——襲撃


『——』


微かに音が聞こえる


でもそれは

あまりにも小さくて

何とか手繰り寄せようとしても


『——』


この通り何も改善しない

ボクの調子が悪いのか?


いいや違う

耳の調子はすこぶる良い


こんな小さな拠点程度

掌握出来ないボクではない


かつてあの大森林を丸ごと

感知範囲に入れられたのだから


余計な雑音の発生しない環境

なおかつ人の数が少ない場所

これ以上ないくらい絶好の状況なのだ。


にも関わらず


『——』


やはりどう頑張っても

ボクの耳に音が届かない


これは


そろそろ諦め時だな


「——ダメそう?」


ボクが諦めた頃ちょうど

アルヴィナが話し掛けてきた。


「全然ダメだね

感知の拡張が利かない


建物の何処かに居る

誰かの会話を聞こうなんて


とてもじゃないけど

出来そうにないね」


伸ばせたとしても


せいぜい部屋の外の通路

数メートル先までという体たらく


これじゃあ全然話にならない

普段の力の一割も出せてない


「内部からならあるいは


とも思ったけれど

そう甘くないらしい」


「都合のいい抜け道は無いものだねぇ」


彼がボクの部屋にやってきて

盗聴してくれと持ちかけられてから


しばらくの間こうして

意識を集中させていたけれど

結果は実に無惨なものだった。


この拠点の壁には

音の反響を抑える機能がある


吸血種と事を構えるんだ

そのくらいの対策はしている


ということだ。


その他にも、血の力が使えない

機能しないという特性があるらしい。


抑えるとか

耐性がつくとか


そんな段階ではなく

完全に無効化されると言うのだ。


恐ろしいことだ


まさか、もうそこまで

開発が進んでいたとは

見通しが甘かったかも知れないな


とにかく


色々な対策を施して

建物ごと潰される可能性を

出来る限り減らしてるワケだ。


「もちろん強度の話をすれば


ジェイミーにとっては

紙切れ同然の耐久性しかない


だからこんなの

単なる気休め」


大した意味は無いのだと

アルヴィナは言いたげだが


ほんの僅かな歩みでも

進歩は進歩なのだから


「いずれそこも解決するさ

ボクらが到底思い付かないような


驚くべき理論と、方法でね

人間とはそういう生き物だ」


「僕は無理と思うけど」


「賭けるかい?」


ボクには長い寿命がある

だからいつかそうなる時を

目にする機会も来るだろう


その時が来たら

勝利の祝杯をあげるのだ


ボクの言った通りじゃないか、と


「そんなに長生きするつもりなの」


`もう充分生きてるくせに`


棘のある言葉が

ボクの胸に突き刺さる

もちろん貫通はしないけれど。



「それよりアイツめ


監視役などと言って

僕だけを除け者にして

三人と何を話している」


彼がボクに`盗聴してほしい`

などと要求してきた理由はそれだ


ボクの耳を封じ

アルヴィナを排除し

どんな会話をしているのか


気にならないはずがない

ボクだってその状況なら

同じことをするだろう。


「気に入らない」


彼の態度は悪化する一方だ


ベッドに拳を叩きつけて

イライラを発露している。


「全部アイツの都合の良いように

いつの間にか組み上がってる


状況を利用するんだ

気が付いた時には遅い


自分も、周囲も、環境も

全部アイツの味方をする


気に入らない」


どうやら


あのリーダーと彼とは

相性が良くないらしい


似たもの同士だと思うが

それは関係ないのだろう……


いや逆か


似ていると自覚しているから

そのやり方が気に入らないのだ。


近いからこそ

相違点が余計に目立つのだ

本質的に相容れないのだろうね。


「僕とアイツは似てない」


「そういう事にしておくよ


……そういえば

前から気になっていたんだけど


キミのその、頭の中を読むやつ

どういう風にやってるのかな?」


あまりにも日常的すぎて

つい無視しそうになったが

またボクの考えを読まれていた。


それについて

