその逆で


気分も調子も良すぎて

まるで別の生き物みたいだ


失ったはずの腕がある

身体のどこにも傷がない

そもそも感覚が鈍い


このベッドの柔らかも気温も

何もかもが鈍く感じる。


分かってしまう

自分の体が既に

人のものではない事が。


「く——」


力を入れる

指先を曲げようとする

しかしピクリとも動かない


とてもおかしな感覚だ


例えるなら


`そこに落ちている木材が

あなたの新しい手足だから

じゃあはい、動かしてみて`


などと要求されているようで


確かに

自分の身体のはずなのに

頭の中でイメージした動きと


筋肉の動き

実物の動きが

どうにも一致しない


それはまるで


自分の体とは違う

よく似た形の置物なのではと

そう思ってしまう程だった。


頭が二つあるみたいだ

人間の頭の吸血種の頭


僕はまだ自分のことを

人間のつもりで認識しているのだ


無意識下で

操作できない領域で。


しかし

実際にそこにあるのは

吸血種の体だ。


僕が自分の体を全く動かせないのは

そういう理屈なのだと感覚で理解した。


こういう時

己の理解力の高さが役に立つ


そうして頭を回しているうちに

段々気持ちの整理も着いてきた。


受け入れよう

僕という人間は死んだのだと


そして新たに

あの女の手によって

吸血種として生まれ変わったのだと。


理解する納得する消化する

中和して諌めて平にしていく。


よし……よし……よし


時間がかかったけど

ようやくいつもの僕に戻れた

感情が落ち着いた。


あとは

動けるようにならなくちゃ

動けるようになってあの女を


強めに殴ってやるんだ

そうじゃないと気が済まない


怒りが収まったのと

それとは別のことだ


僕は


さっきおでこを

叩かれた事を根に持っていた。


やり返してやる

あわよくば泣かせてやる


「うご、け……うごけ……」


徐々にではあるが

流暢に喋れるようになってきた。


必死に動かそうと

イメージを練り上げて

何度も何度も実践する


だが結果は変わらない

指先は決して動かなかった。


どうしてだ

僕はこんなに力を入れているのに

何が悪くてこんなに上手くいかない?


しばらく考えて

考えて考えて


そして至った


「——はいって、ないのか?」


`力を入れたつもり`でいる、のか?

実際には筋肉は動いていない……?


頭の中の感覚と

実物が異なっているから

その可能性は大いにある


やはり

チャンネルが違うのか


じゃあそれは

どうやって変えたらいい?


——そうか


動かそうとするのを

一旦やめたら良いんだ。


「ふーー……」


今僕が出来ているのは

喋ること、息を吸うこと、瞬き


この三つだ

それは問題なく動かせている


意識していないからだ

当たり前の動作として

反復されているからだ


努力するまでもなく

自動化されているんだ


ということは

その他の部位も同じなんじゃ


「ふーー……」


僕は息を吸う

肺が動き周りの筋肉が

収縮している感覚に集中する。


そして

その動きのうえに

そっと布を被せるイメージで


広げるイメージで

空気で押し出す感じで


「はーー……」


深呼吸を


「すーー……」


繰り返す度に


少しずつ少しずつ

可動域が増えている


これは連動させているだけだ

僅かに意識を拡張させているだけだ


焦らない

ゆっくりと行う


やがて


「——きた」



ミリ単位の話ではあるが

全く動かせなかったのに比べれば

圧倒的かつ革新的な進歩に違いない。


動いた

動かせた


「ゆびさき、だったから

うまくいかなかっ……たのか」


繊細な操作が効く指先は

それ故に複雑な処理を要する


だから悪手だった

どことも繋がっていない部位を

0から動かそうとするのは無理だった。


既にある`1`を

完璧に見落としていた。


僕は


背中が動いたので

それを上下に伝えていく


背中から首へ

背中から腰へ


初めて力が通る感じがする

ようやく自分の身体を

手に入れた気分だ。


一度


頭がそれを理解すれば

その後は非常に早かった


やがて、ついに


「……ちゃんとある」


腕を持ち上げて視界に入れ

その存在を確認出来るまで進んだ。


この調子

この調子


このままなんとか

起き上がるところまで——


バラバラバラ……ッ!!


突然


大崩落の音がした

そこそこの質量を持った

沢山の何かが落ちる音だ


不思議なことに


その時に聞こえた音が

どの高さから鳴ったものか


僕は理解できた。


そしてその高度には

思い当たるフシがあった。


この僕より

僅かに低いその



「——キミそれどうやったの」


ついさっき

自分で開けて出ていった

開きっぱなしのドアの前で


両手いっぱいに抱えた

分厚い本のような物を


バラバラと

床の上に落としながら


呆然と僕の腕を見て

立ち尽くしている吸血種

ジェイミーの姿があった。


「せっかく身体の使い方を

イチから教えようと思ったのに……」


彼女は項垂れて

いじけたように床を踵で蹴り


その様子はどう見ても

明らかに落ち込んでいた——。

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