始まりの地、忘れ去られた街


夜明けが訪れた。


地平線の向こう側から

新たな一日の始まりを告げる


暖かくも穏やかで

それでいて無慈悲な太陽が

チラリ、チラリと顔を覗かせる。


「……リーダー」


希望に満ち溢れた朝の到来に

似つかわしくない声を出す者がいる

己の無力さに打ちひしがれる者の声が。


すすり泣き

唇を噛んで悔やみ

負った傷に苦しむ。


`勝利`


などと

よく言えたものだ


総勢六名の共同戦線は

半数の犠牲者を生み出した。


「……リーダー」


死体を揺さぶる彼の横には

力なく横たわるナディアの姿


彼女もあの様子では

重篤な後遺症が残るだろう

恐らくまともな生活は送れまい。


「凄惨たることだ」


そんな中で

全くの無傷のボクだけが

悠々とした姿でそれを見ている。


「……また服をダメにしてしまった」


右半身を

丸ごと消し飛ばされたせいで


リニャから貰った服は

修復不能のダメージを負い

廃棄処分は免れなかった。


そのままではまずいからと


リーダーの死体に縋りついて

泣いている彼が上着を脱いで

ボクにかけてくれた。


その時に見た彼の目は

完全に心折れた者の目だった


彼もまた

二度と戦場には立てないだろう

身体は無事だが心が壊れている。


「さて、と」


目標である吸血種は殺した

正確には`封印した`だけどね


なに、大した違いはないさ

もう現世に現れることは無いことに

変わりは無いのだから。


やるべき事は終わった

もうこの国に用事は無い

留まる理由も無い


ボクは


自分よりちょっと大きい

を肩に抱えると


その場を後にすべく

踵を返して歩きだし——


「ジェイミー……さん……」


とても聞き覚えのある

女性の声が聞こえた。


「なにかな? ナディア」


意識を失っていたはずの彼女が

消え入りそうな声で呼び掛けてきた


傍になど寄らずとも


何を言っているのか

ここからでも分かる。


「……お話しなくては

いけないことがあります」


大切なお話だと

前置きをされなくても

その態度だけで十分伝わる。


だが


ボクとしては

それ以上の言葉は要らなかった。


だから

彼女の言葉を待たずして

自分の方からそこに踏み込んだ。


「作戦行動が全て終わったあとで

ボクを仕留めようとしていた話かい?」


「——な、なぜそれを」


彼女の反応で

ボクの推論が真実となった

キミは少し素直すぎるようだね


こんなの

ただのカマかけだったのに


その可能性が

無いわけではない


というぐらいの

ちょっとした説だったのに。


「今更どうでも良いことさ


ああ、そうだキミ

そのままの姿勢でいる事だ


ギリギリで裂けてない動脈がある

あまり下手に動くと、破裂するよ」


「……ちゅ、忠告感謝します」


怯えた顔をした

誰でも死ぬのは怖いものだ


せっかく生き残ったというのに

血管が裂けて死亡なんて笑えない。


「あの……ジェイミー……殿」


「まだなにか?」


「……ありがとうございました」


「あぁ、どういたしまして

立派だったさ、キミたちは」


そのやり取りを最後に

今度こそ用事を全て終えて


ボクはその場から

綺麗さっぱり立ち去るのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱



「ふぁ〜〜……」


無遠慮なあくびが出る

すっかり気が抜けている証拠だ

強いという事はそれだけで安心感がある。


こんなふうに

柔らかいベッドの上ならば

なおさら気分が安らぐというもの。


横の

自然の寝床をあてがわれるより

こっちの方が健康にも良いだろう。


それにしても——


「いつ目を覚ますんだろうねぇ」


せっかくボクの屋敷に

招待してあげたというのに

いつまで眠っているのやら。


いっそ叩いてみようか

そうすれば飛び起きるかも知れない


ものは試しだ


手のひらを平にして

勢いを付けてを叩いてみた。


ぺち


「初めて当たった」


これまで二回とも

きっちり避けられてきたから

まさかヒットするとは思わなかった。


もしかして本当に死


「——痛」


「なんだ起きてたの」


「……しゃ……べ、れな……い、の」


どうやら

ほとんど呂律が回らないらしい

なるほど声が出せなかっただけか


なら無駄に叩いてしまった


まあいいか

結果として起きたんだし。


「半分死んでたからねぇ

血もかなり分け与えたし


意思のない傀儡になるか

吸血種として成立するかは


8割失敗する賭けだつたけど

上手くいって良かった


ようこそボクの屋敷へ

そして復活おめでとう


アルヴィナくん」


「……ひ、との、か……らだに……

かってに、なに、して……る……!」


彼は目で必死に訴えてくる

紅玉のように輝くその目で


それは既に

人のモノではなかった


ボクと同じ吸血種のものだ

瞳の奥に人ならざる力が宿っている


「元気になったみたいで結構だ」


「はなしを……き……け……!」


呂律が回復してきたな

やはり一時的なモノだったか

後遺症が残る心配は無さそうだね。


「少しそこで寝ているがいい

ボクは、少し外に行ってくる」


「ま——」


彼の文句など聞く耳持たず


さっさと部屋の外に出て

次の行動に移るのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ 


扉をいくつか開けて閉じて

廊下を少し歩いたところで


ボクは外に出られた

慣れ親しんだ自分の屋敷だ


たとえ戻ってくるのが

数百年ぶりだとしても

構造はしっかりと覚えている。


「……ここに戻ってくるとはね」


振り返って

かつて自分が根城にしていた

身分を偽るための住まいを眺める。


誰も整備をしていないので

壁の至る所にツタが這っている

雑草も生え放題で、酷い状態だ。


「それでも、壊れてる所は

一箇所も無いのだから


あの時のボクは

いい買い物をしたものだ」


ここは正真正銘、自分の館で

この街はかつてのボクの住処


同族殺しジェイミー

その、全ての始まりの地


今では生い茂る緑に覆われ

忘れ去られた小さな街


崩れた建物

そこを巣にする動物たち


日の下にも日陰にも

至る所を植物が侵食し


数百年前に滅んで以来

ボクが捨ててしまった


と呼ぶべき場所だった。


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