それは合理性でも効率でもなく——


死を覚悟していた

`裏切るつもりか`と聞かれた彼は

自分の命の終わりを覚悟していた。


手のひらに伝わる

早くなって乱れた心臓の鼓動や


こめかみを流れ落ちる冷や汗

強ばりを隠しきれない顔


その全てから

`不意を打たれた`

という動揺が見て取れる。


「……何をする気」


アルヴィナは

ようやく言葉を絞り出した

その声は震えていて怯えている。


しかし

強い意志を感じる

確固たる決意が宿っている。


もし


彼が裏切っていたなら

これまでの何もかもが全て

ボクをこの国に誘い込むための罠


だとしたら

さっきの会話の意味

辻褄が合ってきてしまう


疑念はある

不安もある


ただ、それよりも

そんなモノより大きな確信がある

もっと信用できる仮説が、まだある。


でもボクはそれを言わない

自分からは絶対に、この考えを言わない


何故ならボクは

他でもないアルヴィナの口から

その答えを聞きたいと思ったからだ。


目を見つめる

至近距離だ


かつてこれほどに

彼に接近したことは無かったから

分からなかったけれど


綺麗な目をしている

綺麗な顔立ちをしている


驚いた顔をしている

呆気に取られた表情をしている

何かを言おうとしているように見える


待つ


待つ


待つ


聞かせておくれよ

証明して見せてくれ

キミの考えというやつを


そして

ボクの信頼を


長い長い沈黙を経て

彼はようやく口を開き


こう言った


「……その前にひとつ、質問に答えて」


待たされるのは好きでは無いし

前提を覆えされるのも好まない


が、ボクは


「良いだろう」


彼の要求を呑んだ。


「僕を、殺す気はある?」


重苦しくも軽薄で

命の軽さなんてないみたいに

その向こうの話をしているみたいに


執着は感じなかった

彼はもっと別の何かを見据えている

瞳を覗いていたら、その事が分かった。


ボクはこう答えた


「その気があるのなら

もうとっくにキミは死んでいる


部屋に入ってきた瞬間に

あるいは、密会の最中に


ボクは冷酷で容赦がなくて

それでいて合理主義者だから


それでもキミは生きている

アルヴィナはこうして生きている」


そうだ


ボクが本当に彼の事を

裏切ったと確信していたら

今こんな風にはなってないんだ


もしそうだったら


あの密会の時点で

ボクなら恐らく行動していた


情報収集に忙しかった?

リソースを割く余裕がなかった?


いいや違う


単にその気がなかっただけだ

本気で事を起こすつもりなら


どれだけ不可能でも難しくても

ボクはそれを実行に移す


では

そうしなかったのは


つまり


「ボクはね、吸血殺しアルヴィナ

キミの口から、聞きたかったんだ


推理ではなく

キミ自身から答えを貰いたかった


だからボクは

キミを殺さない」


だってボクらは協力関係だろう

共同戦線を結んでいるだろう


彼の言葉を借りるならば

`利害関係は一致している`んだ


裏切る理由は

いくらでも推察出来るけれど


だからって

それが信頼を打ち破るに足る

ワケじゃないんだ。


だからボクは言わない

例え踵で地面を叩く音が

何かの合図だったとしても


聞こえてきた会話から

その全貌を予想出来たとしても

彼の行動の意味すらも


何も言わないし

何も考えない


辿り着かない


それはどこまで行っても推理で

仮説で、確証のない話だから


目の前に証拠があって

得られる望みがあるというのなら


何も

結論を焦ることは無いじゃないか

主張を聞いたからでも問題は無い


この手が

彼の命をすくい上げるのは

その後でも、遅くは無いんだ。


「——」


アルヴィナは

そんなボクを見つめたまま

言葉を失っていた。


「固まってる場合かな

命の危機だと言うのに」


「——あんまりだ」


「なんだって?」


「そんなの

あんまりじゃないか」


「意味が分からないよ」


「つまり、あなたの

ジェイミー、あなたは


僕を信頼している……と

そういう風に言いたいのか


この状況で

僕の立場を知っておいて

密会のことを知っておいて


それでも尚

僕の言葉を待っていると」


「何もおかしいことじゃない

一意見だけを参照にして


行動を起こすのは

時に失敗を引き起こすものだ


ボクはそのリスクを

考えているだけだよ」


嘘をついた


信頼している

などと気恥しい


ついそんな

16歳の村娘みたいな事を

うっかりと言ってしまった。


「——」


「おいおい

絶句するのは後にしてくれ

いつまで待たせる気なのかな?


