ゴミリーダー


「俺が吸血殺しのリーダーだ

拠点に来てからの一連の騒動は

全て俺の指示によるものだ


こいつらに責任はねぇ

全部俺が命令したことだ


恨み言なら聞くぜ

一発ぶん殴ってもいい」


ボクの前に突然現れた大男は

ひと息で、そこまで言い切った。


`全責任は俺にある`ね


確かにさっきの出来事は

この男の命令なのだろう


リーダーというのも

恐らく嘘ではあるまい


なぜなら`武装を解け`と言われた

ナディア達が大人しく従ったからだ


彼女らのような人間が

指示を聞く相手となれば


自分がリーダーである

という発言を信用しても良いだろう。


ただ、そうなってくると

ひとつ気になる事があるな


まずは

それを確かめるか


「なるほど、キミの主張は分かった

じゃあ一発ぶん殴らせてもらおうか——」


一歩前に出る

そしてを構えて見せた

これみよがしに、大きく、派手に


「——っ!」


見た


ボクの行動に反応を示した奴がいた

いいや、正確に言えば


武器を抜くことはしていない

ただ、いつでもその動作を

終えられる姿勢に変わった。


拳を向けられている

当の本人は全く動じていない


`自分で言ったことだからな`

とでも言いたげな態度をしている

`やるならやれ`と目が言っている。


となれば

反応を示したのは

言うまでもなくナディア達だ


あからさまに動揺した

警戒心が跳ね上がった


あの反応の速さは

初めから備えられていた故だ


つまりボクは

彼女達に敵対心を向けられている


やっぱりね

そこを確かめたかったんだ


リーダーの男は`演技`だと言ったが

あの時、彼女達から発せられていた

殺意と敵意はあまりにも真に迫っていた。


全責任とはつまり

あくまでもその時の態度は

演技だと言い張る覚悟であり


部下たちを守る

リーダーとしての決意であり


彼女たちのことを把握する

重要なパーツのひとつとなる

という事だ。


知りたいことは知れた

あとはこの場を収めるだけだ。


ボクは構えた拳を

目の前の男に突き出した


それは彼の左胸に当たり

ぽすっ、という情けない音を立て

鋼鉄じみた筋肉の壁に受け止められた。


「——」


視界の端でナディア達が

苦虫を噛み潰したような顔をしていた

自分たちが釣られた事を理解したのだ。


利口だねぇ


そして理性的だ

よく統率されている


リーダーに危機が迫っても

勝手な判断で動かなかった


意思を尊重した

ギリギリで耐えた

なるほど彼女達は優秀だ


ボクは視線を戻し

目の前の大男を見上げ


その氷のような目を見て

今回の一件の終着を告げた


「これで全て水に流そう

留まっている流木ごと、ね」


`一枚岩では無い吸血殺し達

その裏側に残っている遺恨もろとも

全てに目を瞑ることにしよう`


これは

そういう宣言だ。


「——おうよ」


リーダーの男は

極めて平静を保っていたが

未だ彼の左胸に触れている拳から


リズムの乱れた心臓の鼓動が

とてもよく伝わってきていた——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「先程はご無礼を

大変失礼致しました」


「申し訳ありません」

「深くお詫び致します」


ボクの前で

深く頭を下げているのは

誰あろうナディア達だった。


生真面目なことだ

個人的な恨みや怒りがあっても

例えそれが命令だったとしても


協力者であるはずのボクに

剣を向けたことの謝罪を行うとは


頭は硬そうだが

プライドに振り回されるような

愚かな人間ではなさそうだな。


それは良いんだ

そこは全然良いんだ


ただひとつだけ

困っている事がある


……こういう時ってボクは

なんて言えばいいんだろう


彼女達の謝罪はあくまで表面上

心の底からの詫びではないだろう


そんな言葉に

どう返したら良い?


