裏切り


それぞれ

やるべき事があるだろう

彼は彼で、そしてボクはボクで


共同戦線とはいえ

あくまで我々は別の存在なのだから

きっかけは、居心地が悪かったからでも


きっとその目的は

別のところにあるのだろうと

ボクはそう睨んでいた。


だから


宿から出ていった彼の事を

聴力を持って追跡していた。


追跡と言っても

そんな大したことは出来ない


例えば前

大森林でやったみたいな

精密な調査はとても不可能だ。


人が多すぎるし

得られる情報が途方も無さすぎて

ボクの頭の処理能力じゃ足りない。


だから範囲を絞るのだ

人ひとり分の大きさ位まで


つまり、アルヴィナ個人に限定して

照準を合わせ、盗み聞きを行うのだ。


こうすることで

ボクが背負う負担は

現実的なラインにまで減ってくる。


その代わりに

入手出来る情報も少なくなるが


足音、呼吸音、会話と

必要最低限のモノは手に入るので

そこはあまり気にしなくてもいい


問題はそこではなく


このやり方をするのは

かなりの集中力を要する


という点だ


常に移動し続ける目標に対して

長時間の探知を仕掛けて維持する


いくら吸血種と言えども

これは相当にキツい


だが一応

今のところは追えている


この精度を

どれだけ保てるかが勝負だ


……やはり

そうなってくると


現状ボクはこの作業以外に

他のことをする余裕が一切ない

なんとかして効率化を図らねば


『足音』『衣擦れの音』『呼吸音』

『心臓の鼓動』『骨の軋む音』

『筋肉が収縮する音』『瞬きの音』


多すぎる


もっと少なくてもいい

こんなに詳細である必要は無い


情報を選別しろ

呼吸音だけに絞っても良いだろう


それに

彼が移動する度に

再補足するのは非効率的だ


アルヴィナの歩き方は規則的で


普通の人間と違って

芯が通っているから分かりやすい

まずこのリズムを覚えるんだ


そうすれば

だいぶ自由が効くようになる。


簡略化していく

省略していく


無駄を削ぎ落としていく

少しやり過ぎなくらいに


そうしてゆっくり確実に

を作り出すのだ。


こんな限界ギリギリの追跡

いつまでも続くわけがない

余裕が必要だ。


——集中


——集中


やがて


『足音』


これ一点のみに

減らすことに成功した


「……ふーっ」


ボクはここでようやく

ひと息着くことが出来た


というか

ずっと呼吸が止まっていた

身動きも全く取らなかった


でも


その必要はもうない

追跡の自動化に成功した

そのロジックを組み上げたのだ。


身の回りの物音は聞こえないし

集中を切らしていい訳でも無い


だが


さっきに比べたらマシだ


さあ

追跡を続けよう——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


『足音』


『足音』


『足音』


『足音』


『足音』


『足音』



『……』



『踵で地面を叩く音』


『……』


『……』


その時を境に

足音は聞こえなくなった。


だからボクは組み上げた機構に

少しだけ手を加えて`聞く音`を変えた。


`足音`から`声`に

そしてその判断は正しかった。


『当然』


ボクの耳には

ハッキリと届いていた

やはり誰かと会っているな


『まあね』


『逃げたよ、全力で』


ボクが聞いているのは

アルヴィナの声だけだから


これでは一人芝居状態だ


周りの音が聞こえないのは不便だ

会話の相手が何を話しているか

そこも聞き取る必要がある


一旦範囲を広げて——


『遠ざかっていく話し声』


まずい


歩き始めた

すぐに切り替えなくては

まずい、会話に集中しすぎた


立ち止まってならいざ知らず

歩きながらの会話ともなると

範囲を広げる所では無い


追うので精一杯だ

ここは諦めるしかあるまい


ボクは引き続き

アルヴィナの声だけを

移動速度に合わせて追い続ける。


『——それに関連して話がある』


間に合った

何とか捉えた。


『奴を倒す、その目処が立った』


『会議で話した件だ』


『居る』


『ああ』


『——利害関係がある限りは』


『話が早くて助かる』


『使い古しのボロ雑巾みたい』


『準備を頼む』


『連れていくよ』


『多分、大丈夫』


『あぁ、また』


『……』


『……』


『……』


会話はそれっきり

二度と聞こえる事はなかった


用件を話し終えて別れた

というところだろうか。


ボクは再びアルヴィナの

`足音`に感知をシフトする

この作業をするのも慣れてきた


前よりもスムーズに

行えるようになっている


『足音』


『足音』


『踵で地面を叩く音』


『足音』


『足音』


『足音』


『足音』


ボクはこの辺りで

音を探るのを止めた


もう必要がないからだ


無理な使い方を長時間したせいで

耳の機能が異常をきたしていた


正しく音が聞こえない

まるで耳を塞がれているようだ


しばらく待ってみても

全然ダメなままなので


だからボクは一度

自分の両耳に大穴を空けて壊し

無理やり修復する手段を取った


「……よし、戻ったね」


再生が終わると同時に

それまでが嘘みたいに

世界は平常を取り戻した。


これまでと変わらない

普通の`音`が聞こえている


なるほど

この耳の使い方をすると

しばらく後遺症が残るのか


もし今後使う時は

気を付けなくてはなるまい


と、その時


ドアが開いた


ボクはベッドの上に腰掛け

扉から現れた人物に声を掛けた


「——おかえり」


「あぁ」


アルヴィナは

澄ました顔をしていた。


「アルヴィナ」


「……なに」


「こっちにおいで」


「何故——」


ボクは

彼の腕を掴んで引き込み

ベッドの上に押し倒した


上から覆い被さるように

また、押さえつけるように


彼の上に乗る

そして耳元に口を近付けて


指先で

彼の心臓のある場所を

ゆっくりとなぞりながら


ボクは


囁くようにこう言った


「——ボクを裏切るつもりかい?」


その時のアルヴィナの顔は

これまで見た事がないくらい

戸惑い、そして動揺していた……。

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