ボクは考えていた事がある


理屈は何となく分かるし

ボクもやった事は何度かある


ただ


彼ほどの精度は

恐らく叩き出せないだろう

という点についてだ。


口に出していなくても

会話が成立する程の精度は

今のボクじゃ絶対に無理なのだ。


自分が出来るのはあくまで

論理的な思考に基づいたプロファイル


その人物の行動の真意や

語られていない裏側の意思

それらを見抜く為のものだ。


例えば


アルヴィナが次に何を言うのか

ボクに予測する事は出来ないが


彼の行動原理


なぜそれ程に嫌いなはずの

リーダーの命令に従うのか?


そういうことを

説明することは出来る


このように

似た系統の技術に見えて

本質が全く異なっているのだ。



彼に近いことはやれる

ただ、それは近いだけで


アルヴィナの領域には

ボク一人では到達し得ない


ならば


その技術力を持った本人に

理屈を教えてもらうのが

最も効率がいいだろう。


そう思っての

質問だったのだが


「ジェイミーが言ったように

僕とあなたが似たタイプだから


出来るというだけの話

他の相手には出来ない」


「……そうか」


少し残念だ

もし特殊な技術なのであれば

是非身につけたいと思ったが


そうかボク専用か

それならば仕方ない


まてよ


似たタイプだからこそ

出来ると言うのなら


彼に対してであれば

同じことが出来るんじゃないか?


「やめて」


「……少し付き合ってくれ

いくつか試したい事がある」


「嫌だ」


「却下させてもらう

散々自分がしてきた事だ

やり返されるというのも


仕方ないことだろう?

因果報応というヤツさ」


「……おやすみ」


「おい、逃げるなよ

ボクに頭の中を覗かせろ

ベッドから起き上がってこい


アルヴィナ?アルヴィナ!

キミ、寝たフリなんてして


そんなのがボクに

通用するとでも——」


その後しばらく

ボクと彼の不毛な攻防が

続けられるのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——緊急招集だ!来い!」


事件は突然起きた。


部屋にいきなり飛び込んできた

リーダーが開口一番にそう叫んだ。


「どうしたの」


明らかな緊急事態だが

ボクらは非常に落ち着いていた

踏んできた場数が違う。


「二十秒前!


ダミーの拠点が襲撃を受けた!

敵は吸血種、単独、被害は無し


ないだろうと思っていた

囮の罠に引っ掛かりやがった


立てていた作戦な

アレは一旦やめだ


直ちに討伐に出向く!」


そう告げると同時に

彼は部屋から飛び出て行った


着いてこい

ということだろう


意思決定権は全て

リーダーが担っている


だからその判断に対して

ボクもアルヴィナも一切

異論を挟むことは無かった。


意識が切り替わる

日常から離脱する

頭の中が冷えていくのを感じる。


ボク達は同時にベッドを飛び出し

全速力で、リーダーの後を追った


廊下を駆ける


早い、早い、早い


あの大男

人間にしては足が早すぎる


普段からせっかちな男だが

いつにも増してそれが酷いな。


ボクやアルヴィナでなければ

とっくに見失っているだろう。


やがて男は

廊下の途中にある扉のひとつを

粗雑な勢いで開け放ち


既にその部屋の中に

集合していたナディア達を

認識するよりも早く叫んだ


「準備は出来てるか!」


「完璧に……!」


万全の備えで彼女らは応じた

準備をする時間など無かったはずだが

そんな様子は微塵も感じられない。


リーダーの男は

それをしっかりと確認した上で

一際大きい声でこう宣言した。


「吸血殺し、及び

同族狩りのジェイミー!


我ら共同戦線

直ちに決行する!


細かな指示は移動中に

数十秒で済ませる!


来い——ッ!」


次の瞬間ボクらの姿は

もうそこには無かった……。

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