ボクは辛抱強くないぞ

空飛ぶ心臓をご所望かな?」


「せっかち」


「ああそうさ」


「……観念する」


「そうかい」


「……全て、話して聞かせる」


「そうなのかい?」


「そう」


「だったら——」


そう言いながら

ボクはベッドから起き上がり

彼を見下ろしながらこう言った。


「食事を摂りながらで、良いだろう?」


「……分かった」


承諾は得られた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「複雑な話になる」


カチャカチャと

食器を鳴らしながら

アルヴィナが前置きをした


「噛み砕いて聞くとも」


口の中に食べ物を

詰め込みながらそう答える。


「……あなたが宿を出た僕を

そのままにするとは考えなかった


何らかの手段を用いて

監視を行うだろうと」


「よく分かっているじゃないか」


「方法は不明だった


尾行かもしれないし

盗聴かもしれない


未知の能力があるかもしれない」


「確かにね」


「だから論理的に考えて

1個づつ可能性を潰していった」


これは一呼吸を挟み

テーブルを指で叩きながら

ゆっくりと説明を再開した


トン


「まず尾行について

これは真っ先に排除した


僕は気配を察知するのが得意

どれだけあなたが隠れても


違和感ぐらいは分かる

だから、尾行はされてない


そもそも

一人で出歩くこと事態

あなたにとってリスクとなる


人目に付く可能性もある

だから、ないと断定した」


「なるほど」


スープを飲みながら

その続きに耳を傾ける


これ美味しいね


「次に、未知の能力

これに関してはもし


そんなのがあったとして

僕に対策なんて出来ないし


未知なものは考えても仕方ない

それに、吸血種の能力や生態は


ひと通り分かっている事

これまでの人類の功績によって


だからそれもナシ」


「少し乱暴な考え方だ」


「僕にはそれよりも

目を向けるべき根拠があった


耳だ、あなたは耳が良い

あの時、吸血種を見つけて


その置かれている状況を

僕に伝えたのは、あなた


だからその可能性が高いと信じた

目で見た事を、1番に信じたんだ」


「……なるほどね」


だいぶ暴力的な思考だけど

実際それで正解を引いているのだから

ボクとしては見事だと言わざるを得ない。


「だから、合図をしたんだ

聞かれているだろうと仮定して


もし

これから行うやり取りを

ジェイミーが聞いていたら


ほんの少しだけ

思考のノイズになってくれるように


踵で地面を叩いた」


それは聞いていた

そしてその可能性にもボクは

思い至っていた


だが


もしそうだとして

彼の主張通りだとすれば

少々回りくどすぎるのだ


そんな事をしなくても

部屋から出ていく前に


ひと言


予定を話してくれれば

事前に示し合わせてくれれば

そんな無駄なことはせずに済んだ。


なのに

しなかった


ということは

しなかった理由があるということ


つまり


「同族殺しのジェイミー

僕はあなたを試させてもらった


この共同戦線が

どの程度信じられるのか


あなたという吸血種を

本当に戦力と捉えても良いのか


確認作業だった」


彼の言ったことは

ボクの予想と同じだった。


事前に考えていた可能性

それというのは、つまりこうだ



「キミは密会の事実を隠して

不自然な外出を行い


ボクに盗み聞きの機会を与えて

わざと会話を聞かせた、それは


密会の最中に

ボクが乱入しないか


あるいは

キミが帰宅した時に

盗聴の事実を隠すのか


それを見るため


試したというのは

ボクが本当にキミに

協力する気があるのかどうか


また

裏切っていないか確かめる


という意味かな」


「……やはり分かっていたか」


「答え合わせがない限りは

ただの仮説に過ぎない


それよりも

随分とリスクを冒したね


キミの話が正しいなら

命を賭けたことになる」


もしボクが

初めから敵だったなら?


彼のみならず密会の相手も

殺されていただろう


何せピンチだ

聞こえてきた会話の内容は

ボクを陥れる計画のように聞こえた


ボクにとっては

無視できない身の危険だった

ここにきて疑念が生まれたのだ


もし生存を優先するなら

直接的な手段に出たとしても

何ら不思議は無いんだ。


と、このように

彼の行動にはあまりにも

危険性が含まれすぎている


一見すると合理的なようだが


その実


不確定要素ばかりで

とても正気の沙汰とは思えない

彼の語った真実は矛盾だらけだった。


だから


これは決して安全策じゃない

ハナからリスクを承知での行動だ


とくれば


この話の終着点

アルヴィナの目的は


すなわち


「信頼の確認だね?


