曰く、沈黙は肯定である。


ボクは


構えた


最大最強の一撃を

着弾と同時に放てるように


殺気を込めて構える

吸血種は頭上を見上げて


虚ろな瞳で

ボクのことを見ている

奴を観察して気が付いた


先程よりも

傷が狭くなっている事に


焼け落ちていた片腕が

徐々に伸びてきている。


再生力が

回復してきている


それを認識して

ボクは腰から短剣を抜いた。


——そして勝負の時が訪れた


奴は


ボクの地上への突貫を

その場で迎え撃つ姿勢を見せていた


だが


それは直前で

大きく変わった


のだ!


真上に!

つまりボクに向かって!


ボクはそれを見て


右手に隠していた短剣を

そのまま空中に置くように捨てた


これはもう必要ない

使う余裕は無い……!


接近する

飛来する


避けられない速度で

迎撃せんと向かってくる


そして


——夜空に

赤い閃光が奔った。


すれ違いざまの斬り合い

真正面からの激突だった。


結果


ボクは片腕と右半身を失い

心臓ギリギリに穴を空けられ

無様に地面に墜落した。


床が激しく損傷し

打ち壊され飛び散る


そして

新たなクレーターが出来上がる。


一方、空中で


攻防を制した吸血種は

既に軌道を変えていた


姿勢が変わり


肩から袈裟に

深く刻み込まれた傷を

月の光に照らしだされる。


その傷はあと一歩

命には届いていなかった。


ボクの爪は

奴を殺せなかった


「——ジェイミー!」


叫び声が聞こえた

きっとアルヴィナだ


自分だって片腕を

失くしているというのに

心配してくれるのかい?


ああ、まあ確かに


こんな無様を晒せば

そういう気持ちにもなるか


ボクがこの場における

唯一の望みなのだからね



——でもね


……吸血種の男は

ボクがさっき見せたのを真似し

地上に向けて血の力を行使した


それは地中深くに達し

万力を超える圧力を加えて

戦場に舞戻る足掛かりとする


——でもねアルヴィナ


心配なんて必要ないんだ

だってボクは死んでないから


守りきったんだ

勝負に負けたんじゃない


ボクは死ななかったんだ

殺し切ることではなく


命を守ることを

選んだのだから


「——ッ!?」


動揺


その二文字が降り注いだ

何処からか?上空からだ


理由は見ればわかる

何故ならあの吸血種は


ちょうど腹の辺りから

銀色に光る刃を覗かせていた


月光を反射し

キラキラと輝くそれは


つまり

奴の背中から刺さったものであり


ボクが


奴とすれ違う直前

攻防をくり広げる寸前



慣性に従って

時間差で奴を貫いたのだ!


そしてあの短剣には

再生を阻害する力がある!


ボクは

やつが動揺している隙に

地面から上空へ向けて伸びている


血の力で作った鎖を

無理やり素手で掴み


引き込み


力技で奴を

空から叩き落とした


そして同時に——!


今度は自分の意思で

ボクは彼に向かって飛んだ!


その速度は

さっきの比じゃない


さっきのはわざと加減したんだ


海を飛び越え、地中を貫通する

このボクが発生させる速度が


まさか


あの程度なワケ無いだろうッ!



——肉薄


それはもはや

攻防ですらなかった。


透過したと

錯覚するほどの速度で


知覚も動体視力も思考も

超越した速度で切り抜けた


敵の吸血種に残されたのは


両腕、両足と顔面を

一方的に消し飛ばされる

という無慈悲な結果だけだった。


攻撃手段も

防御の手立ても

奴には残されていない


詰みだ


頭部を失えば

もう考える事もできない


血の力を行使して

悪足掻きをする事も出来ない

その為の頭脳が無いのだから!



更に言えば再生することすら


短剣の力で

阻害されているので不可能だ


あの状態で既に

半分死んでいると言って良い

だが、まだトドメがある……!


重量に従って

ただ落ちていく吸血種の身体

まだ命は残されているけれど


もう間もなく

それも終わりを迎える。


何故ならば

地上にはまだ彼らが


血みどろになりながら

未だ戦場に立っている彼らが

まだ生きているからだ——!


