だから吸血種に心は分からない


あの戦い以降

ボクたちの前に立ちはだかる障害は

一切、発生することがなく


代わり映えのしない

つまらない街道をひたすら歩いた


本当ならもっと

ペースを上げてもいいのだが


色々と考えたい事もあったし

吸血種の元に辿り着くための

作戦も練らなくてはいけなかったし


そう急ぐ理由もないだろう

という事で今のペースに落ち着いた。


ボクらの間に会話はない

ただ前に進むのみだ


昼夜問わずに歩き続ける

吸血種であるボクはともかく


ただの人間でしかない彼

アルヴィナと名乗った男は

そうはいかない……


はずなのだが


「疲れたりしないの?」


「しない」


との事だった。


やはりこの男も、怪物の領域に

片足を突っ込んでいるようだった。


無尽蔵の体力

アルヴィナも充分化け物だね

それでこそ共同戦線に相応しい。


途中


食事を摂ることがあった

もちろんボクではなく彼だ


「お腹がすいた」


アルヴィナはそう言うと


突然道の端に腰を下ろし

どこから取り出したやら

食べ物を頬張り始めた。


興味が出て


「それ美味しいの?」


と聞いてみると


「食べる?」


意外にも分けてくれた

吸血種に食事は必要ないのだから

こんなのは資源の無駄でしかない


その辺をどう考えているのか?

と聞くと


「知らない」


という

淡白で無責任な答えが

投げやりに返ってきた


「まあいいか」


であるならばボクも

そんな事は気にしないだけだ


元々遠慮なんて概念からは

程遠い感性を持っている


彼の食料貯蔵なんて

ボクの知ったことでは無い


ボクは彼から貰った

食べ物の一切れを

口の中に放り込んだ


感想は


「——なんだこれ」


美味しいとも

マズイとも言えない

かと言って食べられなくもない


絶妙に微妙なこの感じ

ちっとも美味しくはない

全くもって美味しくなかった。


「初めて食べる奴は

みんなそういう顔する」


「分かってて食べさせた

やってくれるねぇ……」


彼はやはり性格が悪い

自分から分け与えておいて

平気でそういう事を言うのか


優しいのかもしれないと

考えた自分が馬鹿みたいだ


「意外と素直なんだね」


アルヴィナは

くすくすと笑いながら

口元を手を押えてそう言った。


「信じられないくらい

洞察力に優れてるクセに


こういうのは

見抜けないんだね」


愉快


その二文字が

顔いっぱいに浮かんでいる

この人間は性格がとても悪い


共同戦線など無視して

この場で殺してしまおうか?


ドス黒い感情が

フツフツと湧き上がるのを感じていると


「吸血種と話すのなんて初めて」


彼がそんなことを言い出した


「普通はないだろうね」


「あるには、あるけれど

大抵は戦場だったから


それか

人間のフリをしている奴か


お互いの立場が割れた状態で

こんな普通の会話をするなんて

奇妙を通り越して面白い」


パチパチと

焚き火が弾けている

火の粉が宙を舞って


このつまらない夜を

必死に彩っている


頭上には月明かり

見渡す限りの平原


真っ暗だ

ボクらは闇の中にいる


頼りは足元で光る

この小さな炎だけだった。


もっとも

ボクの吸血種の目には

この闇夜も明るく見えるのだが。


だから

こんなに暗くても

彼の表情はよく見える


隣で膝を抱えて

美味しくも不味くもない

ただ栄養を摂るためだけの食料を


無感情に

まるで作業みたいに

口に放り込んでいく彼の横顔が


ここからは

とても良く見えている


「ボクはこんな風に

人間と話すのは初めてじゃない」


「……本当?」


「本当さ」


お互いの正体を知った状態で

普通に会話をするのは二度目だ


普通


ではないかもしれないけど

それでもリニャとの会話は


実に新鮮なものだったのだ

ボクにとっては初めての経験だ


だからこうしていると

あの時のことを思い出して

つい懐かしい気持ちになる


「その人間は

あなたを受け入れた?」


「拒絶はされなかった

受け入れられたかは


分からないな」


「そうあってほしい?」


「分からない

なってみないと何とも」



感情というやつは複雑だ

考えてもわかるものじゃない


一人で生きていれば

揺れ動くことは無いけれど


心というやつは

誰かと関わるとすぐに

予測不能な方向に動く


目的達成のために

前に突き進んでいるうちは

そんなことも無いんだけどね


ボクに人の心は無い

だから真の意味で理解は出来ないし

ボクがそれを持つことも無いだろう


ただ

感じることは出来る


その理屈も

分からなくはない


でもそれはただ単に

学習したからに過ぎない


人の群れの中に隠れ潜み

必然的に体得した後付けの心


それはしばし

人間との間に壁を産む

生物としての根本が違うから


必ずどこかで綻ぶし

相容れない部分がある


表面でしか

理解できないのだ


だから


人の持つ心と

吸血種の持つ心は


全く別のものであって

お互いに理解する日は

永遠に来ないんだ。


歩み寄ったところで

その均衡はいつか壊れる


だから人と

吸血種は争っている


より社会性の強い人間が

大きな歯車の中に噛んだ

大きな岩を除去しようとしている。



「……もうひと口あげる」


嫌がらせのつもりかい?

