満身創痍の吸血種


我ら総勢六名


一陣の風となって闇夜を駆ける


姿を捉えることは非常に困難で

人の目に映るのは一瞬の人影のみ


`何かが通った`

そう感じた時には既に

遥か彼方に飛び去っている。


月の光すら

我らに追い縋ることは不可能だろう


背に伸びる影すらも

振り払う勢いで走る


地面を飛んでいる

そう表現しても差し支えないだろう。


そんな速度の中で

静かな声が聞こえる


「事前に立てた作戦は忘れろ

ジェイミーを主軸に戦闘する


俺らはサポートに回る

戦力を削ぎあわよくば斬れ


殺されるな

負傷するな


身の安全を最優先しろ

奴は今、血の力が使えねぇはずだ」


指示は的確で無駄が無いし

その決定に誰も異論を唱えない


皆知っているのだ

この男の言葉は信用に足ると


ボクは


外で話して果たして

吸血種に盗み聞かれないか?


とも思ったけれど、この男が

そこを考えていない訳がないので


その疑問はまるで

雷光の如く流れる景色のように

遠いところに置き去りにしていく。


そして


拠点を飛び出してから

正確に十五秒が経過した時


ボクらは

遠く離れた目的地に到着した。


——瓦礫の山


その場所は


そう表現するのが恐らく

この世で最も相応しいだろう有様で


もはや原型すらとどめていない

粉々に砕かれた建物の残骸が

ゴミのように重なっていた。


その中心


そこはまるで

隕石が衝突した跡地


あまりのエネルギー量に

焼かれ、抉られ、焼け落ちて


赤く、紅く、血のような

深い大穴が、空いている


溶け落ちている

あまりの熱量に耐えきれず

床が、空気が、溶けている。


甚大な被害の中心地


まさしく破壊の根源

そこにが立っていた。


「——ァ」


奴は喉の奥から

声にならない声をあげている


片腕が焼け落ちて

足は半ば炭と化していて


顔立ちは完全に崩壊し

表情すら読み取れず


まるで火山にある

マグマのように赤黒い肌

所々火がチラついている


生きているかどうかすら

見ただけでは判別不可能


そんな状態で

その吸血種は


残った片腕を持ち上げ

自分の身を抱くようにして立っていた。


奴の姿は現場の惨状などよりも

よっぽど酷い状態だった


なるほど、恐らくあれが

リーダーの言う罠の結果だろう


だが


あれは確かに酷い傷だ

だが吸血種にとっては


怪我のうちにも入らない

数秒あれば治るはずの損傷


そのはずだ

そのはずなのに


事態発生から数十秒

経過している今になっても

奴があの姿ということは!


つまり


抑制されているのか——!


事態把握

状況確認


目標補足


ボクはすぐさま

奴に飛び掛った——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


肌が焼けるのを感じた

焦げた匂いが鼻に香る


負傷は無い

ただ不快というだけだ。


不快感を切り抜けて

ボクは瀕死のように見える

吸血種に向かって飛び込んだ。


「——?」


奴は


千切れかけている首を

嫌な音を立てながらこちらに向けた。


目が合う


奴の、その目は

まだ死んでいなかった——!


生存欲求!


敵の瞳の中には確かに

強い生への執着があった!


満身創痍で

再生もできず

間髪入れずの襲撃


血の力は使えず

逃げる暇もなく

目前に迫るボクの姿


並の精神力をしていれば

そこで諦めても不思議は無い


月が

雲に隠れた

辺りを照らす物は消えた


——その時!


奴は動いた!


奴は腐っても焼けても吸血種


一本だけ辛うじて残った片腕を

目にも止まらぬ速さで振ることなど


造作もない……!


「——ッ!!!」


声にならない声と共に

奴の腕が振るわれた


しかし

それは攻撃ではない


まだボクはそこまで

到達しちゃいない


奴の振った腕は

黒い煙を軌跡として残し

ほんの僅かに視界を遮った


本来であれば

問題にならない程度の障害物


吸血種の視力を持ってすれば

もはや壁ですら無いはず……だった。


だが


今は夜ということ

オマケに煙が黒かったこと


さらに運の悪いことに

ちょうど天高くにある月が

雲で隠れ、光を失ったこと


瞳孔の調節が行われる


視界情報が更新され

夜目が一瞬だけ乱れる

その瞬間を、ボクは狙われた!


一瞬だ


ほんの一瞬だけ

ボクは奴を認識出来ない


だが


これまで何度も、自ら実践してきた


吸血種にとって

その`一瞬`という時間は


あまりにも十分であることを——!



衝撃

まずそれが走った

全身が痺れていく


続いて

急激な浮遊感


遅れて事態把握


生み出された隙の間にボクの体は

空高く蹴り上げられていた……!


風が背中に打ち付けられる

どこまでも飛ばされていく


マズイ!


このままでは

時間を稼がれてしまう!


地上にいる吸血殺し共に

被害が出る!


アルヴィナとリーダーが

吸血種とやり合ってるのが見えた


だが

明らかに押されている


あれでは持たない……!


満身創痍でも

あいつは吸血種だ!


ボクが最前線で戦わなくては

この戦いには勝利できない!


ボクは咄嗟に

戦場からの離脱を防ぐために

大規模な血の力を行使した。


今なおグングンと

距離が離れていく地面に向けて

血で形どったを伸ばした。


速度が出せないのが

非常にもどかしい


離脱する速度に負けて

狙い通りに行ってくれない!


早く!早く!早く!