眩い光が生まれた

いつかも見た封印の光


そこに立っていたのは

屈強な大男であった。


「決着だね」


これにて

戦いは終結した……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「……あぁ、終わったの」


全てが終わり

ボクが地上に降り立った頃

アルヴィナは朦朧とした状態で


瓦礫に寄りかかり


今にも消えそうな命の灯火を

掻き消されないように

必死に守っていた。


「動脈どころの騒ぎじゃ、ない

腕を……持って、いかれるとは」


彼の無くなった腕は

応急処置が為されている


リーダーだ、あの大男が

他の何も寄せ付けない集中力で

アルヴィナの傷を手当している。


そのおかげで

出血が思ったより酷くない


自分だって

足首を失っているのに


流れ出る血を止めようともせず

一心不乱に処置に没頭している。



彼以外の

周囲の状況と言えば


死亡した仲間に縋って

泣き叫んでいる男が居たり


その傍らで


どうやら酷い傷を負ったらしく

横になって浅い呼吸を繰り返す

ナディアが居たりと


実に酷い有様だった。


視線を戻して

ボクはリーダーの男に言う


「キミそのままだと死ぬよ」


「……うるせぇ黙れ」


早く止血をしないと

遠くないうちに彼は死亡する。


腕を根元から失うより

マシな怪我だとはいえ


何もしなければ

いずれ死に至るのは確実だ。


「……アルヴィナ、てめぇ

自分の……身くらい、自分で守れよ」


処置を続けながら

彼は口を開いた


普段と変わらない口調でありながら

その声は何処か、弱々しかった。


「……即死しないように

するので、限界だった」


「俺が……仕込んだだけは、あるな」


怪我の度合いは

アルヴィナの方が圧倒的に

深刻なはずなのに


リーダーの方が

今では辛そうだった。


当たり前だ

彼の失った足首からは

常に血が流れ続けている


興奮状態にあるせいで

脈が早まり死が短縮されている。


アルヴィナの方は

必死の処置の甲斐があって

だいぶ出血が止まってきている


死ぬか

死なないか


で言えば間違いなく

彼は死んでしまうだろうが


その時が訪れるまでの

時間稼ぎには十分だろう。


それよりも


「……くそ……まだ、ダメだ」


この大男の方が

先に命が尽きるだろう


安静にした状態で

治療を受けている彼よりも

ずっと早く、その時は訪れる。


「終わってねぇ、あと少し

やれる……ことが、残ってる……!」


ボクもアルヴィナも

そんな彼を黙って見ている


止めることはしない

それが彼の最後の勤めだからだ


部下を守る

この男の頭にあるのは

ただそれだけなのだから。


やがて


「……あと……すこし……で……」


自らの命を全て使い部下を

生きながらえらせた勇敢な男が

最後の瞬間を迎えた。


死に追いつかれてもなお

彼の手はアルヴィナに掛かっている

意志の強さを表しているかのようだ。


「……僕より先に、死ぬとは

どれだけ、無茶をした……やらだ」


「愚かな男だね」


そして


彼が必死になって

この世に留まらせた彼も

もう間もなく消滅するだろう。


男の頑張りは

ほんの僅かな時を

稼いだに過ぎない。


だから

その時間を有意義に使おう

ボクは別れまでの短い時間で


彼と話すことにした


「死ぬのが怖いかい」


「おっかないね……すごく……」


彼の声は


耳をすまさなければ

聞こえないほどに小さかった。


「共同戦線は終わりかな」


「……無事、勝利……だ」


少しだけ

声を張ったようだ

さっきより元気がいい


ボクはゆっくりと

彼に語り掛けた


「では握手をもって契約の終了としよう」


彼に向かって

手を差し出した


「……なんで、そっちの手……なの……」


「おや、握手をしない気かい?

これじゃあ契約が終えられないねぇ」


「なに……言っ……」


彼にはもはや

喋る気力は残されていない

あとは死を待つのみなのだ。


会話になどならない

言葉を紡ぐ余力がない


そして人間の世界には

便があるのだ


「キミは、あと数十秒で死ぬ

そこでボクには考えがあるんだ」


「……?」


「それはね


ボクと握手が

出来るようになる考えさ」


差し出した手を

彼の目の前で降りながら


そう告げるのだった——。


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