と、言おうとして


直前でやめた

彼の表情を見たからだ

とてもそんな気じゃ無さそうだ。


大人しく受け取る事にした


「いただこう」


貰ったそれは

先程よりも大きかった


その行動の裏に

隠された意味をボクは


何度考えても

答えには辿り着けなかった


そうか


これが人間と吸血種の差か

ボクじゃあ一生分からなそうだ。


手の中の食べ物を

口の中に放り込む


ひとかみ、ふたかみ

ゆっくりと咀嚼する


そして味はやっぱり


「美味しくも不味くもない


でも……なんだろうね

悪くは無い、気がする」


それは


不思議な味だった——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


三日三晩

ボクらは歩き続けた

その間休憩は一切ナシだ


食事をとる時だけ

腰を下ろす程度


それもほんの数分で終わる

そしてすぐにまた歩き出す


それが三日三晩だ

おかげでかなりの距離を

ボクらは短時間で進んだ。


それでも


目的地である国は

まだ大分先だった。


そして四日目の夜

その事件は起きた


「——」


ご飯を食べながら

アルヴィナが寝ていた


こくり、こくりと

間隔をあけて船を漕いでいる

やはり不眠不休の移動は無理か


彼が休もうとする気配が

微塵もなかったので


ボクもしても

あえて触れることは

してこなかったけれど


これを見ては

そうもいかない


吸血種と戦う前に

過労死でもされたなら


ボクは

最大の足掛かりを失ってしまう

それでは目標達成は困難になる


それは避けなくてはならない

であれば、ここは動くべきだ


ボクは


彼の頭を引っぱたいた


「……痛」


うっすらと目を開けて

彼は目を覚ました


今度は避けられなかったか

さすがに寝ている時まで

感覚は尖っていなかった


「キミ少し休んだ方が

良いんじゃないかな」


顔を覗き込みつつ

ボクはそう提案した


「……まだ、やれる」


「いいやダメだね

キミはもう限界だ


人間という生き物は

睡眠を取らなくてはならない


つまらない意地を張るな

戦いの前に再起不能になる気か?」


「……意地は張ってない」


「張っているよ、キミは」


昨日気付いた事だが

彼はどうやらボクの


尽きることの無い体力に

張り合っているフシがある


負けず嫌いが

無意識のうちに出ているのだ

ボクは昨日それに気が付いた


本人はどうやら

無自覚なようだが


「今だって夢うつつじゃないか

そんな状態で歩くのは、無理だ」


「……先へ進まないと

焦る必要はないとはいえ


のんびりとは

していられない」


頑固な男だ

さすがに折れないな


まあ予想していた事だ

休憩を提案したところで


アルヴィナが

素直に聞くとは思ってない


だからボクはあえて

その提案を先にしたのだ

この後に控える本命を隠して


その本命とは


「だったら


ボクがキミを背負うよ

キミは背中で寝ていたらいい


その間ボクが歩く

そうすれば効率的だ


そうだろう?」


「……それは」


「何か問題でも?」


「……………………いいや」


今、少し寝ていたな

やっぱり限界じゃないか

ここは素直に言う事を聞くべきだ


何に躊躇しているか

想像出来なくはないが


そこは問題ない

ボクは彼に害意を持ってない

安心してくれて良いんだから。


「ほら、おいで」


ボクは彼の前で

しゃがみこんで見せる

後はアルヴィナ次第だ


「……分かった」


思ったよりも早く

彼は提案を飲んだ


肩に手がかかる

遅れて体重が増えた

僅かに体が重くなる


が、


吸血種にとって

この程度の重量など

空気みたいなものだった。


「ゆっくりおやすみよ」


「……世界一安心できない背中」


憎まれ口が飛んでくる


「いっかい寝てしまえば

そんな事も気にならなくなるさ」


意識が無くなれば

何も気にならなくなる

そんな心配はするだけ無駄だ


「……この距離からなら

僕でもあなたを殺せる」


アルヴィナは

殺気のこもった声で

耳元でボクに囁いた


「そんな隙は無いよ」


「……怖くはないの

こんな密着状態で


僕に何をされるのか

恐れたりはしないの」


「しない」


「……何故」


何故だって?

そんなの決まっている


「ボクがキミの立場なら

何もしないからだ」


「……意味が分からない」


「思考力が落ちているな

よほど眠いんだろうね」


「……答えて」


「ボクとキミは似たタイプだと

ボクは勝手に分析しているんだ


だからさ」


「……それだけの理由で?」


「自分自身を一番信じている

それに勝る理由など、無いね」


どれだけ根拠がなくても

どれだけ理屈に合わなくても


その判断が

ボク自身のものであれば

ボクは迷わずそれを信じる


そうやって生きていたし

それが今まで正しかった


いや

たとえ間違っていても


自分の判断を信じたなら

その結果には納得が出来る

どれだけ間違っていたとしてもだ。


「……意味が分からない」


「吸血種の心ってやつさ

我らは極めて利己的な生き物だ


人間にはきっと

一生理解できないさ」


「……」


ボクの首元に巻きついている

彼の腕に、ぎゅっと力が入る


寝るつもりなのだろう

右肩に新しい重みが追加された

そこに頭を載せているのだろう


そして


しばらく時間が経ち


寝息がそろそろ

聞こえてもいい頃だなと

思い始めたその時


耳元で

アルヴィナが口を開いて

こんなことを言ったのだ。


「……朝、無事に目覚められたら

少しは……考えてやっても、良い」


何に対して

どう考えてやって良いのか

それを問いただす間もなく


アルヴィナは

ボクの背中ですやすやと

寝息を立て始めるのだった。


「——おやすみ」


だからボクは

そう呟いてみたんだ


かつてリニャがボクに

そう言った時のことを

思い出しながら……。

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