この件の首謀者。


アルヴィナは言った。


「この国に潜伏している吸血種は

上手く人の中に紛れ込んでいる


警戒心が高い奴で

なかなか尻尾を掴めない


僕とあなただけでは

どうしても限界がある


確実に倒せなきゃ意味が無い

逃がすなんてもってのほか


だから協力者を使う

人間の、協力者をだ


僕の仲間

吸血殺しの連中をね」


仲間たちには

既に話が通っているという


恐らくは`会議`とやらで

話した内容が関係しているのだろうが


なんとも手際がいい事だ。


物事の時系列や

因果関係が気になってくる


話を通したのはいつなのか?

ボクと出会ったのは偶然か?


戦いに負けて

敗残兵となった時期は?


など、疑問は尽きない

叩けば色々出てきそうだ

彼は隠し事多そうだしね


ただ


それはそれとして


ボクとしては、いっそ全て

どうでも良いんじゃないか


とも思っている。


現在、最も大切なのは

これからの身の振り方なのだ。


ならば

あえて追求する必要は無いだろう


仮に疑問が解消されたとしても

得られる実益は何も無いのだから


信頼度の話であれば

それはもう決着が着いている

揺るがない結論を出したばかりだ。


だからボクは

あえて見ぬフリをする

過去に目を向ける事はしない。


どうせ尋ねたところで

確たる証拠なんて無いしね

気休めにしかならないよ


お互い事情がある

いくら信頼したと言っても

全てを話せる訳じゃないさ


そういうのは

社会性に疎いボクでも分かる


自分だってリニャに

明日を待たずに出発する事を

伝えなかったんだから。


理屈だけではなく

心で理解している。



ということで


ボクは今


アルヴィナに連れられて

とある路地を歩いていた。


そこは

普通の路地だった。


どこにでもありそうで

別段人目につかないでもない

ありふれた道


当然


周囲には人が沢山居て

日常風景が広がっている


なるほど


特別な手順を踏んで

たどり着ける秘密の場所とか

そういう話では無さそうだね


真に隠したいものは

あえて人の目に晒しておく

というやつだろうか?


「そんなとこ」


「人の思考を読むの好きだよね、キミ」


「……人?」


「ユニークな冗談だ」


「お互い様」


相変わらず

口が悪い彼の事は良いとして

ボクは街並みの方に興味が向いていた。


豊かなことだ

活気に満ち溢れている


床は整備されて綺麗だし

商店も、飲食店も、服屋も

とにかく全てが充実している。


殺伐としたご時世など

吹き飛ばさんという勢いだ。


「いいものだ」


「……そう?」


「いいものだよ

人間達が賑わってるのは


エネルギーに満ちている

ボクにとっては新鮮だよ」


新鮮


新鮮だ


いつ見てもそうだ

人の営みは美しい


だから目を奪われる

つい観察してしまう。


そうしているうちに

目に止まったものがあった


それは


「——奥さん、仕入れたばかりの

おすすめの品があるんだけどね」


「え、えぇ〜ちょっと私

この後用事が……その……」


「少し!少しだけで良いんだ

ちらっと見てくれるだけでも」


「そう……?じゃあ……

ちらっ……となら……!」


「おぉ!ありがとう!

それで、これなんだが——」


商売魂の逞しい店主が

歩いている人間を捕まえて

ちょっとした実演販売を始めた。


あの様子だと

上手いこと言いくるめられて

買わされる羽目になりそうだ


その様子を見てボクは

独り言のように語る


「ボク、こんなだからね

田舎から出てきたと思われて

しつこい商人に捕まる事もある」


はるか昔の出来事だ

吸血種殺しを決意する前の

穏やかに暮らしていた頃の話だ


こういう場所に来ると

自然と記憶が蘇ってくる


「それはどうするの?」


「要らない、と言うよ

あとは強引に離れるのさ」


「興味が出て買う方かと」


「見るだけで終わりだね

買うことは、滅多にない」


「……どんなのなら買うの」


「それは——」


どんなものを買うか

アルヴィナの問いにボクは

すぐに答えられなかった。


躊躇ったとかじゃない

思い出せなかったのだ


ボクはどんな物を

買っていたのだろう?