人間の感情は複雑だ


予想だにしない方向に

飛んで行くことが多々ある


穏便に済ませる

ボクとは程遠い言葉だが

今求められているのはソレだ


無難な返答

というものが分からない

そもそも人間に謝罪された事など


今まで数百年生きてきて

ほとんど無かったのだから


しかも今回は特殊ケースだ

こればかりはボクの頭で考えても

正しい結論には至れなそうだった。


仕方ない


下手に人間に寄せるのはやめだ

ここはボクらしく吸血種らしく

堂々と真正面から行こうじゃないか。


「細かいことは気にせず

好きな時に斬りかかっておいで」


取り繕い

体裁

表面上


そんなもの

ボクは知ったことじゃない


例え鞘に収められていても


その妖しくも

誇り高い光を放つ刀身が

常にこちらへ向けられている事を


ボクは知っているのだから。


「……」


彼女達は喋らない

下げた頭を上げようとしない


だからボクには

隠された表情は見えないが


ナディアから

ほんのりと香る血の匂いが

その思いをよく表していた。


ボクはそんな彼女達に背を向けて


遠くの方で椅子に座り

テーブルの上に設置されたお菓子を


次々食べている

アルヴィナの所へ歩いて行った。


「自由だねぇ、キミは」


リーダーとボクが

あれこれ話している最中から


ずっとここで

我関せずという様子で


お菓子をつまんでいた彼に

呆れ半分でそう言うと


「食べる?」


自分が食べていたお菓子を

ボクに差し出してきた。


「頂こう」


少しの迷いもなく

彼の手から受け取った

どうにも美味しそうに見えたのだ。


「……美味しい」


「でしょ」


「もうひとつ寄越せ」


「ダメ」


「そういえばアルヴィナ

ボクに借りがあるんじゃない?」


「その借りって

こんなので使っていいの?」


「もちろん」


「そう、じゃあもうひとつだけ」


ボクは彼から

お菓子をもうひとつ受け取ると


近くの椅子に腰かけて

貰ったモノを食べ始めた。


その様子を

遠くからナディア達が

物言いたげな表情で見ていたが


リーダーと名乗った大男が

そんな彼女達の元に歩いていき


何やら話しかけた後

部屋の外に揃って消えていった。


「今回の件、キミ知らなかったの?」


「僕は何も聞いてなかった

リーダーが勝手にした事」


そうぶっきらぼうに言った

彼の様子を見てボクは気付いた


「……あぁ、拗ねてるのか

一人だけ仲間外れにされて


だからこんな離れた所で

お菓子なんて食べてたのか」


「どうせコレだって

僕が機嫌を損ねる事を見越して

リーダーがわざと置いたものだ


あの男そういう奴」


「へぇ……」


確かに

そう考えると不自然か


そう来客があるとも思えない

こんな場所に食べ物を用意しているなど


「だからジェイミー」


「うん?」


「さっきのは爽快だった

とても良いものを見れた


こんな賄賂で僕の機嫌は治らない

それでも、僕が今怒ってないのは


ジェイミーがあの男に

痛い目見せてやったから


よくやってくれた」


褒められた

アルヴィナに


彼はどうやら余程

あの男に腹が立っていたらしい


言葉の節々に見えるトゲが

それを物語っている。


「それにしても


相変わらず洞察力が化け物

あのリーダーが冷や汗をかくなんて」


「キミも大概じゃないかな」


「僕はダメ


行動パターンとか思考回路

長年一緒にいたせいでバレてる」


アルヴィナはそう言いながら

食べものの入った器を指で弄んだ。


「僕に内密にしていたのだって

あの時あの場で動きを封じる為だ


それは僕に対してだけでなく


ジェイミーに対する

アンカーの役割でもあった


僕が戸惑っているのを見れば

あなたはきっと強行手段に出ないから


そのうえで

僕に対する信頼を

失わせないようにする安全策


全部自分にとって

都合のいいように出来上がっている」


拠点に入ったと思ったら

味方が協力者に剣を向けていて

オマケにリーダーの姿がない


僕は裏切られたのか?

いや、騙されたのか?


この吸血種を呼び込むための

ならそっちの側に着くべきなのか?


いやでも……


彼ならそうやって考える

だから動けなくなる


これがひとつめ


そしてふたつめは


そんな彼の様子に

ボクが気付くこと


単なる裏切りでは無いのだと

ボクが察する為の仕組み


そうなれば

その場の全員を殺害して

逃げるという手段も取れなくなる


それはあくまでボクが

理性的かつ話のわかる存在だ

という知識が前提となるが


その点はおそらく

アルヴィナの口から聞いていたのだろう


そして最後

みっつめは


仮にボクが

強行手段に出たとして

その場の全員が死亡したとしても


アルヴィナだけは

生き残る可能性が残されている


ということ

それは部下を守るための策だが


そうなると

リーダーの大男が直前まで

姿を隠していた事が引っかかる


部下を守るというのなら

自分だけ隠れて彼女達を死地に追いやる

などという行為は全くもって矛盾している


だからつまり



「今回の件は


ボクと吸血殺しが協力する

という案に彼女達が反発し

リーダーはそれを否定した


するとナディア達が


`ならば自分たちに

それを確かめさせて下さい


吸血種が信頼出来ないことを

証明してみせます`


とでも言って詰め寄り

リーダーはそれを承諾


だからあの男は

あんな中途半端な方法で

隠れざるを得なかった


そんな所かな」


事が終わったあとの

`全責任は俺が負う`


という発言や


リーダーが

自分を殴らせようとした事からも

あの男が部下思いである事は伺えるし


あれだけの殺意を見せたナディア達が

表面上とはいえ謝罪を申し出てきたのも


ボクに対してではなく

無理を聞いてくれたリーダーに


ひいては

自分たちの思惑通りに

事が運ばなかった事実に対する


ケジメや責任感である

と考えると説明がつく。


なるほどね

そういうことか


今回の一件の

全貌がようやく見えた


「本人のいないところで

全くなんの確認も取らずに


僅かな情報だけで

表には出ない真実にたどり着く


迷惑この上ない

厄介もいいところだ」


「キミが言えたことかい?


ボクの考えを聞いても

少しも驚いてないキミが」


それはつまり


彼も同じ結論に至っていた

という事に他ならないのだから。


ボクのことを迷惑だの

厄介だの化け物だの言う前に

己を見つめ直す機会を設けるべきだ。


「初対面の相手にやるのと

既知の中でやるのとじゃあ


意味合いが全然違う

得体がしれない怪物め」


「そんな怪物を連れて来たのは

どこのどいつだったかねぇ……」


「さあ」


「よく思い出してごらん——」


——ギィィ!


彼との下らない会話を楽しんでいると

突然、甲高い耳障りな音を立てながら


先程


ナディア達が消えていった

大扉が勢いよく開け放たれた


「アルヴィナ!そして吸血種!


これから作戦会議を行う

着いてこい、案内してやる」


「ここでやれ」


「却下だアルヴィナ


ここには椅子とテーブルしかねぇ

とても会議なんてやれる場所じゃねぇ」


「ゴミリーダー」


「ゴミでもカスでも良いが

いいからさっさと来い」


「クソが」


とんでもない悪態を付きながら

アルヴィナは乱暴に立ち上がった


ボクは初めて聞く彼の口調に

やや面食らってしまった。


つい気になって

彼の後を追いながら


「キミ口悪いね

それが素だったりするのかな?」


と、聞いてみたところ


「あのゴミに対してだけ」


そんな返答が

返ってくるのだった——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る