それは意外な提案だった。


作戦会議は実にスムーズに進んだ。


ボクが会議と聞いて想像したのは

時間の無駄でしかない行為の事だったが


あのリーダー含め吸血殺しの面々は

それぞれがとても優秀であった。


作戦については

ボクが口を挟む余地が無いほど

完璧で余裕があるものだった。


これまで人間たちが培ってきた

対吸血種用の備え、戦法、技術が

遺憾無く、ふんだんに活用されている。


会議の途中ボクは

ふと気になる事があり尋ねてみた


「今みたいな情報って

ボクがいる前で話して良いの?」


と、


返答はこうだ


「共有しないと作戦にならんだろう

こちらの戦力を把握してもらわねぇと


先の保身を考えた結果

詰めが甘くて全滅なんて

馬鹿みてぇな最後はゴメンだからな


だから居てもいい

よく聞いててくれ」


とても納得のいく答えだった

同時に彼の人となりも少し見えてきた。


あの男は現実主義者だ

そして物事を平等に見ている


目先の利益と

未来の利益を


絶妙なバランスで秤にかけている

判断に迷いがなく、そして素早い


目下優先すべきなのは

吸血種を狩ることであり


ボクが敵に回った時のリスクを

考える場面では無いのだから。


そもそも

ボクのようなやつを戦力として

活用しようとしているくらいだ


手持ちに余裕がある訳でもなし

彼らとてギリギリの状況なのだろう。


だから


戦いに勝つことを考えるならば

その程度の問題に構っている暇は無い


そういうことだ。




それからも

会議は滞りなく進んでいった。


時折出る質問や提案を

リーダーの大男が捌いたり

否定したり、受け入れたりして


どんどん

作戦の形が出来上がっていく


人間と吸血種の合同作戦など

前代未聞の状況にありながら

決して停滞を許さない手腕は素晴らしい。


並の組織では

恐らくこうはいくまい


まず


ボクという異物を

どう扱うかで揉めるはずだ


割れる意見に高まる不信感

結果、内側から崩壊していく

そんなところだろう


しかし


彼らに関して言えば

そんな予兆は一切感じられない

これは相当な練度を誇っているな。


アルヴィナも

ナディア達も


皆があのリーダーの話を真剣に聞き

本来、ノイズでしかないボクの存在を

まるで邪険に扱うことをせず


作戦に組み込み

挙句に意見を求め議論する。



人間との共闘など初めてだが

そんなボクでもこれだけは言える


彼らは間違いなく

吸血殺しと名乗るに相応しいと。


約三十分の間ボクは

実に有意義な時を過ごすのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


会議が終わり

集まりは解散となった。


それと同時にボクは

リーダーの男に案内されて


拠点内部に存在する部屋の

一室の前に連れてこられた。


「ここを使え、掃除はしてある


うるせぇのが居るからな

ホコリひとつ無いはずだ


なんか質問とかあるか?」


特に質問はないので

代わりに感想を述べておく


「随分と落ち着きが無いんだねぇ」


吸血殺しの拠点に着いた

信頼に足るのか試された


そのまま作戦会議に参加させて

今度は自室をあてがわれた


かなり怒涛の展開だ

この男は相当せっかちなのだろう

一秒たりとも無駄な時間を作らない。


「時間が足りなすぎるんだよ

人間ってのは何もかもが足りねぇ


いくら急いでも

あっという間に追い越されちまう」


「なら、吸血種になってみるかい?」


「ハッ!