地上がマズイ!


早く……!


「頼むから早く……っ!」


時間をかけてついに


地上に到達したそれは

地面の奥深くまで潜っていき


そして


掴んだ


途端

全身を地面に叩き付けられたような

強烈な反動が、全力で襲いかかった。


背中の骨が砕ける

血の力を伸ばした腕が

ミシミシと悲鳴をあげる。


だが


その結果


空から見える地上は

これ以上遠くなる事はなく

ボクの身体は空中にて停止した。


動、からの静


しかし息を着く暇は無い

あまりにも時間が掛かりすぎた!


復帰のための準備に

手間取りすぎた


「あの野郎——!」


悪態をつきながら

ボクは


ボクが手の形に作ったのは

なにも止まるためだけじゃない


その逆の意図もある

あれは言わばアンカーだ


地上とボクを繋ぐ

物理的な鎖だ


ならば

その状態で


ボクの体は

ようやく納まった勢いを

再び、今度は真逆の方向に


先程よりも遥かに

強いエネルギーを宿して


落ちた——!


迫る迫る迫る


夜闇を切り裂き

彼方地上の吸血種に

天高くからの直下攻撃が


今か今かと迫り来る

このまま行けば数秒と掛からない!


もう既に


吸血殺しの連中は

限界一歩手前まで削られていた。


遅れたが

今からなら間にあ——


「ッ!?」


嫌な


感じがした


ものすごく不吉な予感が


ボクはその正体を

直感的に察していた。


「血の力が戻ったのか……ッ!」


ボクの失態で

アルヴィナが死ぬ


そんな嫌な嫌な光景が

頭の中に浮かんだ——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ボクが上空に打ち上げられ

一時的な離脱を余儀なくされた後


地上では

死闘が繰り広げられていた。



リーダーが切りかかる

アルヴィナが挟み込む


吸血種が

ズタボロの肉体を引きずり

鎌のようにその足を振り抜く


リーダーの剣が飛ばされる


アルヴィナが

それをくぐり抜けて


間合いの内側に入り込む

ナディア達が後方から支援する


吸血種はどちりも躱し

後ろに距離を取った


アルヴィナは追わない

吸血種はそれを見て


地面を抉りながら蹴り上げて

巨大質量の石の礫を放った


反応が間に合わない

あのままでは——!


その時


リーダーが間に割り込み

アルヴィナを間一髪救った


だが


ギリギリでリーダーの

右の足首が巻き込まれ消し飛ばされた。


吸血種はそれを見逃さない

一瞬で距離を詰めて

仕留めにかかった


アルヴィナが間に合わない

殺される!そう思った時


後方に控えていた

ナディア達が加勢した


吸血種がそっちに気を取られる

アルヴィナはその隙に攻撃する


だが


吸血種はそれを捌き

残った方の腕を振るった


挟み込まれていても

そのくらいの余裕はあったのだ。


結果


アルヴィナが

左腕を失った


千切れとび

血を撒き散らしながら

左腕が宙に舞っていく


しかし


まだ殺られてはいない

そうだ二人とも生きている


足首を失おうとも

左腕を失おうとも


まだ彼らは

前に踏み出す力がある!


それを見て

敵の吸血種は少し怯んだ


そのせいで

ナディアの攻撃を防げなかった

肩に鋭く刃が振り下ろされた!


しかし


切れない

剣が動かない


止められたのだ!

不意を打たれた瞬間に!


筋肉を収縮させ

文字通り体で受け止めた!


すぐさま

反撃が行われる


走る戦慄

ナディアは死を覚悟する


だが


彼女はひとりじゃない

あと二人味方がいる!


奴が


放った反撃は

その二人の味方のうち


一人が


致命傷を負ってまでも

全力で受け止めた


そのおかげで


ギリギリでナディアは

死を回避することが出来た。


犠牲をもって

命をつなぎとめた彼女は


怯むことなく

腰からもう一本の剣を抜き

間髪入れずに斬りかかった


吸血種は焦った

囲まれすぎていると


片腕が使えない状況で

四方八方を敵に囲まれ


おまけに

ここまで来て戦果は

ようやく一人殺しただけ


片腕を失った剣士と

右の足首が千切れた男


酷い手傷を負っているが

立ち向かってくる女と男


捌く、捌く、躱す

反撃を放つも躱される


人間相手に拮抗するなど

本来はありえない事だが


それには理由がある

スピードが落ちているのだ


再生が上手くいかないせいだ

肉体本来の力を出せていない


吸血種は思った


このままだとまずい


このままだと——


その時、その瞬間


現場には非常に

嫌な空気が生まれた


怖気、殺気、不吉

決して無視できない感覚。


彼らはそれが何か分からない

けれど`吸血種`だけは分かった


——血の力が復活した。


奴は勝利を確信した

このうるさい人間どもを

まとめて始末できるのだと。


それが終わればあとは

上で力を使って何やら

企んでいるあの女を


始末すれば

あとは逃げるだけだと


しかし

そんな考えは

すぐに打ち砕かれた。


彼は


頭上を見上げた!


ボクに気付いたのだ!


この人間どもより

警戒すべき存在に!


奴がボクに

気を取られたのと


アルヴィナ達が危険を察知して

その場から離れたのは同時だった。


`このままでは巻き込まれる`

彼らの判断は非常に早かった。


辛うじて死んでないだけの

死にかけの体を引き摺って

彼らは揃って退散した。


そうだ


それでいい


あとは任せてくれ——!

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