まるで記憶にぽっかり穴が空いたようで

何度考えてみても、その穴が埋まらない


「……きっと大して

重要な物ではないんだろう


思い出せないよ

ボクとしたことがね」


記憶力には自信があった

けれど、忘れてしまった


よほど印象に薄かったのか

それとも何か理由があるのか


今となっては真相は闇の中

闇夜を見通す吸血種の目でも

そればっかりはどうにもならない。


「じゃあどんなのが欲しいと思う?」


欲しいもの


またしてもボクは

彼の質問に答えられない

しかし今度は違う理由だ。


そして今回は

きちんと答えられる


「ボクには欲しいものは無い」


だってそうだろう


ボクの目的は吸血種を殺すこと

それだけを生きる目的として

これまでやってきたのだから。


「だから、そういうのはね

やるべき事が終わった後で


ゆっくり考えるつもりなのさ

行きたい場所や、欲しいもの


他にも色々とね」


「……そう」


「そうさ」


目標の果てに叶えたい未来がある

それはきっと生きる原動力になる

夢と言っても差し支えないだろう。


ボクは自分が欲しいもの

望むものを見つける為に生きる


吸血種殺しは

あくまでも過程だ


確かに重要な事だけれど

そこがゴールでは無いんだ。


「意外な考え方をする


僕が思ってたよりもずっと

ジェイミーは自由に生きている」


「そしてその自由を

ボクは奪われているわけだ


アルヴィナくん?」


「更なる明日の為の

ほんの一時の犠牲だ」


「実を結ぶことを祈ってるよ」


「それは努力次第


——到着したよ」


不意に彼は立ち止まり

質素な建物を指差しでそう言った。


「何の変哲もないねぇ」


完全にただの普通の建物

そこには秘密なんて感じられない

ロマンの欠片も、湧いては来ない。


実に透明だ


街を歩いてる人達だって

誰ひとりとして気にしちゃいない


だというのに


「そうだろう?」


アルヴィナは何やら

含みのある言い方をした。


分かるぞ

あれは何かを企んでいる顔だ

ボクを驚かせるつもりでいるらしい


「どうせ仕掛けがあるんだろ」


「さあ?」


隠し扉か

隠し通路か


どんなカラクリがあるにしろ

その手の仕掛けは見慣れている


なにせ

かつてはそういう所を

隠れ家にした事もある


今更その程度で驚きはしない


「じゃあ入ろうか」


「期待通りの反応は

してあげられないと思うけどね」


「なんの事やら」


ボクは


建物に足を踏み入れた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱



——ボクは


建物に入ったと思ったら


次の瞬間には既に

全く別のところに立っていた。


ドアを開けて

中と外の境界を踏み越えて

ふと顔を上げたら、そこは


まるで王宮の中みたいな

世界観の違う装飾が施された

とても豪華で、優雅で広い部屋だった。


隠し部屋とか

隠し階段とか通路とか

そんな次元の話では無かった


なるほど

アルヴィナの態度の理由が分かった



確かに彼の目論見通り

ボクは見事に驚いていた


だがそれは


異常な現象の体験より

もっと他のことに対してだった。


他のこと


目の前の光景についてだ


その部屋には

二人の男と一人の女が立っていた


特筆すべきは彼らが


完全武装をした状態で

ボクを睨み付け立っている点だろう。


武器を構えて

その先端をボクに向けている

静かな殺気が身体を包み込む。


後ろを振り返ってみたが

そこには壁しか無かった


あるはずの扉が

どこにもなかった


出口がない

目の前には武装した人間

恐らくは吸血殺しの連中


これは


まさか


「あれ裏切った?」


「違う」


隣に立っているアルヴィナは

不機嫌そうな顔で否定した。


どうも

嵌められたという感じでは無い

言わゆる不測の事態だろうか?


それにしてはアルヴィナが

妙に落ち着いている気がする


身内だからだろうか?


ボクはとりあえず

様子を伺う事にした


「これなに、僕聞いてないけど」


アルヴィナが

不機嫌そうに口を開いた


すると


「——動くな」


彼らの先頭に立っている女が

一歩前に出て、そう言った。


「リーダーから聞いてただろう

武装を解除しろ、ナディア」


「黙れ」


頭の硬そうな女だ

信念を曲げられないタイプだね


話の流れから察するに彼女は

命令に逆らっているのだろう


原因は

言うまでもなくボクだな


吸血殺しが

吸血種と手を組むなど!