……笑えねぇ冗談だ


なんかあったら誰か呼べ

俺かアルヴィナに聞くといい」


そうとだけ言うと彼は

何かに追われるような勢いで

その場から立ち去ってしまった。


「嵐のような男だったな

結局まだ名前も聞いてないのに」


今のところ彼を表す呼称が

大男、あるいはリーダーだ

暇な時にでも聞いておくとしようか。


「——さて、と」


それでは

与えられた部屋とやらを

確かめてやろうじゃないか


これまで

この拠点の中で見てきた

豪華で煌びやかな装飾や


まるで王宮の中のような

凝った模様の壁にピカピカの床


それらから想像するに

きっとこの部屋というのも

それなりに豪華なモノなのだろう。


扉からして違う

取っ手に施された模様

どこまで拘っているやら。


というか


「この場所の説明とか

ここに来た時の説明とか


そういうのは一切なくて

ただ必要な事だけ知らされて


合理的だとは思うけど

振り回されてる感は否めないな」


などと

愚痴のような事を零しつつ

ボクは取っ手を掴み扉を開けた。


そこで


目にしたものは


「——凄いね」


言葉を失うほどに広い部屋

とても大きな寝具、高い天井


どう見ても高級品の絨毯に

よく分からない形の機械

木でできたテーブル


「これひょっとして

王族とかの部屋なんじゃない?」


独り言が増えるのは

楽しんでいる証拠だ


そう


ボクは今とても楽しい


人間が作り出した美しくも

気品に溢れるこの部屋に対して

心の底から尊敬の念を抱いている。


こういうのは大好きだ

人が作り出す物の中でも

建造物が最も好きなのだ。


ボクは扉の前で

しばらく固まっていたが


やがて部屋の中に足を踏み入れ

右へ左へ視線を首を動かしながら

無意味に、その辺を歩く事にした。


やがて


「これまで泊まった宿なんて

全くもって比にならないね」


そんな身も蓋もない事を呟き

楽しい鑑賞会の幕を閉じた。


試したい事があるのだ


見て回るよりも

優先順位の高い事がある


それは


体を宙に投げ出し


背中から

ベッドに飛び込むことだ。


フワッという

一瞬の滞空時間を経て

重力に捕らわれた肉体が


加速し

落下していく

もはや激突は免れない


そしてついに


ぼふ


という音とも取れない音を立て

ボクの体はモコモコの海に沈んだ。


「……いい気分だ」


心底そう思った

あの吸血殺しの連中の事を

うっかり好きになりそうな程に


こればかりは

感謝しないとね


しばらく


そのまま


仰向けのまま目を瞑り

背中に伝わる感触を楽しんだ。


ボクはそのま二分間

その状態を保ち続けた


落ち着かせる

気持ちを落ち着かせる


ベッドの柔らかさを

じっくり堪能出来たと思った頃


独りこう呟いた。


「……ひと息ついたことだし

盗聴でもしてみるとするかな」


協力関係とは言え

敵であることに変わりは無い


それにボクが信頼しているのは

あくまでアルヴィナ個人であり

吸血殺しはそこに含まれていない


そういう態度を

彼らに見せることは無いが

心の奥ではそう思っていた。


だから


情報とは武器だ

収集を怠ることは

イコールで愚か者に結びつく。


ボクはすっかり慣れた手際で

知覚の範囲を徐々に広めていく


明らかに


以前より精度が上がっている

自身の成長を感じるね


ベッドに横になっていれば

たとえ誰かに見られたとしても

休んでいたで言い訳が通るだろうし


遠慮はいらない


と、


『足音』


誰かの話し声よりも先に

こちらに近付いてくる足音が

ボクの耳には飛び込んできた。


そしてこの足音は


追跡の時に散々聞いた

この規則正しい足音は


——キィ


金属で出来た金具が

普通では聞こえない程の

僅かな音を立てて


扉が開いた

そこにいたのは


「……くつろいでるね」


もちろんアルヴィナだ


「覗きかい?」


聴力を元に戻しながら

軽口を乱暴に放った。


どう返してくるのか

少し楽しみにしていたら


「そんなどころじゃない」


「……おや?」


なんとアルヴィナが

部屋に入ってくるではないか

それも、小脇に荷物を抱えながら。


ボクはそれを見て

察しが着いた


「もしかして共同?」


「ジェイミーみたいに理解が早いと

無駄な説明の手間が省けて楽」


「監視のつもりかな」


「正解」


なるほどね、確かに

ヤケに広いと思ったんだ


ベッドだって

一人用のサイズじゃないし


……あの男は少し説明を

怠りすぎているようだね

何も聞かされていない


そういえば

アルヴィナもここに来た時

ナディアらに剣を向けられて


`僕なにも聞いてない`と

不機嫌そうにしていたな


「……そう、その通りだ」


「キミがあの態度をする理由が

少しだけ分かった気がするよ」


もはや


勝手にボクの思考を読んで

会話を持ちかけてくる事に対して

リアクションをしなくなった自分に


少々驚きを覚えつつも

ボクはこの状況を受け入れた。


まあいいさ

同じ部屋で困ることはない

宿でもそのようにしていたし


むしろ安心出来るというもの

監視するというのなら

好きなだけするといい


下手な疑いをかけられるより

初めからある程度の制限が

掛かっていた方が楽だ。


などと


考えていると


「ジェイミー」


彼がボクのことを呼んだ

そして彼がそうする時は


大体なにか

大事な話がある時だ


「どうしたんだい」


彼はこんなことを

言ってくるのだった


「——盗聴を頼みたい」


「……ほう?」


それは


意外な提案だった。

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