ボクがキミを信じていること

そしてキミがボクを裏切らないこと


それをお互いで確認するために

……アルヴィナ、お前って男は


非常に危険性が高くて

不確定要素ばっかりの


ほとんど自殺みたいな芝居を

ボクに対して、打ったんだな」


前提として

今回の共同戦線は


互いの立場や種族の垣根を越えて

利害の一致という一点のみを信じ


背中を預けて戦う

というのが最低条件だ


だから


立場の違いから来る

疑念は残してはいけない


それはノイズになる

作戦の土壇場で失敗を引き起こす

最大級の`見える地雷`だ。


そこを解消するには


理屈でも

利害の一致でも合理性でもない


感情で繋がる必要がある

信頼し合わなくてはならない


万が一にも


裏切るかもしれない、とか

敵かもしれない、とか


そういう余計な考えが

浮かばない関係であると

確認しなくてはならない


そしてその方法は

話し合いではダメだ


読み合うのでもダメだ

他の何でもなく


行動でのみ

示される必要があった。


それでしか

証明出来なかった


となれば


合理性だの安全性だのは

二の次、三の次で当たり前だ

そんなこと考慮してる余裕は無い


だってこれは戦いなのだ

生死を賭けた戦いなのだ


リスクを恐れるなど

愚か者のすることだ。


それじゃあ

確認は中途半端になる


心のどこかで


この人間のことを

この吸血種の事を


警戒しなくてはならない

完全に信頼する事が出来ない


だから

それが綻びとなる


目に見えない小さな亀裂は

成長し、拡大し、根を張り


やがて

何もかもを引き裂く

どうしようもない破滅を引き起こす。


半端じゃダメなんだ

どんなに可能性が薄くても

そんなやり方じゃ足りないんだ


だから


彼は今回の無謀とも思える

馬鹿げた作戦を決行したのだ。


「——本当に凄い」


アルヴィナは

ボクの語った内容を聞き

心からの感心を見せていた。


「凄いのはキミだ


よくこんなことを

しようと思えたね?


死を覚悟していただろう

さっき、キミの目は怯えていた」


覗き込んだ瞳には

はっきりと浮かんでいた

ボクはそれを見ていた。


本当は

ギリギリまで疑っていた

信じたくない最悪の未来が

悪魔のように囁いてくるのだ


`ここで奴を殺せ

じゃないとボクが死ぬぞ`と


だから迷った

考えることを放棄した

希望に縋りたかったんだ


そんなワケない

そんな事をする理由がない

全部が嘘なハズは、無いんだと


信じたかった

けれど信じられなかった


迷って、迷って、迷って

必死に押し殺して、取り繕って


そして

強硬手段に出たんだ

一刻も早く確認したかった


もし彼が答えなかったり

はぐらかしでもしたら


そうなったら

アルヴィナは敵だから


怖いけれど

確かめる必要があった


そして見たのだ

死に怯える彼の姿を


緊張、動揺、恐怖

なにかの決意、強い意志


そのどれもが

ボクが知っているアルヴィナで

その姿は、嘘とは思えなかった。


……そこでボクは

遅れて確信したのだ


ああ、大丈夫だと

大丈夫だから彼の


アルヴィナの話を

まず、きいてあげようと


「怖かったよ」


わざと不安を煽ったのは認めよう

でも、それは、少し許して欲しい


全て彼が悪いんだ

ボクを不安にさせた彼が

何もかも悪いんだ


「これは罰さ


嘘をついた事と

ボクを不安にさせた事


一生消せない罪だよ

絶対に忘れてやるものか


吸血種相手に罪科など

不名誉も良いところだねぇ


キミはきっと地獄行きさ」


「あなたにとっての地獄は

きっと僕にとっては天国」


「おや、だったら試してみるかい?


キミと僕が得た信頼なんて

今すぐ無に帰してやろうか」


「食事が先」


「デザートをご希望かな?」


「お譲りするよ」


「遠慮しなくても良いんだよ

ボクからの気持ちと思ってくれ」


「その気持ち、血に濡れてる」


「血の加護がありそうじゃないか」


「教会に行く予定を

立てておくとしよう」


食事の手は止まらず

皿の上の料理は減っていく


すっかり冷めてしまったけれど

その味は決して落ちることはなく


口の中にいつまでも

甘く、残り続けている



「改めてよろしく」


「よろしく」


そして

ボクら二人の


吸血種と

吸血殺しの


この奇妙な共同戦線は

今宵、確固たるモノとなった——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「確認も終えた

食事も済ませた


本題に入ろう

前置きの必要はもうない


僕が密会していたのは

何もあなたを試す為だけじゃ


決して無いんだから」


「だろうね」


「聞いてくれ」


アルヴィナは

たっぷりと溜めてから


こう言った。


「僕と一緒に来てくれ


これからジェイミーに

僕の吸血殺しの仲間に合わせる


彼らと共に

敵を討ち滅ぼすんだ」


ありえない提案を聞いて


「——なるほど」


ボクは


「——そういうことか」


この目の前の男に

してやられたのだと


ようやく理解した


「キミ性格悪いな」


「光栄だ」


ここまでの話は

あくまで前置きだったのだ


彼が信頼を確かめた

その真の目的は


この話をされた時


ボクが彼を疑わないように

大人しく着いて来させるために


その土台を

作ることだったんだ。


「やってくれるねぇ」


「それはどうも」


どうにも

手のひらの上で

踊らされている気分だった——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る