このナディアという女性が

そう言って怒っている姿が

容易に想像出来る


「——こっちを見るな」


彼女は牙を剥いて

こちらを威嚇してくる


そこにあるのは強い信念と

煮え滾るような憎しみだった。


左右に控えている男二人も

ナディアと同じ目をしていた。


邪魔をするなら容赦しない

という、冷酷な目だった。


それが分かっているから

隣のアルヴィナは


唇の端を噛み

何も出来ずにいるのだ


自分が迂闊に動くことで

戦いになることを恐れている


落ち着いて見えるのは

あくまで表面上だけだな


彼は内心焦っている


キミは今

こう考えているんだ


もし騙されたのが

自分だったとしたら?


リーダーとやらが

ボクをおびき寄せるために


自分に本当の事を伝えず

騙して連れてこさせたとしたら?


その場合

自分が取るべき行動は

果たして何であるのか?


……と


だから

強い行動に出れないのだ


……ならば


ここはボクが

動くべき場面だろう


共同戦線

その初仕事をここで

見事にこなして見せよう。


「聞け」


ボクが喋ったのを聞いて

彼らがこちらへ顔を向ける


「口を開——」


`喋るな`


「——っ」


彼ら三人が口を挟んでくる前に

先手を打って動きを封じておいた


吸血種のひと睨みは怖かろう?


たっぷりと殺気を混ぜてやった

これで、下手な動きは取れまい


敵地の只中にありながら

自分のフィールドを作り出したボクは


静かに、穏やかに

言葉を紡いでいった。


「戦うつもりがあるなら

この部屋に来た時点で


キミらは仕掛けてきている

絶対に膠着状態は作らない」


「……」


彼らの表情からは

何も読み取れない


よく訓練されているな

感情を読み取らせてくれない


だが


それが答えだ


「その練度を誇っておいて

独断での凶行はありえない


そして


仮にボクを殺す罠なんだとしたら

こんな風に話している余裕があるなんて


もっとありえない

とっくに戦いが起きているはずだ」


「……」


誰も喋らない

答えない


沈黙は肯定という言葉があるけれど

この場における沈黙はただの静寂だ。


「だから


キミらは個人的な動機ではなく

明確に誰かの指示を受けている


そして経験上


こういう事をしたがる奴は

大抵、相手を輩だ——」


ボクは


そう言い切ると同時に

目の前のナディアに対して


タン……と

足音を鳴らしながら



「——っ!?」


ナディアと呼ばれた彼女は

ボクが近付いて来るのを


止めもしなければ

切りかかる事もしなかった


それどころか


その場に居る誰ひとりとして

ボクの動きを止められなかった



動けなかったのだ


`動いたら死ぬ`という

鮮明な死のイメージが


彼ら全員の頭に

振り払えないほど濃厚に

強烈に焼き付いて離れなかったのだ


これは


かつて


霧の国で

あの老人の吸血種が

ボクに対してやったのと同じ


瞬きひとつ

指先ひとつ


動かすことを許さない

生物としての本能が全力で

`動かない`ことを選択する


——あの時の、あの技だ。


誰もが思ったはずだ

マズイ!ナディアが殺られる!


幻視もしただろう

宙に舞う彼女の首を

撒き散らされる血しぶきを


けれど実際は


その予感が実現する時は

例え世界が滅んでも来ない


何故ならボクは


そうやって距離を詰めた上で


両手を大きく広げて

こう、人間達に告げたのだから


「ボクはアルヴィナの話を信じている

だから、キミたちには手を出さない


斬りたいのなら

好きに斬ればいい」



「——すげぇな、おい」


聞いた事のない声が

響いたのと同時に


今まで何も無かった空間に

大男が、いつの間に


ナディア達を庇うように

ボクの前に立っていた。


それは


この状況になるまで静かに息を殺し

傍観を貫いてきた人物であり

彼らが言うところのリーダー


すなわち


「自己紹介は、必要かい?」


「いいや、その必要ねぇよ

おいお前ら!武装を解け!


……芝居は終わりだ」


この件の首謀者たる人物だ——。

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